畑作り!
「はーあ! なーんて清々しいのー!」
窓の外に叫ぶ。
翌朝、私は相変わらずの曇天模様の空に向かって叫んで…そして気落ちした。
…外は変わらずにどんよりとした黒い雲に覆われていて清々しさなど欠けらもない。
まあ、お風呂に入って体も髪も洗えたし、下着は多めに十着セットで支給されてきたし、服や靴は可愛いのがクローゼットにあるし…なんか新生活が安定してきた気がするーう!
「幸坂さん、起きたなら顔を洗ってきてください。朝食は出来ていますので」
「今日はなんですか⁉︎」
「すいとんと干物のつみれ汁です。醤油がないので、少し味気ないかもしれませんが我慢してください」
「和食! とんでもないです、ありがとうございます!」
水守さんすごーい!
パン食もいいけどやっぱり日本人は和食よねー。
「今日の支援物資でなにを頼むか決まりましたか?」
「醤油…?」
「そうですね。それもいいですが…昨日ボディーソープとシャンプーとリンスとコンディショナー、あと化粧水と乳液、美白クリームにクレンジングオイル、保湿クリームとボディクリーム、保湿パック、化粧品一式…とか言ってませんでしたか?」
「あ…そ、そうでしたね…。え、えーと…」
…そうなのよね、今私すっぴんなのよね…。
この歳で彼氏でもない男にすっぴんを晒す恥辱ときたら…‼︎
と、言うわけで昨日支援品にお風呂場に欲しいものとお肌に必要なもの、体のケアに必要なものを水守さんにぶちまけた。
だが…………!
『多い』
「だ、そうです」
「ですよね…」
上司の方のお声に一蹴されてしまったのよ!
だから、数日に分けて私の使ってるものと同じやつを買って送ってもらうことになったの。
という事でかなり急ぎめで欲しいのは〜…。
「ち、ちなみに個数はいくつまでならオーケーなんでしょうか?」
「物の大きさによると思います。シャンプーやコンディショナーやボディーソープは俺もあると助かりますが…、幸坂さんの欲しいものを最優先で構いません」
「う…」
そ、そうだよねー、水守さんも体や頭洗ったりしたいよねー…。
それに、水守さんも欲しいものあるよねー…。
うーん、でも化粧水、乳液は絶対今日中に欲しい…。
「あと、気になっていたんですが生理用品は大丈夫なんですか?」
「ぶっ!」
「………まだありますよね?」
「あるわ!」
閉経しとらんわ!
し、失礼な!
いや、閉経した人に失礼か。
そ、そーじゃなくて! 私まだ子供産めるわー!
バカーァ!
「…………そ、そうか生理用品…」
それもあったか…。
確かにないと不安かも…。
きてからじゃ遅いしな〜…。
予定日いつだっけ…えーと、前に来たのが〜…………。
「…そ、そうですね…昼用と夜用と多い日用、できれば昼用と18センチ、夜用40センチ、多い日用は21センチと25センチ羽アリでお願いしたいです」
…………これなんの恥辱プレイ…?
な、泣きたい…!
「贔屓のブランドは?」
「(そんな事まで知ってんの⁉︎)…う…さ…さ◯りえと…昼夜は…はだ◯もい…」
「分かりました、頼んでおきます。生理痛の薬は大丈夫ですか?」
「うっ…で、ではイ◯を…」
「はい。…もう少し頼めると思いますが…あとは?」
「…………エッ◯ンシャルのシャンプーとコンディショナー…無印◯品のオーガニック高保湿化粧水と乳液…」
「わかりました。…この辺りで限界でしょう。ええと、シャンプーとコンディショナーは俺もお借りしていいですか」
「もちろんですぅ…」
ダイニングのソファーに沈む。
…くそう、この男ぉ…!
有能すぎるだろ、真面目すぎるだろう…!
普通、女子の生理用品のことまで把握してる⁉︎
…童貞だとばかり思っていたのに…なんという女子の月の物への配慮能力…!
これはもはや元カノが躾たとしか思えない…。
元カノ確実に変態だわ…。
「大丈夫ですか?」
「…水守さんって変態なんですか?」
「………生理用品などの事なら、妹がいますのでそれで知っていたに過ぎません」
「…妹さん?」
あ、なんだ家族に女の子がいたのか。
そうか、それなら知ってるのも…。
「いや、でもそれにしたって理解深すぎでしょ⁉︎ 普通にドン引きしましたよ!」
「その時になって困るよりはマシかと思いますが」
まあその通りなんですけれどもーーー!
「…あとの問題はそれらのゴミの処理ですね…。塵も残さず高温で一気に…しかしそれまでの保管場所は…」
「…………」
…恐ろしいほどの現実主義…。
はあ…。
「どうぞ」
「いただきます!」
溜息をついているとテーブルにすいとんと干物のつみれ汁が差し出される。
どっちも汁物だけど、すいとんはお腹に溜まるしつみれ汁はフワッフワ。
これは多分、魚の干物のダシね?
