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◆2-3:イザベル 通用路

 医務室の外の廊下では子供たちによる放送がまだ遮断されずに続いていた。

 大人たち向かって保護を呼び掛けるという本来の目的も既に忘れ、ラジオDJの真似事のようなものが始まっている。こういう脱線をしたがるのは決まって男子だ。

 その男子たちに対する押しの強さを買ってヘルハリリエたちに頼んだのだが、ミャウハ族である彼女の飽きっぽさを計算に入れ損ねていたようだ。

 きっと彼女たちはもうマイクの側にはおらず、広いショッピングモールのどこかを散策して回っているのだろう。


 イザベルは一端の大人のように悩み深い嘆息を漏らす。

 そのイザベルの後方から小走りで駆けてくる者があった。近地球人種の男子アキラと、彼と仲の良いドゥルパ族のオーダズマだ。


「イザベル。話がある」

「何?」


 ドワーフスーツを持ち上げ直しながらイザベルが振り返る。中身が空とは言え、着用せずに持ち運ぶとなると結構な重さだった。


「それは? どうするんだ?」


 アキラの意外そうな表情と目線の動きでイザベルは、()()の指すものを推量する。

 返答に逡巡があったのは、その短い時間でアキラに対する値踏みをしたからだ。彼女たちが抱える大問題。十五人の子供たちと、もしかしたらハンザ艦隊500万人の命が懸かった秘密を共有する味方になり得るかどうかの。

 アキラはこの合宿に参加している男子たちの中では比較的大人びて見えるし、〈宇宙クラゲ〉や艦の知識については頼りになりそうだ。自分やセスでは気が付かない意見が貰えるかもしれない。しかし……。


「片付けるのよ」

「なんで?」


「裸の女の子が着てた気密服なのよ? 男子連中が良からぬ考えを起こすかもしれないじゃない。見つからないところに隠すんだから、付いて来ないでよね」

「なっ……。ば、ばーか。誰が!」


 裸の女の子という単語でアキラが露骨に慌てる。

 そんなことで動揺するなんて可愛らしい、とイザベルは口の中で自分の牙の形をそっとなぞった。

 でも駄目ね。好感は持てるけどまだまだ子供だわ。私が本気で相手にしてあげるとしたら……。


 そう考えて何故かイザベルの頭に真っ先に思い浮かんだのは、農場プラントで出会った赤髪の警備員のことだった。あれは極上。スーツ越しでも鍛え抜かれた男らしい筋肉の隆起がはっきり見て取れた。

 彼のような人が相手なら……。でも、向こうは経験豊富な大人だ。誘いを掛けても自分のことなど子供としか思ってもらえないかもしれない。


 そうじゃない、同年代の子から選ぶとしたら……。

 次に思い浮かんだのは、あの黒いスーツを着た少年のことだった。大人の男にはない、しなやかな筋肉。それがたとえ成長とともにいずれ変容し、失われていくものだとしても。いや、失われるからこその美しさというものがある。

 どこかのマイナーな辺境銀河から来たばかりなのだろうか。話す言葉はたどたどしかったが、ミリィを救い出したときの献身的な姿は胸を打つものがあった。競争相手は多そうだ。

 ものにする気なら急ぐべきだろう。他の子が指をくわえて見ている隙に、迅速に、強引に、魅了して、自分のものにするのだ。


「──おい。おい、何一人で笑ってんだよ、気持ち悪ぃなあ」


 はたと気付くと、アキラが苛立った表情でイザベルの顏を覗き込んでいた。


「べ、別に? それより何? 話し掛けてきた用事ってそれだけ?」

「ああそうだった。相談がある。ネムリのやつが……」


 アキラがそこで一旦言葉を区切り、廊下の両端に視線をやってから声を潜め続ける。


「今になって、ここが避難艇の中じゃないかもって言い出したんだ」

「どういうこと? さっきは分離に成功したって言って喜んでなかった? どんどん本艦から遠ざかってるって」


 他の避難艇が失敗を繰り返していた中、どうやら自分たちがいる艦は無事、沈みゆくベルゲンからの脱出を果たせたらしい。そうだと思ったからこそ気楽に構えていたというのに。


