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◆3-1:ケネス 医務室(1)

 胸元に人肌のぬくみを感じながらまぶたを持ち上げる。

 目覚めはしたものの、身体が硬直したようになり動かせない。

 ケネスの視界のほとんどを占拠していたのは、およそ自然のものとは思えないサイケデリックな緑色……。この色には見覚えがあった。

 これは、彼女の髪の色ではなかったか。

 そう。昨日ケネスがフネの外へ飛び出して救出した──。


 乱暴に跳ねけてしまわないよう、ケネスはベッドの上でひじを立て、慎重に身体を起こしていく。あごを引き、ほぼ水平に視線をわせて見下ろした。

 彼の胸板を枕にしていたのは、予想どおり、皆の前でユフィと紹介されていたあの少女だった。とても寝心地が良いとは思えないが、彼女はケネスの鼓動に耳を傾けるように、そこにピタリと耳を付け、うつ伏せの体勢で眠っているらしい。


 そこでふと、意識を失う直前の出来事を思い出したケネスは、慌てて右腕を持ち上げ袖口を確認しようとする。

 左腕だけで身体を支える格好になったのだが、その体勢に無理があったのか、胸板の傾斜が高くなり、そこから少女の頭がごろりと転がり落ちてしまう。

 少女──ユフィの頭は一回りしてケネスの下腹部で上を向いて止まる。


 流石に起こしてしまっただろうと息を飲み、彼女の反応を待ち構えたケネスだったが、ユフィはなおも眠ったまま。ケネスが彼女の頭の重みを気まずく感じていることなど知る由もなく、あどけない寝顔を無防備に晒すままとしていた。

 あどけなく、どこか不安げにも映る表情。間近で見ると、彼女の持つ不思議な引力のようなものに吸い寄せられる気がしてくる。僅かに尖らせた唇が男を誘うのか、それともハの字に下がった眉尻の曲線が見る者の庇護欲を掻き立てるのか。

 ケネスは自分の中に突然湧いた馴染みのない感情に驚き、狼狽うろたえた。正体の分からぬそれのぎょし方が分からず当惑する。


 そうだ。これは、近過ぎるのだ。

 ケネスは自分の内側から今にもたけり出そうとするものを抑え込みながら、彼女の頭をどけようと発起し、上体を起き上がらせた。

 だがしかし、下敷きとなった自分の身体を引き抜く間に、どうやってこの細い首を支えておくべきかと手をこまねいているうち、流石に次こそは起こしてしまうに違いないという余計な考えが邪魔し始める。


 問題の先送りは人類が獲得した最も優れた対処法の一つである。

 ケネスはちょうど都合よく、彼女が目を覚ます前に済ませておくべきことを思い出し、右手の袖口をそっとまくってみることにした。

 密着性の高い素材の服であったことも幸いしたのだろう。気を失う前の記憶のとおり、そこにはあの青色のデバイスがしっかりと納められていた。


 小さく息を吐き、そのまま人差し指と中指を袖の奥へと潜り込ませる。

 ともかく〈F3回路〉のダイヤルだけは最優先で戻しておくべきだと思い付いたのだ。

 だがそのとき、デバイスに起動のシグナルを送るより早く、医務室のドアが開いた。

 入って来たのはイザベルとネムリの二人だった。


「あ、起きてる。良かったー。どこか具合の悪いところない?」


 なんて間の悪さだとケネスは身の不運を呪う。

 やはり〈F3〉の出力をそのままにしておくのは危険だ。今は起こり得るどんなことでも当たり前の顔をしてやってくる。最悪のタイミングでも、最良のタイミングでもお構いなしに。いや、どちらにせよそれは、両極端の結果になると考えておくべきだろう。

