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◆3-3:ケネス コントロールルーム

「──もちろん、五百種以上の知的生命体がいるわけだから、原生種オリジンの体格なんか、それこそ千差万別よ。ケネスみたいに、成人しても今の私たちと同じ背丈にしかならない小柄な人種も普通にいるわ。けど、銀河連盟に加盟して正式に探査船団市民に加わるときには、みんな標準規格に合わされるの。そうじゃないと、いろいろ不便でしょ?」


 先頭を歩くイザベルはときどき振り返って後続との距離を計りながら、探査船団のゲストである──彼女がそうだと思っている──ケネスに向かって、彼女たちにとっての常識の何たるかを披露していた。

 ケネスの後ろには、相変わらず眠そうではあるものの、ネムリがほとんど距離を変えずにピタリと付き従っている。常に二人に挟まれている状態のケネスに逃げ場はない。


 そうでなくとも今のケネスは緑髪の少女ユフィによってがっしりと横腹をハグされ、普通に歩くこともままならない状況にあるのだが。

 ケネスは持て余した右手を仕方なくユフィの肩に置き、そこに軽く力を込めることで、どうにか二頭四足の身体の進路を操っていた。


「体格差という個性は尊重しないのか? 君らの、その……文化は、異なる生態の互いを尊重しながら共生していると聞いたのだが」


 イザベルの解説は、銀河連盟の事物について何も知らないケネスにとってはとてもありがたいものであったが、こうしている今も袖口に隠したデバイスのことが気になって、正直な話それどころではない心理状態であった。

 ケネス自身も分かっていない深層心理が、どのように作用し、次の瞬間にも取り返しの付かない深刻なイレギュラーを引き起こさないとも限らないのだから。

 タイマー表示のない時限爆弾を抱えながら歩いている状態だとたとえてみてもいい。


「それ以外のことなら大抵。体格とぉ、寿命と、生殖ね。探査船団社会の規格化三原則。無理矢理にでもそこのスケール感は合わせておかないと融和が進まないだろうって、大昔に偉い人たちが集まって決めたわけ」

「それで、上手くいってるのか?」


「まあねえ。問題がないわけじゃないけど、これだけ長い間続いてるんだから、上手くいってるんじゃない? 少なくとも、初等部のテストだとそういう回答を書けば点数もらえるよ?」


 立ち止まった先でイザベルが壁に軽く触れると、金属が滑らかに擦り合わされる心地よい音がして扉が開く。

 医務室からこの管制室まで、ケネス一人の足なら五分も掛からぬ距離であるが、四人はたっぷりその三倍は費やしてようやくたどり着いた。

 道中に他の者──特にヘルハリリエを筆頭とした女子グループと出くわさなかったことは幸運と言ってよいだろう。

 終始脇腹と右手にユフィの体温を感じながら、もしデバイスが悪さをするならきっとそういう良からぬ偶然に違いないと恐々としていたケネスにしてみればそうであった。


 中に入るとネムリが黙って席に着き、テキパキと端末を操作し始める。

 物理的なキーパッドのある専用の入力端末だ。古風だが、この部屋にはそれが似付かわしく思えた。

 キー操作に加えて、二言三言音声入力を挟む。そのネムリの手元でカチリと何かが弾かれる音がしたあと、彼女は座ったデスクの下から手動で何かを引き出した。

 キャビネットの類かと思い、ケネスがそれを上から覗き込むと、せり出してきたトレイの中に据えられていたのは平たい石板のような物体一つだけ。あまり見ない形状だが、これも入力デバイスの一種だろうかと当たりを付ける。


「手を置いて」


 促されるままケネスがその石板状のデバイスに掌を重ねる。

 今は右手が自由にならないため、左手を載せるために回り込んだ動作が不自然にならなかったのはありがたかった。

 銀河連盟由来のテクノロジーとケネスたちのデバイスはお互い未知のもの同士。何がどう干渉を起こすのか分かったものではない。できるだけ離しておくに越したことはないだろう。