それに少しだけ塩気が入っていて…シンプルなのに…お、い、し、い…!
「さすが水守さん…絶妙な汁の味です…」
「それなら良かったです。…で、今日の予定ですが」
「はい?」
「畑を作ります」
「…はい…」
…忘れてたわけじゃないけどねー…。
「自信ないなー…」
「しかし、なにか作らないといずれ飢えます」
「うっ…」
それはそうかもしれないけど…。
あ、待てよ?
「食糧のこと、ケットシーに聞いてみましょうよ」
「ケットシー?」
「昨日話していた妖精さんですよ! 名前を聞いたんです。ケットシーっていう名前だそうです」
「…………。…………。……畑を作りましょう」
「あれ⁉︎」
すごく長い沈黙の後の、結論⁉︎
ちょ、何故⁉︎
「…もしかしてケットシーがなんなのかご存じない?」
「え?」
「我々の世界でもアイルランドに伝承が残る妖精です。猫の」
「は? ね、え?」
「…………やはりこの食糧の出所は詳しく聞いておくべきでしたね…」
「え、え? ど、どういうことですか」
「ケットシーはアイルランドで有名な妖精の一種です。類似したものにクーシー…犬の妖精もおります。普段は普通の猫ですが、二足歩行も可能で三ヶ国を話すとも言われ、義理堅く紳士的。しかし、猫を乱暴に扱う者には容赦せず、八つ裂きにしてしまうそうです」
「…………」
マジで…?
「猫でありながら王政で、群れの王は絶対的な権力を誇る。…日本で言うところの猫又のような存在ですね」
「………ね、猫の妖精…」
「…人に害する妖精ではないと言われていますが…正直神竜の眷属として力を持つには弱い。となると、この食糧はどこから持ってきたのか…」
「…………」
…ウワァ、一気に怖さが襲ってきたー!
でも美味しいし…。
で、でもどこからー⁉︎
「ケットシーは義理堅いと言いますし、無理をさせているのでは…」
「……!」
「姿が見えないのも…まさか自分の存在を維持する力で我々の食糧を捻出したとか…」
「えええええ⁉︎ そ、そんな!」
「この世界の、今のこの状況を考えると…」
そんな…!
「っ…」
あの悲痛な声。
この世界を救って欲しいって…。
私、なんて気軽に答えちゃったの…⁉︎
「は、畑を作りましょう!」
「はい」
ケットシーにこれ以上無理をさせるわけにはいかない!
アーナロゼも似たようなことをしようとしていたし…水守さんの予想が正しかったら…!
そんなのやだー!
猫の妖精に…にゃんこちゃんにそこまでさせるなんてー!
畑がめんどいとか、そんなの言ってる場合じゃねぇー!
と、言うわけで!
「…………まずなにからしたらいいんですか」
汚れてもいい服に着替えて、神殿の横にあった納屋のような建物から鍬を持ち出してかさかさの黒い土の上に仁王立ちする。
が、具体的になにから始めれば良いのー?
「は? 耕してください」
「水守さんは何してるんですか…」
「周囲を見回ってきます。神殿周辺は神竜の神気で例のモンスターがいない様ですが…丘の下にはいないとも限りません。神殿付近の探索は早めに行うべきだと思います」
「…………行ってらっしゃい…」
く、くそう…!
また銃とサンバイザーみたいなやつを装備して、焼け落ちた山林の道へと下っていく水守さん。
その通りだけど! その通りなんですけれども!
確かに手分けした方がいいもんね!
モンスターが近くにいるとなると、いくら根を張ってて動けないって言われてても気分がいいもんじゃないし!
そうだよね! 役割分担的にそうなるよね!
でも畑仕事ど素人の私を置いていくか⁉︎
「耕せって言われてもな〜…」
まあ、やるしかない。
えいしょ、っと。
意外と重たい鍬を振りかぶって、土に突き刺す。
か、硬!
「…………。何か楽する方法ないかな…」
こんなの無理無理。
耕す頃には手の皮膚むけちゃう。
とは言え実家が農家の水守さんは森林の方に降りて行ってていないし…。
あ、水をかけて土を柔らかくするってのは?
納屋の中にジョウロとかないかな?
「…………えーと…。あ! あるじゃん!」
納屋に行って中を捜索すると割とすぐにジョウロを発見した。
よーし、これで水を汲んで、畑予定地にジャーっとね!
「………………………………」
水が…そのまま流れていく?
