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◆3-16:メラン 展望ダイナー

「私のことは分かる?」

「セスー!」


「正解! じゃああっちに座ってるあの子は?」

「ネムリー!」


「すごい。通じてるよベル」

「うん。そうね」

「違うよ? イザベルはイザベルだよ?」

「いいのよ。おんなじ。短く言っただけなんだから」


 セスによるおざなりな説明に、ユフィは少し憮然として見える表情で頷いた。

 今のやり取りで理解できたのだろうか。

 外から観察しているセスはもとより、内側から眺めているメランにもそれは分からない。分かるのは声や動作として表になった彼女の反応だけ。

 同じ脳の内側で行われている営みであるはずだが、彼女の内面にある思考のプロセスはまるで窺い知ることができない。


 また、それでなくとも、今のメランは何も考えることができなかった。

 ただ感じることしかできない。

 ユフィが活発に頭を働かせているときには、メランの自意識はどこか深い場所に追いやられるようだった。

 このダイナーの一角で繰り広げられている女子たちのやり取りも、夢の中の一幕のように意識される。

 そして、次に自我を取り戻したとき、部分的にではあるが、何があったかを思い出し、本当の意味で知覚することになるのだった。


「じゃあねえ……。憶えてること、お姉さんに教えて?」


 ほとんど変わらない背丈の少女に向かってセスがお姉さん風を吹かせて語り掛ける。

 だが、幼いユフィにはその言葉が上手く伝わらないようだった。

 セスの顔を正面に置いて見つめたままキョトンとした顔だけで応える。


「わたし。セスのこと。セスお姉さん知りたいなあ。ユフィはどうしてお外にいたの? ミリィのことは知ってる?」

「……分かんない」


「なんでもいいの。知ってる言葉を言ってみて?」

「マヤア!」

「あ、私」


 ユフィから元気よく指を指され、マヤアが大きな瞳を嬉しそうに瞬かせる。


「ほか。他には? ここにはいない人の名前言って?」

「リリエ! あ! ヘルハリリエ! リリエはヘルハリリエ!」


「う、うん」


 セスの表情が曇る。明らかに期待していた答えではないという失望の色。


「わんわん! ドッドフ! わんわん! わんわんはドッドフ!」

「んんぅ……」

「……やっぱり、ここで目を覚ましてから経験したことしか憶えてなさそうね」


 二人のやり取りを眺めながらイザベルはソファの上で膝を抱える。

 彼女は最初からこのセッションに対し、さほど期待はしていないようである。


「じゃあ、ここ一、二日でゼロから急速に成長したって言うの? それってやっぱり、この子がクローン人間だって証拠になる?」


 無論、セスのその問いには誰も答えを持ち合わせていない。


「そうとは思えない。筋肉や骨と違って脳神経はとても複雑。単純な受け答えをするにも、言語野に相当な下地を必要とするはず」


 彼女なりの回答で引き受けたのはネムリだった。

 あくまで暫定的に、という注釈を付けながらも、彼女はミリィ・クアット本人の幼児退行説を支持していた。


「きっと凄く怖い思いをしたのよ。私は心を守るための防衛本能で記憶に蓋をしたんじゃないかって思うわ」


 ネムリの言葉に付け足すように自説を披露したイザベルは、彼女が命を狙われている可能性を高く見積もっている。

 ベルゲンが何者かの破壊工作を受け、機能不全に陥ったことにも、この少女が関与しているのではないか。胸に大きな傷を負い、〈宇宙クラゲ〉内を漂い、絶体絶命の状況にあった彼女──。

 その彼女を拾い上げて救った、自分たちこそが、宇宙を揺るがすこの大事件の中心にいるのではというドラマチックな見立てである。


 彼女の存命を知れば、ベルゲンを襲った何者か(アキラの言っていた〈見えざる者〉? それともミリィに纏わる陰謀に加担する秘密結社?)はこの避難艇にも矛先を向けるかもしれない。