「離れていってるのは間違いない。けど、どう考えても制御されて出航したって感じじゃないな。もしかしたら単に脱落して、漂流してるんじゃないかと思う」

「漂流……。……ネムリはどこ?」


「下の階。この辺の区画のコントロールルームらしい場所を見つけて。そんでここが正規の避難艇じゃないかもしれないって言い出したんだ」

「その部屋には誰もいなかったの?」


「ああ、大人も誰も。ここにいるのって、マジで俺たちだけかもしれねー」

「大問題ね……」


 呟きながら、脇の下から抱きかかえたドワーフスーツの肩口にあごを乗せる。力を込めるとジッパーの隙間から血が滴るような甘い匂いが香った。慌ててスーツの胸元をまさぐり、僅かに開いていたジッパーを上げる。


「どうする?」

「え……どうするって、私!?」


 冗談じゃないというふうにイザベルが詰め返す。


「班長はお前だ。最初の日にみんなで決めただろ?」

「うわ、もしかしてそれ根に持ってたの? やりたいなら代わろうか?」


「ふざけてる場合じゃねえよ。緊急事態なんだから」


 イザベルの吐き出した軽口の中には、代わってもらえるなら歓迎だという本音も含まれていたのだが、アキラはその密かな救難信号に気付かない。

 子供らしい鈍感さではあるが、イザベルはその短い応答の中に、アキラが自分に寄せる率直な信頼を感じ取ってしまい、それ以上の弱音を吐けなくなる。


「……救難信号を出せないか調べましょう。艦内放送じゃなくて外に向けて。あのシブオジの艦長も緊急放送で言ってたじゃない。探せばどこかにマニュアルがあるはずよ。アキラ、そういうの詳しいんでしょ?」


「それは今ネムリが調べてる。マニュアルが出てきたら俺も読んでみるけど、そもそも俺たちじゃ〈オラクル〉へのアクセス権がなあ」

「ネムリだって未成年だし、フルの認証はないはずよ。……いいわ。どんな感じか、私が直接行って聞いてくる。アキラは……、とりあえずあのうるさい放送黙らせてきて」


 イザベルに釣られてアキラたちも廊下の天井を見上げ、見えない音の出所に曖昧に目を凝らした。


「いいけど、避難艇を大人たちが操舵してるわけじゃないって話。みんなには黙ってたほうがいいよな?」

「……そうね。まだそのことは内緒にしておきましょう。ここにいる四人と、ネムリだけの秘密。あ、私はセスにも相談すると思うけど」


 内緒内緒。内緒のことが多過ぎる。


「じゃあ、大人はここにはいないけど、外とは連絡が取れたってことにしとくか?」

「細かいことは任せる。とにかく不安がらせないで。みんな子供なんだから」


 ほのかに香るちょっとした優越感がイザベルたちの不安を和らげる。

 自分たちがしっかりしなければという使命感がよい方向に作用しているようだった。


 ネムリが一人で籠っているというコントロールルームの場所を聞き出したあと、イザベルが、あそうだ、と思い出して訊ねる。


「あの黒スーツの彼、どうしてる? 何か知ってるかもしれない。話聞けないかなあ?」


 どうして一人だけでここにいたのか。ここにいた人たちはどこに逃げたのか。それが分かれば、何故自分たちがこんな状況に置かれることになったのか、その手掛かりが得られるかもしれない。

 だが、イザベルの質問に対し、アキラは後ろにいたオーダズマの方を振り返り、互いの顔を見合わせ答えを詰まらせる。


「どうしたの? どこの星系出身か分からないけど、言葉なら専用の翻訳機を使えばいいじゃない。家電売り場の床を探せばその辺に転がってるでしょ?」

「いや、じゃなくて。ちょっとあそこには割って入りづらいというか……」


「女子どもが大勢で周り囲んでるから近づけないんだよ」

「言葉はそいつらが寄ってたかって教えようとしてるみたいだったぞ?」


 なんですって!?

 思わずそう声を荒げそうになるのをイザベルはすんでで堪える。

 やられた。先を越された。本音では今すぐその場に飛んで行って自分も彼を囲む輪に加わりたかったが、彼女の立場がそんな自由を許さない。それぐらいの分別が付くくらいには大人であるという厄介な自尊心がその邪魔をした。

 ぐぬぬと後ろ髪を引かれる思いを引き摺りながら、イザベルはそのままネムリがいるという下層階へと向かうのだった。

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