◆3-19:メラン 船外作業前室(3)
「あいつは、いつからここにいるんだ? 合宿の参加メンバーではないのか?」
凄むようにしてアキラに問い詰めながらも、メランはその実、その答えをすっかり出し終えていた。
たしか……、たしかだが、あの農場で出会った子供たちの中に、ケネスはいなかった気がする。その記憶が思い浮かばない。他の個性的な面子に紛れて記憶に残らなかった可能性がないとも言えないが……。
「いつからって……、さっき説明しなかったか? ネムリが連れて来たんだよ。ショッピングモールで迷子でいるところを見つけたらしい」
緊張感を漲らせるメランの声に倣い、アキラも声を落としていた。
メランはアキラの首に抱き付いた格好のまま顔を上げ、彼の肩口からそっと前を覗き見る。
ケネスはメランが投げ掛ける鋭い視線にも気付かず、未だにドゥルパの尻尾を撫で回していた。太い根本から尖った先端。裏や表に至るまで両手で丹念に。
ドゥルパにとっては、ややセクシャルな意味を持つはずだが、触られている少年は多少気恥ずかしそうにするだけで拒む様子はない。
「お前の方はどうなんだ? 何か思い出したんなら説明してくれよ。なんだってあんなときに〈宇宙クラゲ〉の中にいたんだ? まさか爆発した避難艇から放り出されたのか?」
「俺は、その……」
額を間近にし、顔を突き合わせた状態で言い淀むメラン。
アキラは真剣な表情でこちらを見つめ返している。
メランは瞬時の値踏みを余儀なくされた。
頼りにしてよさそうな面構えではあるが、そのためにはしっかりと言い含めておく必要がある。なんといっても相手はまだ中等部にも上がっていない子供なのだ。
あのケネスという少年はメランが戦った黒スーツの男──銀連政府が〈見えざる者〉と呼ぶ謎の勢力の一員である可能性が極めて高い。
まだ確証こそないが、そうだという前提で動いた方がよいだろうと思うほどには確かだ。
下手に相手を刺激すれば子供たちに危害が及ぶおそれもある。
ここは慎重の上にも慎重を期さなければ……。
「事情は後で説明する。だから今のこの会話は君だけの秘密にしておいてくれ。君はアキラ……だったか?」
しきりに自分の背後を気にするユフィ(メラン)の目線の意味を察して、アキラは大人しく頷いた。
「あ、ああ。ああそうだ。実は俺もあいつのことは怪しいと思ってたんだ。ずっとこの艇の中をうろうろして何かを探し回ってる感じだし」
探し回る……。奴が探すものといえばあのカード状のデバイス以外にないだろうが。
それをまだ見付けられていない?
それが子供たちに混じってここに留まっている理由なのか?
てっきり、奴が〈宇宙クラゲ〉の中から俺を拾い上げたのは、自分が持つデバイス目当てにやった行動だったと思ったのだが……。
いや、それは間違いないだろう。
そこに目的の物があるという確信がなければ、誰が命を賭して荒れ狂う〈宇宙クラゲ〉の中に身を投じるというのだ。七万人もの命を奪うのを厭わない敵が、たった一人の、見ず知らずの子供を救うために、自分の命を危険に晒すはずがない。
そうだ。実はデバイスの方はとっくに回収済みで、奴らは俺のことを探しているという可能性もある。
40年間銀河連盟に一切の正体を掴ませなかった連中だ。直接対面した者を生かしておいたりはしないだろう。つまり奴は、自分で助けた相手の正体に気付いていないということか──?
そう自問してみて、それが至極当然なことだとメランは自分の迂闊を自嘲する。
奴らと戦闘を繰り広げた男性成人体のメランと今の幼体のメランは似ても似つかない。それに何故だか今は、ご丁寧に緑色のウィッグまで被らされていて、赤髪という共通点もない。
メランとユフィの二人が同一人物などとは想像もできないはず。
こちらから白状しない限り、自力でその真実にたどり着くには、何か途方もない偶然、人知を超えた幸運を必要とするに違いない。
当人のメランですらこんなことが起こるとは思ってもみない、冗談のような出来事だったのだ。こうして身をもって体験した以上、信じる他はないのだが。
幼体への退行現象は、おそらくはノイテニア族が生命の危機に瀕したことで起こす自己防衛反応の類なのだろう。
しかし、親や主治医からはそんな注意を受けたことがなかった。こんな際立った特質、知られていれば本人に通知しないはずはない。
つまりは、銀連政府や探査船団社会に於いても、こんな奇抜な可能性に気付ける者はまずいない、まるっきり想定外の事態ということだ。
この幸運──相手の死角を利用しない手はない。
「どうした、黙って」
怪訝そうにするアキラの表情でメランは我に返る。
「警戒……するのは、いい。けど、警戒されるのは駄目だ。このまま子供だと思わせて油断させておく必要がある……」
「ああ、任せとけ。他には? 協力できることがあれば言ってくれ」
「……スーツ。あの、スーツは今、どこに?」
「ああ、あのスーツか。そう言や、あいついつの間にか着替えてたな。どこにやったんだろう?」
「じゃなくて、俺が着てた、子供用の」
中に何か入っていなかったか、と訊きたかったが、さっきから何故か声が詰まって上手く言葉が出てこない。
「それなら、イザベルに訊いてみないと……。あ、ああそうだ。どっかに隠すんだって言って担ぎ出してたなあ」
何故隠す必要がある?
彼女は彼女で何かに気付いたのか?
あ……、イザベル……、スーツ……。何かを思い出せそうだ。
そのヴィジョンは白い靄が掛かったように、メランの頭の奥底で朧げに浮かんでいた。ただ、場所も時間も状況も、ぼんやりとしていて前後の記憶を辿れない。
だが、いずれにしろイザベルだ。彼女に会って訊けば分かるはず。
「──どうだ?」
突然近くでケネスの声がした。
気が付くとケネスとドゥルパ族の少年がじゃれ合いをやめ、メラン(ユフィ)とアキラの方へ近寄って来ていた。
「ど、どうって?」
アキラの反応はどう見ても挙動不審。
こいつ、本当に大丈夫か。隠し事ができるタイプか?
とメランは若干不安になる。
「何か意味のありそうなことは話したか?」
「ああぁ……、いやあぁ?」
こっちに意味ありげな視線を向けるなと突っ込みたかったが、少なくともメランの思惑に乗って味方をしてくれる意思はあるようだった。
「あ。おい。どこにいく?」
突然出口に向かってタタタと走り出したユフィをケネスが呼び止める。
「お、おしっこ!」
振り返り、思い切り困った表情を作って言ってやる。
自分がユフィであったときの記憶を踏まえた幼い物言いだ。
一拍の間のあと、その表情は向かい合うケネスにも伝播した。
既に半分ほど距離を詰めて追ってきていたケネスの足がそこでピタリと止まる。
我ながら上手く模倣できたものだと安堵する。
と同時に、尿意が実際、我慢のならないレベルに達していることに気が付いた。
今となっては先ほど発した言葉が一人になるためのでまかせであったのかどうかも自信が持てなくなっている。
とりあえずトイレだ。まずはトイレを探して一息つこう。




