☆銀連TIPS:『汎エルフ種』
遺伝子を人工的に操作して生み出されたアーキテクトミュータントの一種。
多くの者が想像するとおり、遺伝子的にも文化的にも、スペースヴァンパイア種の近傍に位置している。原生地球種族が作り出した人為的な進化種のうち最も代表的な例のひとつである。
古来より、人というものは、男も女も挙って美しいものに目がないものだ。
かつてはルッキズムと謗られ、均整の取れた容貌がやっかみの対象となった時代もあるが、それが皆が等しく手に入れられる特質となれば話は違ってくる。
生まれてくる自分の子供にはより幸せになって欲しいし、そのための武器となる容姿は優れているに越したことはない。
遺伝子工学の技術が花開いた初期には当然大小様々な波風が立ち、何度かの揺り戻しもあったが、全体としてのその流れは止まらなかった。
顧客が選ぶ美しい容貌の原型としてカタログに載ったのが、ヴァンパイアやエルフといった架空の亜人種だったのである。
数ある選択肢のうち、その二つのモチーフが主流となったことにはもう一つの理由がある。
美とともに、古来より人が追い求めるもう一つのもの──長命、あるいは不老不死というイメージが、それらを語る上では自然と付いて回ったからだ。
些か破廉恥に過ぎるその欲望を糊塗するうえで、間に虚構の存在を挿し添えることには意外な歯触りの良さがあった。遺伝子工学の力を借り、人が、人ならざる者へと至るためのある種の通過儀礼のようなものであったのかもしれない。
当時の人々には、その地平へ跳び出すための踏み台として、奇形のように長く尖った耳や、お芝居じみた牙を生やすことが必要だったのだろう。
当時はその類の論考が数多く著されたものの、それから気の遠くなるほどの長い年月を経て歴史の一幕となった今では、その愚かしくも映る大衆の熱狂に関心を払う者は少ない。
彼らの子や孫の世代においてさえ既に、美しく長命であることはあまりに当たり前過ぎて、そこに疚しさや迷い、気恥ずかしさなどが入り込む余地はなかったのである。
尤も、彼らが勝ち得た遺伝子的特質のうち、不老不死については程なくして自ら望んで手放すべき時が訪れる。地球外知的生命体との相次ぐ遭遇──〈大会合時代〉を経て、彼らとの融和を図るための銀河連盟憲章が締結されたのだ。
各星系種族の尊厳や文化を守りつつ、遍く種族が共通の価値観で団結するためには、皆が定命であり、限られた人生の中で伴侶を見付け、世代を繋いでいくという約束が欠かせなかった。それは人が連盟人種足るうえで、最も重要な〈規格化〉の一つであった。
しかし、不老不死という大きなアイデンティティを喪失してもなお、彼らは空想上の存在であり続けようとした。否、却ってそのことが同胞意識の萌芽を促したと言うべきだろう。
エルフとは、ヴァンパイアとは、どうあるべきかという固定観念は、まるで信仰のように根強く蔓延り、特に外見的な特徴は、遥か先の子孫にも色濃く、用心深く残されることとなる。
片や時代ごとにそのありようを大きく変遷させつつも、全体として一つの種であり続けたスペースヴァンパイア種に対し、片やエルフ種は同じ時代の中で並行し、様々な亜種の枝葉を伸ばしていった。
ネムリが属するエルフセイレーン種もその一つである。
(連盟社会におけるエルフ種の隆盛についての詳細は『エルフセイレーン種』の項に解説の場を設ける。)