 あるいは、〈F3〉が生み出す極端な確率偏重性によって、銀河連盟の認証など持ち得ないはずのケネスの生体反応がうっかり認証を突破してしまうのではないか。

 そんな突拍子もない展開も想定していたのだが、ケネスが手を置いた乳白色の石板は何の反応も見せなかった。


 ケネスにとっては予想外に期待どおりの結果。

 イザベルやネムリたちにとっては単に期待を裏切られる結果である。

 ネムリはめげずに何度か方法を変えて試していたが、いずれの方法でも認証は通らない。


「そもそもそれ、壊れてるんじゃない?」

「その可能性はある。この避難艇が分離する前から艦全体が機能不全を起こしているようだったし。その……オラクル……だったか? 停止していたという話を聞いた気がする」


 イザベルに同調するていを装い、ケネスは予め用意していた台詞を切り出した。

 この方法が駄目だったとなると、次はいよいよ道中聞かされた()()()()を試すことになるのだろうか。

 アキラが最初に思い付き、提案したという話だった。

 あの、ムンドーという名の不思議な少年を無理矢理肥え太らせ、大人に見立てて認証を潜り抜けるという無茶苦茶な……。


 それがもし不調に終われば、ただでさえ乏しい食料のストックを失うことになる。危険な賭けである。

 ケネスは実際に体積を何倍にもさせたムンドーを目撃しているので、その部分の非常識さには今更疑問を持たなかったが、問題は、果たして身体を物理的に大きくするだけのことでシステムを詐称できるのかという部分だ。

 如何にも子供らしい屈託のない発想に思えるが、彼女たちの文化の下地の上では十分な合理性があるのだろうか。異邦人エイリアンであるケネスには分からない。分からないから危ういと感じる。

 置き去りにはできない。やはり、全員を〈接触派〉に引き渡し保護してもらう道筋を探るべきかなのか──。


 ネムリが分厚い紙のマニュアルを繰り出すに至り、ケネスは石板の上から左手をどかす。

 流石にもう諦める頃合いだろうと思ったのだが、ネムリはまだまだ粘る気満々であったらしい。

 再びキーを叩いたあと、目元を拳で擦りながら、ケネスに向かって抗議の声を上げる。


「待って。もう一回」


 その直後、ポーンという柔らかな電子音が鳴った。


 ケネスは手を置き直そうとした場所に、先回りして置かれていた白く小さな手をマジマジと見つめ、そこから伸びる腕と、そこに垂れ掛かる緑色の髪と、それから不思議そうにこちらを見つめ返す少女の顔とを順にたどることとなった。


「やっ、やった……! てぇ、あれ? なんで?」


 イザベルは最初、軽快に鳴った音にだけ反応し喜びかけたが、すぐにケネスとネムリの反応がおかしなことに気付き、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「俺じゃない」


 見れば分かることをケネスから指摘されてようやく。追い付いた理解に居場所を追い立てられるように、イザベルの腹の底から驚きの声が絞り出される。


「う、うそぉお!?」

「……事実」


 ネムリの表情に変化がないのはいつものことだった。

 イザベルは驚く義務を放棄したネムリの代わりに、あと、ついでにケネスと、おそらく何も分かっていないであろうユフィの分も合わせた四人分のテンションを一人で引き受け、盛大に慌てふためく。


「い、いやぁ、あり! ありっ、得るけど。……あ! そうだそうかそうなんだ。いや待って! 待って待って待って! 整理する。整理しよう? あっ、あーわーてぇなくて大丈夫。大丈夫! ……えっとー。あのぅ……。そうだ。これは内緒! 内緒にしましょう」


