◆4-13:ケネス 解析カプセル内
左手首に走った、痺れるような馴染みの痛みによってケネスは瞬時に覚醒する。
いつの間に眠り込んでしまったのか。それに、どれほどの時間自分が意識を失っていたのか。当然興るその疑問を脇にやり、右の中指と親指の尺を伸ばして左手首に巻き付ける。
いつ、いかなるときでもそうあるようにと訓練された、それがケネスという装置に組み込まれた不可分のルーチンワークであった。
『状況が変わった。お前のお望みどおり、こっちから仕掛けることになったぜ』
「何があった?」
単刀直入に過ぎるヴェエッチャの宣告には、簡略を好むケネスでも流石にそう訊き返さざるを得なかった。起き抜けということもあって頭の回りは万全とはいえないようである。
『今になって上が方針を変えたらしい。標的の近くに居残ってる俺たちに目を付けて、新たな指令を寄こしやがったのさ』
「標的っていうと……」
ほとんど脊髄反射で応答を続けながら、ケネスは自分の視界を覆う暗闇と、身体の右側面に当たる人肌の感触によって自分の置かれた状況を把握する。
この体勢は意識を失う直前と変わりないように思える。
時間の方はどうだろう。筋肉の凝りの感じからしてそう長い時間は経っていないと思うのだが。
『お前の持ってるデバイスだよ。奪還じゃなくて抹消でいいって指令は元からだが、介入の痕跡を残すのも止む無しって結論になったらしい。このままアレが敵の手に渡ったり、不確定要素を放置するよりかはマシだと考えたんだろうな』
こめかみの辺りがズキリと脈打ち、頭痛の症状を自覚する。
試しに暗闇に向かって両手を突き出してみたが、緩やかな曲面でできた棺の蓋はほんの少しも動く気配がなかった。
「……つまり、それは……」
『撃ってよしってことだ。今度こそ、これが別れの挨拶になるかもな』
自覚するのと同時に容赦のないビートを奏で始めた頭痛に顔をしかめながら、ケネスは手首の端末をまさぐりライトを灯す。
必要最小限の青白い光によって、寝返りを打つのも困難な閉所に横たわるケネスと、その横にいるユフィの寝顔が照らし出された。
ケネスは頭を横に倒し、ユフィの口元に手をやって呼吸を確かめる。
昏倒するように眠り込んでしまったことを自分の疲労によるものかと考えもしたが、同じように眠っているユフィを見て、ケネスはその楽観を否定する。
アキラに対し自分たちを外から密閉するように頼んだのはケネス自身であった。
寝かしつけのサービスまで頼んだつもりはなかったのだが、説明のとおりこのカプセルが医療用の装置なのであれば、麻酔を施す機能が備わっていてもおかしくはないだろう。
アキラはケネスのことをベルゲンで破壊工作を行った敵〈見えざる者〉の一味だと疑っていた。表向きその疑いは撤回され、謝罪を受けはしたが、内面では疑いはまだ晴れていなかったということだろうか。
「あまり、そうなるとは思ってない口振りだな」
もう一度力を込め、目の前にある蓋を持ち上げようと試みながら言う。
『そりゃな。いまさら、今このタイミングでの方針転換ってことになりゃ当然深読みもするだろ? ……そっちの塩梅はどうなんだ?』
「実は最悪だ。ちょっと下手打って不味いことになった。狭い場所に閉じ込められて、このままじゃ拘束待ったなしって感じだろう」
『そりゃおめえ……絶対絶命じゃねえか』
言葉にはしないが二人の間には暗黙の了解がある。
ケネスはまさしく今、いい塩梅に絶対絶命だった。
ヴェエッチャたちが直接手を下しても、あるいは下さなくとも、この状況からケネスが生還を果たす目は万に一つもなさそうに思えた。