 リューベックからの迎えが到着するまであと二日。

 それまでに、ユフィ(=ミリィ?)と皆の命を護るために、彼女についてどんな説明をすべきか。あるいは隠し通すべきか。交渉すべき相手とその際の態度を決めておかねばならない。


「ケネス! ケネスはケネス!」

「もういいわよ。ありがとう」


 椅子の上で尻を弾ませながら騒ぎ始めたユフィをセスがなだめる。

 立ち上がり、彼女の肩を掴んで押さえようとしたところで、その腕の間をすり抜けてユフィがダイナーの出入口に向かって走り出した。


「ケネスぅ!」


 両手を伸ばしながら一直線に向かう先には、彼女が盛んに名前を呼ぶ銀髪の少年が立っていた。

 目を丸くして迎える彼の手には、子供たちが食べ飽きて見向きもしなくなった焼き菓子の包装が握られている。


 もはや動き自体は慣れたもので、少女の突進を真正面で受け止めたケネスだったが、彼女が繰り出す満面の笑みの追撃には未だ対処法を編み出せずにいるようだった。


「驚いた。喋れるようになったのか?」


 助けを求めるように問い掛ける。その目線はイザベルの方に向けられている。


「そうなの。さっき起きたら急に。まだ、三歳児なみだけどね」

「回復してるのなら良かった」


 遠くの方から、あなたも大分上達したわね、と口を挟んだセスに対し、ケネスも自然と頬を緩め会釈を返す。


「うん。ねえ、悪いんだけど、今日も頼める?」

「分かった」


 イザベルがケネスに頼んだのはユフィの子守のことだった。

 過度に思える二人の身体的接触にはイザベルも内心穏やかでないものの、三歳児相手に嫉妬をしてみせるのもみっともない。

 それに、彼に特別な役目を与えておくことは、ケネスからヘルハリリエを筆頭とする女子連中を遠ざけておくという意味では有用だった。

 もっとも、ヘルハリリエたちもイザベルに対し、同じことを思っているのだろうが。


 どのみち、彼女らの思惑はともかく、起きているユフィをケネスから引き離しておくことは不可能に近い難事であった。

 イザベルはケネスにべったりのユフィを横目に見て、この子相当面食いだわ、末恐ろしい限りねと舌を巻く。

 無論、自分のことはさて置きだ。


  *


 ケネスにユフィを預けている間、イザベルたちは散らかったモール内の片付けに精を出す。

 それが、リューベックからの迎えが到着するのを待つ間の、子供たちの主な時間の過ごし方となっていた。


 別にそんなことをする必要など、本当は何一つないのだが、イザベルが口八丁手八丁でそうすることがさも当然であるように仕向けた。

 他の子供らも、いい加減、長過ぎる自由時間を持て余していたし、何となく良いことをしているという気分は満更悪いものでもなかった。


 ごちゃ混ぜになったモールが整然と片付いていく様は思いのほか楽しく達成感もある。

 男子たちは自分たちで勝手に得点のルールを決めて清掃競争を始め、女子たちはお気に入りのテナントの店棚を見付け、自分たち好みに飾り付ける遊びを楽しんでいた。


 ちなみにだが、一時期仮死状態に陥っていたムンドーも、ダイナーが再稼働し、食糧事情が改善すると、ひょっこりと起き出してきて、いつの間にか男子たちが催す清掃競争に加わっていた。

 そのことに気付いたセスは、心配して損したわと憤慨していたが、傍目にはそれ以降、如実に明るさを取り戻したように見える。


 何もかも順調。

 自分自身も艦内の片付け作業に勤しみながら、イザベルは自分が率いるチームの働きに得意満面であった。

 七万人超が暮らす探査艦が突然謎の失踪を遂げるという大事件の発生に、ハンザ艦隊を始めとする統一銀河連盟の大人たちが騒然とする最中。E16区画の子供たちだけは、依然、社会体験合宿の続きをしているようなお気楽気分に浸かりきっていたのである。

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