 頭を抱え、身体を前後左右にくねらせ、椅子の周りを大股で闊歩かっぽした挙句、イザベルは最後に人差し指を唇の前で真っ直ぐに立てた。


「内緒って……、どっちを? 認証が通ったこと? それともユフィが大人だったってこと?」


 そのままピタリと動かなくなったイザベルに対しネムリが気だるげに返す。


「ミ……」

「ミ?」


「いや、ユフィ。ユフィの正体」

「……内緒も何も。彼女の素性なんて誰も知らないじゃない」


 それとも貴女は知っているの?という顔で見つめるネムリに対し、イザベルはそこで、あっと露骨にひるんだ表情となる。

 この一見しっかり者の少女は隠し事が苦手なタイプらしい。だが、彼女が何に気付いて慌てだしたのか、端から見ているネムリやケネスには、そこまでのことは分からない。


「参照ミスか何か、エラーがあったんじゃないだろうか。本艦から別れて、今はシステムの中枢とも繋がっていないのだろうし」


 自分でも、その思い付きの話を半分ほど本気にしながらケネスが口を挟んだ。

 何事も、説明の付かない偶然で片付けられるという根拠を、彼は袖口に隠していたからだ。

 言わずもがな、〈六の五乗分の一〉の、さらにその三乗の事象を軽々とやってのけた力である。

 データベースの異なる番地が参照される程度の演算エラーが、システム内部で起きていたとしても別段不思議ではない。


 その、ケネスのみが納得できる理屈で構築された助け舟に、イザベルは脇目も振らず飛び乗った。


「そう。それね。やっ、ともかく理由なんてどうでもいい。パスが通ったんなら救難信号を急いでよ。あっ。まずは……減速? 亜光速航行を止めないといけないんだっけ?」


 そのこと自体に異論はなかったらしく、ネムリもすぐにそれに取り掛かる。

 と言っても、彼女が扱おうとするシステムは直感的な操作を拒んでおり、紙でできた分厚いマニュアルとの睨み合いから始めねばならないようだったが。


 その遅々とした動きを眺めながら、ケネスは急速に焦りを募らせていた。

 最大の障害が取り除かれたとなると、いよいよケネスも悠長にはしていられない。

 今度こそ銀河連盟の救助隊が、この子供たちだけの遭難艇に乗り込んでくるのも時間の問題である。

 いや、それ以前に、亜光速からの減速と言ったか?

 幾ら半自動とは言え、そんなことを子供に任せて大丈夫なのか?

 かと言ってケネスが代わって操作してやるわけにもいかない。

 この艇のシステムの不慣れさに関して、ケネスは決して彼女たちに引けを取らない自信があった。


「ちょっと……、トイレに行きたいんだが」

「ん? どうぞ?」

「駄目。その子は置いてって。認証が切れちゃうかも」


「あ。そうよ駄目よ。ユフィ、離れなさい。貴女はレディの慎みというものを覚える必要があるわ」


 イザベルがケネスの腰に回されていたユフィの腕に手を掛けると、これまでの執着が何だったのかというくらい彼女はあっさりとケネスを解放した。

 いつの間にか彼女の関心の対象は別のところに移っており、それは目下もっかネムリの前に映し出されたモニター画面であるらしい。


「う……、うーぅ」


 ユフィはケネスの身体から離れると、そのまま倒れ込むようにしてネムリの膝の上にその身を移す。

 視線はモニターの方を向いたまま。イザベルに握られていた手を振り解く。人差し指がついーと持ち上がり、モニター内にある小さなアイコンの一つへと向かった。


「こら。邪魔しちゃ駄ぁ目っ」

「待って。なにか……」


 ユフィの身体を重そうに両脇から抱え、持ち上げようとするイザベルをネムリが鋭い声で制止する。


「なにユフィ? なにか伝えたいの?」


 後ろからほほを寄せ、ユフィと同じ物を見ようとするイザベル。

 ネムリが乳白色のボードに手を伸ばすが、すぐに「あ、私じゃ駄目だった」と呟き何かを探し始める。

 ネムリは机の上に幾つもある手の中からユフィの右手を探し当てると、それをボードの上へと誘った。


 乳白色のボードは認証用のセンサーとしてだけでなく、入力デバイスとしての機能も備えていたらしい。

 ネムリが操るユフィの指の動きに合わせてモニター内のカーソルが動き、アイコンに重なった。それでようやくイザベルもユフィが指していたものの正体に行き当たる。


「あ、これって……」

「なんだ?」


「緊急マニュアルよ。ベルゲンの艦長がアナウンスで言ってたやつ。この艇にもちゃんと送られてたんだわ」

「それがあれば助かりそうなのか?」


「うん。多分ね。うわ、凄い。『安全に減速して亜光速航行を解除する方法』だって。アキラが見たら喜びそう」

「……呼んで来よう。見かけたら伝える」


「うん。お願い」


 なおも一つの椅子の上でくんずほぐれつする三人の少女たちを振り返りながら、ケネスは一人で管制室を後にした。

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