前編
家紋武範さま主催「あやしい企画」参加作品です。
…なんか、怪しい。
妙に急いであたしから離れてく泰の背中を見送りながら、感じた。
何がどうってわけじゃない。
具体的な理由があるわけでもない。
でも、なんか変だ。
大学の学食で、カレカノが向かい合ってご飯を食べる。それはいい。どこにも不自然な点はない。
でも、あたしはまだ食べ終わってない。それなのに、泰は自分だけさっさと食べ終わると、そそくさと席を立った。
今、学食がいっぱいで、席が空くのを待ってる人がいるってんなら、全然おかしくないけど、残念ながら、学食はちっとも混んじゃいない。なんなら、あたし達が──あたしが座ってるこの6人掛けのテーブル、今座ってるのは、あたし1人だ。あたしの周りだけ空いてるわけじゃなくて、どこのテーブルだって3~4人しか座ってない。急いで席を譲らなきゃならない理由はどこにもない。
これじゃ、まるであたしと一緒にいるのが嫌で逃げ出したみたいじゃないの。
普段なら…今までなら、絶対こんなことしなかった。あたしが食べ終わるまで一緒にいて、2人で食器を返しに行ってた。
…怪しい。
泰が工学部で、今、実験室抜けてご飯食べに来てるってことなら、そりゃ、急いで戻るだろう。梨香の彼氏はいつもそんな感じで、研究室に住み着いてるんじゃないかってくらい居着いてるそうだし。
畜産科とかってんでもわかる。家畜の具合が悪かったり、出産間近だったりすると、それこそつきっきりで、ご飯なんか、学食に来るどころか、誰かにコンビニに買いに行ってもらうレベルで忙しいらしい。いつもパシられてる美野里は、いつも、年取ったら彼に介護してもらうんだって笑ってる。
でも。
泰は、経済学部だ。
まだ食べてるあたしを置いてどこかに行かなきゃならないようなスケジュールでは動いてない。
試験対策に追われて忙しいとか、レポートの提出期限が迫ってるってんならそれもわかるけど、今は10月の頭で、試験もレポートの提出も一段落した、1年で一番ゆったりできる時期じゃないの。
就職だって、泰はもう公務員試験の面接も終わって発表待ちだ。面接で落ちることなんてそうそうないから安泰だって笑ってたじゃない。
…怪しい。
絶対、何かある。あたしに内緒でこそこそしなきゃならない何かが。
でも、一体なに?
泰に限って、浮気ってことはないよね?
元々、告ってきたのはあっちだし。
大学入って割とすぐ、一般教養の社会経済史で一緒の班になったのがきっかけだった。
4人ずつ班を作って共同でレポートを書くなんていう、高校生の課題みたいなことやらされて。泰だけ2年生だったから、班長って名目でリーダーシップとって。頼りになるなぁっていうのが印象だった。
そん時の縁で、学祭一緒に回って、その後、告られた。
告白って、クリスマスに合わせてするんじゃないですかって言ったら、「間に合わせたかったから」なんて笑って。
そのくせ、クリスマスにデートするわけでもなく、2人でディナーとか、お泊まりとか、ケーキとか、およそクリスマスにカップルでやるようなイベントは一切なし。そりゃ、あたしは実家から通ってるから、お泊まりとかするなら色々と根回しがいるけどさ。
どっかズレてるよね。
クリスマス前にカップルになった意味って、どこにあったの?
結局、初めてのお泊まりは、翌年の夏に海に行った時だったじゃない。
1か月経った。
1か月経っても、泰の行動はおかしいままだ。
この1か月の間、ほとんど連絡が取れていない。1日中スマホの電源が入ってないみたい。
企業に就活してる人なら、そんなことは絶対にしない──というか、できない。いつ、企業側から連絡が入るかわからないんだから。
泰は、無事二次試験も通って、4月からは県庁職員になることが決まってるから、そういう連絡が来ることはないんだそうだ。だからって、スマホの電源切るかな、フツー。あたしなんか、映画館行ったって電源切らないよ。バイブにするだけで。
これは、やましいことがあると見た。
あたしに言えない、やましいこと。
例えば、何がある?