 よりにもよって、出力が最大にされたデバイスを身に着けた状態で意識を失っていたことに背筋が冷える思いだった。


「ごめんねー。このベッド、ずっとこの子が使ってたやつだからさあ」

「そうか。それは、すまない……」


 それは果たして同じベッドで寝ていることの理由になるのだろうかと疑問に思いながらも取り敢えず謝罪する。自分の身体が彼女の寝床を強奪していたのは確かなのだろう。


「全然。謝る必要があるのはアキラよ。絶対後で謝らせるから」

「あ、ああ……」


 別にアキラへの怒りはない。あのときポケットの中に隠し持っていた物には予想が付いていたのに、随分油断したものだと、ケネスは自分の失態を恥じていた。


「大変だったのよ? あの後。ケネスを台車に載せて運んでるとき、ヘルハリリエたちに見つかっちゃって」

「ヘルハリリエ?」


「あ、あー、ミャウハ族の。ほら、気取った毛並みのあの子とその取り巻き」


 名前も種族名も初耳だったが、後ろに添えられた説明でケネスにもおおよそ誰のことかは見当が付いた。

 イザベルの方は声にどこか嬉しそうな含みを加え、勢いを増して話を続ける。


「あの子たち、寄ってたかってケネスの服をいで、勝手に着替えさせようとしてたのよ?」


 それは聞き捨てならない情報だった。自然とケネスの眉根が狭まり、問い返すようにイザベルの方を向く。


「ねっ。油断も隙もないでしょ? 気を付けた方がいいわ」

「あ、ああ。ありがとう」


 下手をすると袖口に隠したデバイスが見つかっていたかもしれないわけだ。

 文字などは解読できないにせよ、起動されていれば、それが銀河連盟外の技術で作られたデバイスであることに気付かれていた可能性は高い。

 あるいは折角回収できたこれを、再び何処へとも知れず喪失していた可能性もある。


「お礼を言うなら、その子……」


 これまでの話を黙って側で聞いていたネムリが、ユフィの寝顔を見つめながらポツリと口を挟む。

 イザベルはそれは余計な補足だわという顔をしたが、他の二人はそれに気付かない。ネムリは相変わらず眠そうな顔で、くわぁと小さな欠伸あくびを漏らしていたし、ケネスはネムリが続きを話すのだろうと思いその所作を辛抱強く見守っていた。


「私も……、一回寝ようかしら……」

「あ、ああ、そうだ。手伝ってくれないか。動かすと起こしてしまいそうだから」


 ネムリの視線をその場所を明け渡せという意味だと解釈したケネスは、身振りで自分の窮状を訴える。


「その程度じゃ起きない。ねえ?」


 ネムリから話を振られ、イザベルが観念したように息を吐いて腰に手を当てる。


「まあねえ。……私とヘルハリリエたちが言い合いしてる隙に、ユフィがケネスに抱き付いて、そのまま寝ちゃったの。揺すってもつねっても起きないし、離れようとも……、っほら」


 イザベルは話を続けながら、寝ているユフィの両脚をつかんで持ち上げ、身体の向きを90度曲げてやる。

 それに合わせて、ケネスの上に載っていたユフィの頭はずるりと滑り落ち、ケネスと極端な段違いの位置で添い寝をする格好となった。


「早くっ。今のうちっ」

「?」


 何をそんなに急かす必要があるのかといぶかりつつも、ケネスはようやく自由になった身体を裏返し、四つ足の体勢からユフィの身体をまたいでベッドの外へ逃れようとした。

 なんとも説明し難い、この、こそばゆい感じ。気まずい体勢で、時折ユフィの寝顔を窺いながら、手足を置く位置をゆっくりと変えていく。

 両脚を床に下ろし、最後に残った左腕を持ち上げようとしたとき、不意に下方から両手が伸びてきてがっしりと掴まれた。

 驚いてユフィの顔を見る。が、どうやら彼女は眠ったままである。

 無意識でこんな動作ができるのかとケネスは驚きを倍にする。


「ああー。まあでも、大丈夫。これなら……」


 ケネスが身体を硬直させていると、ユフィの腕を解こうとイザベルがケネスの傍で身を屈める。まるでこうなることが予想できていたかのようだ。


「あー駄目だわ。ねえ、思いっきり引き抜けない?」

「う、うん。そうだな……」


 どれだけ必死にすがりつこうと所詮は子供の力だ。ケネスが力を込めれば振り払えないことはないだろうが……。


「不安なのかも」


 またしてもポツリと呟いたのはネムリだ。


「不安?」

「そう。きっと怖い思いをしたんだと思うし」


 そう言われてケネスは艇の外で漂っていた気密服姿を思い出す。

 どんな経緯でああなっていたのかは知らないが、あんな場所に一人で為すすべもなく漂っていたとするなら、それは相当の恐怖であっただろう。こんな年頃の少女に耐えられるものではない。


 ケネスは自由になる方の腕を伸ばし、ユフィの額をでてやった。

 何らかの効果を期待して取った行動ではない。

 それこそ無意識に、そうせざるを得ない情動に衝き動かされた動作であった。

 しばらく肌と肌が触れ合う。彼女の体温を掌に意識し始めたとき、いつの間にか自分の左腕を締める力が弱まっていることに気付き、ケネスはそっと腕を滑らせて立ち上がった。

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