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◆2-2:イザベル 医務室

 深紅のうねりの中に小さな頭を埋めて眠る幼い顔の少女。彼女が規則正しい寝息を立て始めるのを息を潜めて見守っていたイザベルとセスは、やがてどちらからともなく互いを部屋の外へと連れ出した。スライドして閉じたドアに並んで背もたれる。


「やっぱりミリィだったんだ」「やっぱり追われてたんだ」


 つかえていた息を追い出すようにして同時に呟かれた声。それに頷き合う二人。

 外殻の海から救い出した少女の正体について、たくましい想像を働かせたのは、二人の協同作業──妄想の共振によるところが大きい。


 スーツを脱がされ、裸でベッドに横たわる少女が、大宇宙を股に掛けるスーパーアイドルのミリィ・クアットによく似ているのではないかと言い出したのはイザベルからだった。

 ミリィのトレードマークとも言える鮮やかな赤毛と、地球人種寄りの端正な顔だちからの安易な連想であったが、それにしては容貌が幼過ぎるわね、と自らの案を切り捨てたイザベルに対し、ゴシップ好きのセスが全乗っかりした。


 セス曰く、疑惑の発端は40年前に起きた銀河連盟を揺るがす大事件に遡るのだという。

 とある星系を探査中であった総数108隻の巡行都市が忽然と音信を途絶えさせた(そしておそらくは住人諸共に船体を分子崩壊させた)大事件。そこで消息を絶った乗員リストの中に、ミリィ・クアットの名が含まれているというのである。

 40年という歳月に眉を潜めてはいけない。一万年にも迫ろうとする途方もない歳月によって編まれた統一銀河連盟のデータベースを丹念に紐解けば、ミリィ・クアットの名は、それこそ何百、何千年前から度々現れては消えているのだ──。


 彼女独自の解釈も幾らか交えつつ、セスはそんなゴシップ記事の内容をイザベルに熱く語って聞かせた。それが先ほどメランが目を覚ます少し前のことである。


「不老不死……じゃないわよね?」


 イザベルが用心深く言葉を選びながらセスの顔色を窺う。


「違う。だって私たちが観た一番新しい公式のヴイは2週間前のよ?」

「うん。ライブのプロモだと、ちゃんとオッパイあったもんね」


「それに、大事なライブの直前にあんなバレバレのアンチエイジングするわけない」

「なら……」


「クローンの方で決まりでしょ」


 彼女らの会話に耳を傾ける上で、二人が僅か十二歳の多感な年頃であることを忘れてはならない。彼女らにとって、世界はとてもシンプルで、それでいて魅惑的な謎に満ちているものなのだ。


「でも、大人のミリィが別にいるのに、子供姿のミリィが外を出歩いてる理由は?」

「分からないけど、予備リザーブの素体が研究室から逃げ出して来たのかも」


 そこでイザベルの方が口元に手を当て考え込む仕草をする。


「……今のベルゲンの状況って、ミリィに関係してると思う?」

「私はあると思う。きっとリョウザンパクの人たちはミリィの秘密を知っちゃったんだよ。ライブ中の事故か何かで。それで消された。情報が連盟全体に拡散しちゃう前に」


「一千万人もいたのよ? それが全部?」

「約850万人。どっちにしろ連盟にとっては大した数じゃないよ。ううん。重要なのは数じゃない。守らなきゃいけないのは理念なの。連盟政府が禁じているクローン技術を連盟自身が使ってたなんて知られたら面目丸潰れだから」


 サスペンスドラマの登場人物になりきったような深刻な口調でセスが訴える。ゴシップ記事から引用された小難しい単語が、同世代のイザベルに対しては強い説得力を持つ。


「……だとしたら、この状況ってヤバいよね」

「うん。証拠を隠滅するために、ベルゲンだけじゃなくて、下手したらハンザ艦隊のみんな、消されちゃうかも」


「そんな! そこまでする?」

「落ち着いて。まだ分からない。私たち次第よ」


「どういうこと?」

「ミリィのクローンがここにいるって、まだ私たちしか知らないでしょ?」


「あ……」

「このまま秘密にしよう。知らんぷりして救援を待ってればいい。なんなら彼女を人質にして皆の安全を約束させるとか……」


 そこへ二人が背にしていたドアとは反対のドアが開く。

 イザベルとセスが揃って顔を上げると、そこにはヨイヒム族の少女、マヤアが立っていた。この合宿で知り合った仲間の一人である。彼女は両手いっぱいに抱えた衣類の山の陰から、つぶらな単眼をパチクリと覗かせていた。


「あ、あのー」


 明らかに自分が会話の腰を折ってしまったことで生じた気まずい沈黙を感じ取り、マヤアはオドオドと言いよどむ。


「ありがとう、マヤア。ごめんね使い走りみたいにして」


 こういうときに気持ちを汲み取って真っ先にフォローするのは如何にもイザベルらしい。大抵の子供は、一見高慢な性格に見えるスペースヴァンパイアの少女が、誰にも分け隔てなく優しい気遣いする様子を見て一発で気持ちを絆されてしまう。

 イザベル自身は別に計算で行っているわけではないのだが、そうやってごく自然に皆の心に入り込み、彼女中心のコミュニティーが出来上がってしまうのだ。

 マヤアから衣類の山を受け取ると、イザベルはそれを一旦テーブルの上に置き、一つ一つ広げて品定めを始めた。

 その様子を心配そうに眺めながらマヤアが木のうろのような丸い口を開く。


「本当に、お金払ってこなくて良かったかな? 私、少しならクレジット持ってるよ?」

「いいのいいの。こんな非常事態なんだから」

「あ、これカワイイ。絶対似合うぅ」


 セスのはしゃいだ声を聞いて、マヤアはようやくホッと胸を撫で下ろした。裸の少女に着せる服の調達を任されたものの、外見が地球人種に近い彼女らの審美眼に叶うのかどうかが心配だったのだ。


「あっ!」

「えっ!?」


 イザベルの声に驚き、マヤアの顔回りにあるフヨフヨのひだが揺れる。


「ウィッグ。ウィッグはないかぁ、さすがに」

「え? いるんだった? ごめん」


「あー、ごめんいいの。責めてないよ? 頼んでなかったもんね。てゆーか今思い付いたの。私、自分で探してくる」


 あからさまに肩を落としたマヤアに気を遣わせまいと、イザベルは努めて快活に振舞う。


「あ、ベル? 行くんだったら……」


 セスはそこで言葉を切り、部屋の隅に転がっているドワーフスーツに意味ありげな目線をくれた。それだけで通じ合う二人。

 「うん、そうね」と何気なさを装って答えると、イザベルはミリィから脱がせたピンク色のドワーフスーツを抱えて、マヤアと入れ替わりで廊下へと出て行った。

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