1つ、クリスマスプレゼントを買うためにバイト。
…ないね。
泰の頭の中に、クリスマスなんてイベントが入ってるかどうかすら怪しいもの。
付き合ってから、クリスマスが2回あったけど、恋人同士のクリスマスにふさわしいイベントなんて1つもなかった。去年だって、プレゼントどころか、一緒にディナーなんてこともなくて。せいぜい、昼間デートして、どっかでお昼食べる程度。それだって、下手するとファストフードとか入ろうとするんだから。
つまり、今年もそんなイベントはないし、そのためにお金を稼ぐ必要もない。
2つ、親が具合が悪くて入院中とか。
お見舞いとか付き添いとかで病院にいるなら、たしかにスマホの電源落とすよね。
でも、泰の実家って香川県だから、大学通いながら病院に通うとかありえない。すっごく重い病気とかなら、むしろ東京辺りの大病院に行くだろうし、この辺の病院なんてお呼びじゃないだろう。
これもなし。
3つ、泰自身の体調不良。
ありえなくはないけど、たまに姿を見ることはあるんだから、入院してるわけじゃないよね。
それに、毎日毎日一日中電源を切ってる理由にはならないし。
可能性は小さいね。
4つ、浮気している。
ありえない…と言いたいけど、これが一番ありそうよね。
あたしの顔見ると、ハッとして逃げてくとか、どう考えたってあたしを避けてるでしょ。
仮にもカノジョであるあたしを避ける理由としては、浮気っていうのが一番可能性が高いね。
そんなことする人には見えなかったんだけどなぁ。
背はそこそこ、ちょっとやせてて、口はそんなにうまくなくて。モテる要素なんて、あんまりないんだけどなぁ。物好きは、あたしだけだと思ってたのに。
あ、泰発見。
偶然、本当に久しぶりに、学食で泰を見かけた。1人で並んでる。
試しに電話してみたけど、やっぱり電源が切られてた。
列に並んでる泰の姿からは、電源切っとかなきゃいけないようなやましい状況は感じられない。
じゃあ、どうして?
あたしは、列の後ろに並んで泰を観察してみた。
普通に定食を選んで、席を探しに歩いてた。付け合わせをサラダにするか、おひたしにするかで迷うところも、いつもどおりだ。
誰も隣にはいない。座った席は、両隣は空いてるけど、向かいは埋まってる。あいさつもしないから、知り合いじゃなさそう。
あたしは、定食を取った後、泰の方に向かう。相変わらず向かいは塞がってるけど、隣は空いてたから、右隣に座ってやった。
あたしが来たことに気づいてない泰に、
「久しぶり。忙しそうじゃん」
って声を掛けてやったら、跳び上がりそうになって驚いてた。
「あ、綾!? なんでここに!?」
ちょっと驚きすぎじゃない? 久々に会ったカノジョに対する態度じゃないよね。
「あたし、ここの学生なんですけど。学食でお昼食べることのどこに驚く要素があるのか教えてくれない?」
わざとらしく首を傾げてみせると、泰の顔が目に見えて強ばった。
「あ、いや、別に悪いって言ってるんじゃなくて、よく見付けたなっていうか、その…」
「なに隠してんの? なんでいつも電源切ってんのよ」
真正面から切り込んでみた。ここを逃したら、今度いつ会えるかわからないんだし。
「あ、の…スマホは、その、電波禁止のところにいることが多くて…」
「学食の中は、ケータイ禁止じゃないよね」
言外に、今も電源切りっぱなしなのは、あたしと連絡取りたくないからじゃないかと問い詰めてみると、泰は
「いや、禁止区画を出たり入ったりしてるから、切り忘れると悪いんで、切ったままにしてるんだ」
とか苦しい言い訳をしてくる。
なんて苦しい言い訳だろう。
切り忘れると悪いから切りっぱなしなんて、子供でも、も少しマシな言い訳をする。
「経済学部の泰が、なんで電波使えないとこにいんのよ。実験とでも言うつもりなの? 理系じゃあるまいし!」
冷静に。できるだけ冷静に、泰を追い詰めないと。
「いや、実験じゃないけど、電波出るものダメなんだよ」
「だから、どういうこと!? 説明しなさいよ」
ピー! ピー!
その時、何かのアラームが鳴った。
「あ、ごめん、時間だから行かないと」
泰は慌ててお盆を持って去っていった。
音の出所は、泰の左手首。
見たことのない腕時計だった。
泰、腕時計なんかしてなかったのに…。
後編は、9日朝にアップします。




