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◆4-2:イザベル コントロールルーム

 E16避難艇のコントロールルームでは、ネムリに呼び出されて集まったイザベルとセス、それに成り行きで居合わせることになったマヤアの四人が膝を突き合わせて座っている。

 救助を待つ側である彼女たちは、サラウエーダが期待したのとは真逆の反応を見せていた。

 彼女たちが押し黙り、空気を重くしている原因は、航宙法に則って表示された船籍と、正面の巨大モニターに映し出された艦影にあった。


 流線形の羽根を大胆にあしらった燃え盛る炎のような外観。

 そのシンボリックで派手なボディを誇らしげに飾る艇は、彼女らの年代の女子なら知らぬものはない。

 スーパースターとして宇宙全土に名を馳せるミリィ・クアットのツアーバス──〈アトラス号〉以外にはあり得なかった。


 深宇宙の暗黒の背景でも映える鮮やかな赤色を煌めかせる外装は、言うまでもなくミリィの髪の色を模したものである。

 彼女のファンガールたちは、ステージ上の彼女を見る前から、彼女のアトラス号が自分たちの暮らす船の目前に現れ、接舷するまでのセレモニーを心をときめかせて見守るのだ。


 それはイザベルやセスとて例外ではない。これは彼女たちの人生を彩る一大イベントとして記憶される出来事となる。

 ……本来ならそうなるはずであったが、ユフィのことを、ミリィのクローンか、はたまた彼女自身が幼児退行したと思しき少女とみなし匿う今の彼女たちにとっては、これ以上なく頭を悩ませる疑心暗鬼の種として立ちはだかったのである。


「どう思う?」


 そう言って訊ねたのはネムリだ。

 実はこれまでも何度か同じ問い掛けをしていたのだが、イザベルとセスは彼女からの報告を簡単には信じようとせず、こうして光学的手段によって観測された艦影を直接モニターに表示して見せる必要があった。

 そのうえで改めて問われた「どう思う?」である。


「本物ね」

「うん」


 セスが返した言葉にイザベルが即座に同意する。


「そうじゃなくて」


 ネムリは特に苛立いらだつでもなく、淡々と別の反応を催促する。

 少し離れた場所に座るマヤアはヨイヒム族特有の大きな単眼を不安げにしばたかせ、首を左右に小さく振って三人の様子を見守っている。


「本物なのは最初から分かってる。船籍を偽装する理由がないもの。逆ならともかく」

「分かったってば。ちょっと考えさせてよ」

「あ、でもなんか変なの付いてる。後ろになんか……」


「ああ、あれ? 特設ステージ、じゃあないわよね……」


 イザベルはモニターの画像と同じものを自分の手元の端末に映して拡大した。

 ミリィのライブを執り行うだけのキャパの会場を持ち合わせない小型艦で興行を行う場合には、彼女のチーム自ら特設ステージのモジュールを持ち込むケースがあると聞くが、イザベルたちが見たところ、いま曳航えいこうされているのはただの直方体のコンテナにしか見えない。

 あんな無骨なデザインはミリィに似つかわしくない。アトラス号と同じ画面内に収まって映ることは犯罪的ですらある。そもそも僅か十数名の子供たち相手の慰問用ステージにしてはサイズが大き過ぎるし、また、当然ながら今はそんな悠長なことをしている場合でもないだろう。

