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◆1-23:ケネス E16区画外縁部

 ドームのシャッターを潜ってからのケネスは、一旦正面の通路を迂回し、外縁の通路を周回するように飛んでいた。これまでは敢えて人の気配がない方を選んで探していたと言っていい。子供たちの姿を見ずに済むのなら、それに越したことはないと思ったからだ。

 だが、本当に探す気があるのなら、ヴェエッチャが言うとおり、生きている人間の生体反応を追うべきなのは明らかだった。長い時間を掛け、彼らはようやく自分たちの探し方の誤りに気付いたところだった。


 毒ガス兵器を散布することで逃げ場を塞ぎ追い詰める──単純なパズルゲームの果てには、あの赤い髪の男がどこかの区画で死体となって漂っている姿を見つけることになる、そのはずだった。

 ベルゲンに潜入した味方部隊のほとんどを駆り出し、予定よりも長く手間の掛かる破壊工作を施した上で捻出したその時間は、結果としては全くの徒労に終わった。いや、自分たちの作戦行動が裏目となる力が働いているらしい、という知見が得られたという意味では、徒労と呼ぶのは誤りかもしれない。

 探すべきは始めから死体ではなかった。こんな状況でも未だしぶとく生き残っている()()()()()()を探すべきだったのだ。


 ケネスがトの字に折れた通路を曲がると、直線の行き止まりにケバケバしい色の看板が見えた。恐らくあれが子供たちが避難している商業施設への入口だろう。

 そこへと至る最後の長い跳躍の途中で再び通信が入る。

 ヴェエッチャの声だ。だがその声は先ほどまでの感情に任せた怒声ではなく、粘りつくような猫撫で声に変わっていた。


『聞けぇケネスぅ。実は俺の手元には今、俺の一存で使えるフリーの〈転送クーポン〉がある。この意味が分かるか?』


 それは意外な成り行きだった。ヘッドギアの内側でケネスが目をみはる。


規模グレードは? 何人なら連れ出せる?」

『せっかちだな。いいのか、ちゃんと確認しとかなくて? お前の思ってるような意味じゃないかも知れないぞ?』


「もし違っていたら、俺はお前を許さない」


 インカムの向こうから喉がひきつりを起こしたような短い笑い声が響く。

 お前から買う恨みなど微塵も怖くはないと、その声はわらっていた。


 そのときだ。大きな〈揺れ〉がケネスの身体を襲った。

 これで何度目となるか、いちいち数えていないが、これまでで最も大きな規模の揺れである。もっとも、揺れとは言っても地に足を付けた状態で感じるようなものとは根本が違う。海中でうねる波に揉まれるように、重力が縦横にぎ、人や物を奔放にもてあそぶ、抗いようのない力だった。


 通路を直進していたケネスの身体は、一瞬、斜め下に沈み込むように引き寄せられ、その次の瞬間にはそれとは逆向きに押し流されていた。

 1G下では天井であったはずの壁面に背中をぶつけ、そのまま身体を擦り付けながら、長い通路を転がり落ちていく。

 そうやって30メートルぐらいは押し戻されただろうか。先ほど蹴り出した曲がり角の壁に運良く足から着地したときには横薙ぎの重力はすっかり収まっていた。

 艦内は再び上下という概念のない無重力となる。


 その直後、船体がきしむ重い金属音に重なり、それとは異なる音律が聞こえてきた。ピュン、ピュンピュン、と断続的に続く奇怪な音。引き絞られていた弦が切れて弾けるような音が次々と耳介じかいへと迫りケネスの心を追い立てる。


 この艦の詳しい構造など知る由もないケネスであったが、瞬時に生じた直感に従い、彼は即座に壁を蹴り、垂直に飛び上がっていた。

 しなやかな筋肉を余すことなく用いたバネの力によって、先ほどの倍ほどの速度で通路を滑空するケネス。

 四方を囲い、通路の形状を為していた壁面に断層が生じ、それが彼の眼前で音も無くずれ動く。

 それは、船体の深刻な損壊を防ぐため、一定以上の応力が発生すると敢えて脱落するように設計されたモジュール同士の境界であった。

 噛み合わせが外れ、段違いとなる二本の通路。

 ケネスの身体は急速に狭まる隙間を寸前で潜り抜け、かろうじて事なきを得た。

 そこへ再びヘッドギアの内側にヴェエッチャの声が響く。


『おい、生きてるかケネス。今のはヤバかっただろ?』

「大丈夫だ。なんでもない」


 グローブの内側でじっとりと汗ばむ掌を感じながらケネスがぞんざいに言い返す。


『ヘッ。心配してやったのに可愛くねー』


 振り返ると、脱落した通路は完全に塞がり、ケネスが最後に足場にした壁も見えなくなっていた。ケネスの方向感覚がまだ確かなら、ヴェエッチャたちがいるのはあの向こう側のはずである。


『えー、何をどこまで話したっけぇ? 中央には〈接触派〉って呼ばれる連中がいるのは知ってるか? 奴ら、この俺を見込んで極秘裏に検体をだなあ──』

「全部言わなくていい。大体分かる。救い出せるのは何人だ?」


『何人でも? と言いたいところだが、まあ、ぎゅうぎゅうに詰めて、せいぜい1ダース程度だな』


 ケネスは入口で見た救難サインのことを思い出す。

 確か15という数字が読めた。文字を訳したコガネイも確かそう言っていたはず。だとすれば無理だ。全員は救えない。そもそも〈接触派〉に献上するために拉致することが救いになると考えること自体おこがましい話だが、何もしないより、誰一人救えないよりはマシだと言えるはず。

 ケネスは彼の中で騒ぎ立てる罪悪感に身勝手な道徳心で折り合いを付け、自分を納得させることに決めた。


 その間にケネスの身体は長い通路を運ばれ、区画を区切るドアに突き当たる。かなりの相対速度であったが、ケネスは両手を突くのに合わせて手首や肘を曲げて力を分散し、呼吸をするような気軽さでその場にピタリと静止してみせた。

 彼が持つそんな柔軟性、適応力の高さはヴェエッチャも一目置くところであり、兵士としてはまだ未熟なケネスを今回の作戦に同行させた理由でもあった。


『俺としちゃどっちでもいいんだ。連中への土産があろうが、なかろうがな。だが、あのデバイスは別だ。死んでも回収して持ち帰らなきゃならん。お前が気にしてるガキどもを救いたいんなら死ぬ気で探せ』

「分かったから。そう思うなら集中させてくれ」


 ケネス通話を遮断すると、一度深く息をしてから、未知の種族(エイリアン)たちの商業施設と思しき区画へと続く隔壁を開けた。

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