何この大地…カサカサなのに水を弾くとか…私のお肌と同じじゃない…。
化粧水を叩き込まないと潤わないなんて私の肌か? ここは…。
だ、大地まで現実を私に突きつけてくるというの…⁉︎
ここはファンタジーの世界じゃないのかぁぁぁ⁉︎
「…………どうしよう…」
ケットシーの事もあるし、畑は作らないと。
でも心が折れた。
どうしたらいいのかわかんない。
誰か、誰か助けて…。
「うう〜」
『姫…どうしたの? 姫…』
「………アーナロゼ?」
地面に手と膝をついて項垂れていると、頭の中にアーナロゼの声がした。
…そういえば思考を共有出来るとか恐ろしいこと言ってたな…。
あ、いや、思考を読むのはやめるって言ってくれたし、私が困ってた気配を感じて話しかけてくれた…んだよね?
そうよね、ドラゴンは嘘なんてつかないし。
「あ、あのね、実はね、畑を作ろうと思って」
『ハタケ? 姫が?』
「だって食糧を持続的に確保しないといけないでしょう? ケットシーに無理はさせたくないし…」
『無理? 妖精が?』
「え? だってケットシーが食糧を用意してくれていたんでしょう?」
『うん…そうだね、無理はさせているかもしれない…。妖精は、我の力を姫ほど扱うことは出来ない…』
「そ、そうでしょう? ケットシーが自分を維持する力で食糧を作ってくれていたなんて…私そんなの嫌なの。ちゃんと会ってお礼も言ってないのに!」
『? …いや、妖精は多分…………』
「え?」
…………。
アーナロゼの言葉が…頭の中だけど…右から左へと流れていった気がした。
まあ、気がしただけでしっかり残ってるんだけどね。
いやいや、衝撃的すぎでしょ、食糧の出所…‼︎
「……っ、…し、死骸…?」
『うん、我々の死骸を我の貸し与えた力を無理して使って、姫たちの食べるものや着る物などに変えたのだろう。我らの死骸は朽ちること無く、東と西の大陸の祠に残っている。ケットシーはそこから肉を千切って食べ物などに……』
「も、もういいよー…」
む、無理はさせていたのねー…そうだよねー…。
「……………」
畑を作ろう。
一刻も早く。
ケットシーに無理をさせないためにも。
我々が神竜の死骸から作られたご飯を食べなくてもいいようになるためにもおぉぉお‼︎
「ぐっ!」
でも硬い!
ちょっぴり…表面しか削れないよ〜!
無理だよこんなの畑にするなんて〜!
「ア、アーナロゼ、何かいい方法はない?」
『畑を作る方法?』
「それもあると助かるけど、それよりも土がもう少し柔らかくないと耕せない」
『…祈りの力を使ってみたら?』
「? 祈りの力?」
…それって「神よー」みたいにやるやつ?
が、柄じゃないんだよーってば…。
『姫の祈りは、我の力にもなる…。姫が祈ってくれればほんの少し、我の力は大地に巡る…』
「???」
またなにか小難しいこと言ってるなぁ?
「祈るって、アーナロゼに対して祈ればいいの?」
『そうだよ。そして、望みを想像するの』
「……うーん…わかった、とりあえずやってみる」
柄じゃないけど。
でも、力任せに耕していても先が見えないっていうか、無理。
柄じゃないけど、とりあえずやってみる。
手を胸元で組んで、目を閉じで想像してみよう。
とにかくこの辺りの土が柔らかくなりますように。
アーナロゼ、どうかよろしくお願いします。
「…………」
目を開ける。
うん、変化ねーなーぁ。
ですよねー。
「何も変わってなくない?」
返事はない。
えー…ここで無視ー?
しゃがんでツンツンと黒い地面をつつく。
「あれ?」
…柔らかくなってる?
指がスポ、と刺さった。
試しに鍬を振りかぶって勢いをつけ、地面に突き刺す。
…刃が埋まった…!
「え、すご…! お、おお?」
サクサク進む!
サクサク耕せるー!
わあははははは! なにこれ楽しーい!
「すごーい! アーナロゼ、ありがとうー!」
やはり返事はない。
でもまあ、多分聞こえてるだろう。
…神竜の力を使わせて、もしかして疲れさせたのかな?
そう考えたら少し心配になる。
「アーナロゼ? 大丈夫?」
『…………大…丈…夫…。姫が、まずは…その力に…慣れてくれれば…』
「え、ほ、本当に大丈夫なの?」
『う、ん。…姫…祈りの、力は…姫の、信じる心…に…大きく、左右、される…。我の、力を引き出すのも、姫の…信じる力の強さ、次第…』
「! …ご、ごめん…私、今あんまりアーナロゼのこと信じてなかった…!」
だからアーナロゼに負担がかかったのね?
…わ、私…。
『……でも、実感は……して、もらえた…でしょう? …姫の、祈り…信じる、心…我に、奉じてくれれば…我は…蘇る…』
「…………信じる心…。…うん、わかった…アーナロゼのことを信じればいいのね」
これからは絶対にもっと信じる!
柄じゃないけど…それがアーナロゼと契約した私の…『聖女』の仕事。
そうだよね…私はあなたのこと信じなきゃダメだったよね…。
「…………よし!」
畑作り、頑張るぞ!








