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◆2-8:イザベル 展望ダイナー

 イザベルが展望ダイナーに駆け戻ると、ガランとした店内にセスが一人だけで食事を取っている場面に出くわすことになった。

 喧嘩と聞き、取っ組み合いとまではいかないまでも、二人を中心とした人だかりを想像していたのだが……。すでに騒ぎは収まり、喧嘩相手のムンドーと野次馬たちは解散した後であるらしい。

 イザベルは半分は安堵し、半分は肩透かしを食らった気持ちでセスの正面の席に腰掛ける。


「どういう状況? ドッドフから、二人が私を呼んでるって聞いて来たんだけど?」


 セスは円柱状の缶詰キットに直接フォークを突っ込んで、そこからパスタをさらっていたが、イザベルと目が合うと、不機嫌そうな表情のままテーブルの上にあった別の缶詰をズイと突き出してきた。


「これ、最後の晩餐よ」

「どういうこと?」


「聞いてない? ムンドーが全部食べちゃったのよ。今残ってるのはこれだけ」


 イザベルが目をしばたかせ、改めてテーブルの上を観察する。

 これだけと示された缶詰は、彼女に差し出されたものも含めて三つしかないように見える。


「どういうこと? 食べちゃったって。このダイナーにあった食料全部ってこと?」


 人口比率が低いマダグ族を探査船団の艦内で見かける機会は少ない。

 イザベルもこの合宿が始まってから、マダグ族ってよく食べるんだなー、とようやくその謎の生態の一端を理解しつつあったのだが、まさか店の食材を一人で全部平らげるほどだとは。これはもう、よく食べるという穏当なくくりでは到底収まりきらない。


「私が来たときにはもうほとんどね。注意しても全然やめようとしなくて。ムンドーもだけど、周りがさー。面白がって、寄ってたかってあいつに食べさせてたの」


 セスの話を聞きながら店内を見渡すと、離れたテーブルの下には食い散らかした食事の跡が無数に見て取れた。

 だが不思議なのは、どれもこのダイナーで調理されたと思しきちゃんとした料理ではなく、ギフトショップで売っているいるようなパッケージ品ばかりであることだ。


「この店の料理は全部食べ尽くしたの? それでモールから缶詰を拾ってきたってこと?」

「流石にそれはないよ。この店のはオーダーストップ。この避難艇? ていうかただの脱落した区画なんだっけ? それが漂流を始めてから非常時モードみたいになっちゃたみたい」


「えっ?」

「このダイナーだけじゃないよ。アキラたちが確認したんだけど、このショッピングモールにある飲食店のテナント全部。あの子の救助から戻って来て以降、一切注文を受け付けないの」


「マジ?」

「マジ。だから。ベルも今のうちに食べときな。あんたも食べてなかったでしょ?」


 そう言ってセスが缶詰を片手で掴み、その底でテーブルをゴンと叩いて置き直す。

 のんびりくつろいでいた皆と違い、大人たちを探すことなどで何かと忙しくしていたイザベルたちは昼食を取り損ねていた。空腹を覚える前に、ベルゲンの騒ぎが大きくなってそれどころではなくなってしまったのだ。

 宿泊所のロッジで摂った朝食以来まともに食べていないのは、たぶん自分とセスとネムリの三人だけだろう。


「……あ、ミリィと、あの男の子もそうかも。……あれ? 三つじゃ足りなくない?」

「うん。だけどまあ、ごめん。たぶん大丈夫。今、アキラたちがその辺に転がってる食料拾い集めて回ってるから」


「そうなんだ」

「けど、それでどれだけ集められるか……。下手したら暴動になるわよ?」


「暴動って……」


 大袈裟な、と笑い飛ばそうとしたが、上手くできなかった。

 喉のおかしな場所で、しゃっくりのような引きった音が鳴る。

 この避難艇が正規の脱出プランに則って飛んでいるわけではないのなら、救助がいつになるかは全く想像が付かない。

 仮に事態が改善しないまま皆に状況が伝わり、漂流が三日、四日と続くことになれば、十七名ばかしの子供たちで残った食料の奪い合いが始まってもおかしくはないだろう。


「今のうちに、あのへんのを削ぎ取ってタッパーに詰めといたほうがいいかしら」


 セスがフォークでちょいと突くような仕草で指してみせる。

 その先に目をやると、壁に垂直に貼り付いている料理の残飯が見えた。ホワイトソースにまみれたしなびた葉野菜がブラブラ揺れて、今にも壁から剥がれ落ちそうだ。


「冗談でしょ?」


 イザベルの問いにセスは曖昧な表情を浮かべる。


「友達だから教えとく。フィライド族の死体って完全栄養食になるんだって。コエンシャクの乗組員はそれで7人が7日間食い繋いで未開惑星の地表までたどり着いたの」


 探査艦コエンシャクの名前は有名だったので、イザベルにはセスがドラマの中の逸話を引用しているのだとすぐに分かった。

 40年前にあった実際の事件をモチーフとした──作り話だ。大変趣味の悪い。


「冗談でもやめて。そんなことにはならないわ。ネムリがこの避難艇のマニュアルを見つけたんだから」

「ホント?」


「紙の資料だけどね。ねえ、次にアキラに会ったらネムリのとこに行くように伝えてくれる?」

「ああ彼、操舵技師の息子だもんね」


「ええ。けどフネを動かす必要はないわ。とにかく救難信号を発信するのが先決よ」

「分かった。伝える」


 不貞腐ふてくされていたセスの顔には希望の兆しが見え始めていた。

 鏡映しの自分の顔を見るようなものだ。明るくなったセスの表情を見て、イザベルもそれで前向きさを取り戻す。


 私たちは大丈夫。これを乗り切って、母艦に帰り着き、インタビューを受けるのよ。ドキュメント映画の主役になって、自伝を出して、ミリィみたいに有名になって、歌ったり踊ったり……。


 子供っぽく夢見がちで、また、下世話で打算的でもあったが、どんな形にせよ希望を持つことは大事である。

 イザベルの中ではすでにこの深刻な状況をしたたかに利用しようとする余裕が生まれていた。

 生還する以上、ただ助かるだけでは駄目だ。皆から賞賛を受けるくらい、清く正しく美しく、この苦難を乗り越えるのだ。自分がリーダーとして皆をそのように導かなければ。


「これ、もう一個持ってくね。私、あの銀髪の美少年探してくる。もう一個は私とネムリとで分けて食べるから、そっちのはミリィが起きたら食べさせてあげて」

「ん? うん。あ、ウィッグは? 見つかった?」


「あ、忘れてた。それも見つけてくるー」


 空腹など感じている場合ではない。イザベルは両手に缶詰キットを一つずつ持ち、弾んだ足取りでダイナーを飛び出していった。

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