 ツアーバス本体とほぼ同じ体積の巨大なモジュールをわざわざ引っ張って来た理由は何か……。

 彼女たちが未だ直接口にしない疑念が、不穏さを増してさらに膨らむ。


「私たちと同じ避難艇じゃないかしら」


 重い沈黙に耐えかねてマヤアが口を挟んだ。

 何気なく口にされたそれは、彼女たちにしてみれば極めて凡庸なアイデアであった。

 あのベルゲンから緊急離脱した避難艇は自分たちの艇以外にも他に沢山あるはずだと、根拠もなくそう思い込んでいる彼女たちにしてみれば。


「きっと救助活動が難航してるのよ。手が足りなくて。それでミリィのツアーバスまで手伝うことになったんじゃない?」


 あまり事態を飲み込めていないマヤアの意見は他の三人にとってある意味で貴重だった。

 なるほど確かに、それくらい単純な理由なのかもしれないと信じようと努めて、三人は再び押し黙る。


 いくら安全重視で、十分な減速を待つためとはいえ、子供たちしか乗っていない艇を三日も放置するというのは少し不自然だ。

 その説明として、それだけ救助を待つ遭難者の待機列が長い、逼迫ひっぱくした状況だから、という想像を働かせるのは簡単だった。

 小回りの利く小型艇であるが故に、ミリィのツアーバスが駆り出されたというのもあり得る話だ。


 だが残念ながら問題はそこではない。

 本当の問題は、何故、よりにもよって、自分たちの救助に現れたのがミリィのツアーバスなのかという偶然性である。

 ユフィの正体について様々な憶測を巡らせていたイザベルたちにとっては、そこに異様なまでのきな臭さを嗅ぎ取らずにはいられない。


「気付いてるのかしら? ユフィが乗ってること」

「それはそうでしょ。問題は目的の方じゃない? 彼女を保護しに来たのか、それとも──」


 イザベルが問い、セスが返す。

 二人にとってそれは自問自答のような、答えの分かりきった確認である。


「マヤアが言うように、ただの偶然だっていう可能性は捨てるべきじゃないと思う。私たちの方からは、ここにあの子が乗ってるってことは伝えてないもの」


 より慎重なのはネムリだった。

 だが、慎重な意見が必ずしも慎重な議論を促すとは限らない。


「あ、そうか。だったら答えは決まってるわ。保護しに来たのなら、真っ先に彼女の無事を確認するはずだもの」


 セスはそう言って、彼女が信じる陰謀論を強硬に主張し始めた。

 ユフィがミリィのクローンではないかと、最初にイザベルに吹き込んだのも彼女である。

 自分は直感の働くフィライド族であるという自負心が、彼女自身の考えに自信を与えているようだった。


「ちょっと待って。それだと論理が破綻してない? ユフィを探してるんだとしても、どうしてこの艇に彼女がいるって分かるのよ?」

「認証よ。今って彼女の生体パスで動いてるんでしょ? この艇」


 間を置かず返されたセスの指摘に、イザベルがハッと息を飲み、口をつぐむ。

 確かにそのとおりだが、遠く離れた別の場所から、この艦の内部情報にアクセスすることは可能なのだろうか?


 イザベルは助けを求めてネムリの方を見るが、そのネムリはゆっくりと首を横に振った。


「もしかして、私なら何でも分かると思ってない?」


 実のところ、ネムリが他の子供たちに比べて明確に長じていると言えるのは──聴覚や声帯など、エルフセイレーン種特有の身体的特徴を除けば──端末の扱いくらいのものであった。

 紙のマニュアルを読み、実際に操作して身に着けた経験による知識に過ぎない。

 〈オラクル〉に助言を仰ぐことができれば話は別だが、今は彼女が頼りとしていた〈オラクル〉から切り離されて久しい。


「それは分からないけど。私たちは三日前に救難信号を発信している。ベルゲンの艦長が用意したマニュアルに従って。そこに発信者の名前が添付されてたっていう可能性は……ある」


 セスが、ほらやっぱり、という顔でイザベルの顔を覗く。

 イザベルはしばらく彼女が見せていなかった真剣な面持ちで腕を組み、椅子ごとくるりと回りながら考える。


 ミリィのアトラス号が自分の船籍を表示しながら航行しているように、こちらもユフィの生体IDを通信コードに引っ付けて救難信号を発信していた可能性があるわけか……。

 もしそうだとしたら自分たちは、インディアンポーカーのように彼女の名札をオデコに貼り付けながら隠しごとができているつもりでいた、とんだ阿呆ということになる……。


 だとすれば、彼女を保護するつもりにせよ、今度こそ彼女を確実に抹殺しようとしているにせよ、彼女に関心を持つ連中が真っ先にここへ飛んで来るのは必然だ。

 これを偶然だと考えるのは流石に寝惚け過ぎている。


「ともかく、相手がユフィのことを知ってるって前提で考えておいた方が良さそうね」


 イザベルは跳ね上がるようにして椅子から立ち上がると、険しい表情のままコントロールルームを後にした。

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