不思議な卵
「とりあえずこの建物を探索しましょう。この建物内は比較的、酸素も安定していますし有害物質もありません。この建物周辺の数値も我々の世界と同じぐらいなので今のところ安全度は高い方と思われます」
「…………」
「…幸坂さん、お疲れなのでしたら俺が単身調査してきますが…」
「………一緒に行きます…行けばいいんでしょう?」
「そうしていただけると助かります」
例の卵の部屋に戻るなり、つらつらと漫画の中の宇宙船で別の惑星に来た宇宙飛行士みたいな事を…。
なんで私、こんな目に遭ってるの…?
世界が滅んでる、とか…なんなのよこれ…意味わかんない。
ハルマゲドンでも起きた訳?
ハリウッド映画じゃあるまいし…世界が滅ぶとか…。
「まずは水と食料の確認を最優先で…」
「…………」
「あまり俺から離れないでください」
…じとりと男の背中を睨む。
ほんとこの男マジで頭おかしいわ。
世界が滅んでるんだよ?
普通、もっと取り乱すでしょ…!
「…水と食料がなかったら、どうするんですか…?」
怖いことしか頭に浮かばない。
向こうは武器を持ってるんだ。
私のことを殺して、そして食料に…なんて怖いことだって出来る。
…私は職場に携帯電話持ち込み不可だから、自分の持ち物はせいぜいこの腕時計くらい。
これで戦える…わけもないし。
「…その場合は地下水を探しましょう。外の木々が未だ倒れる事なく立ち続けているという事は、地下に水脈がある可能性が高い。倒れないという事は、根がまだ無事という事だと思います。土壌も調査しなければなりませんが、少なくとも土は枯れているように見えません。それにこの世界に貴女を召喚した者がそれほど切迫した状況下に貴女を置くとはあまり思えませんね」
「……。……? ……ん? …私を召喚した、人?」
「はい。この世界に召喚されたのは貴女だ」
「………っ…わた、し⁉︎ 私を⁉︎ 誰が⁉︎ なんのために…!」
「さあ?」
「っ」
か、肝心なところでこの男…!
「…この手のことに詳しい同僚に聞いた話ですが、召喚は必ず召喚した者が側にいるものだそうです。我々が召喚された時に一番側にいたものが、我々をこの世界に呼び出したと考えるのが…この場合は自然なのではないでしょうか」
「……この世界に私たちを呼び出したもの…? そんな人…居た?」
世界滅んでるんだよね?
まだ人間が居たの?
あの部屋には、私たちしか居なかったような…?
…………。
スルーしそうになったけど、この男の同僚…こんな非現実的なしょ、召喚? に詳しいの?
どんな職場だ…⁉︎
自然もクソもあるか!
「あるじゃないですか、そこに」
「え?」
「…この場所に、俺たち以外の“生き物”」
指さされ、その方を見る。
台座に鎮座する巨大な卵。
私の体の半分くらいの大きさがある…これのこと?
…え、ええ…ほ、本気で言ってる〜?
さすがに引くんだけど…。
「い、いやいや、ありえないでしょ…。そもそもただのオブジェでしょ、これ。なに奉ってるんだか知らないけど…こんな大きな卵、恐竜の卵だってもっと小さいわよ?」
「俺はドラゴンの卵を見たことがあります。それよりは大きい…。砂上、なんだかわかるか?」
『うーん…多分ドラゴンの中でも大型の子じゃないかな〜?』
「…………」
…例の端末さんから、機械的ではない人の声が…。
固まる私の体。
今聞いた内容もそうだけど…全く別の男の声?
「…………え?」
「ドラゴンは種類が多いんだよな? 特定は?」
『卵の色は?』
「白っぽいが…ほのかにオレンジ色に灯っているような感じだな」
『じゃあ光と火の属性…フェニックスドラゴンじゃない?』
「……不死鳥とドラゴンは別の生き物なんじゃないのか?」
『不死鳥の力を取り込んだドラゴンは存在する。その類は無条件で神竜族だ。神竜の卵だよ、断定する』
「…ではこの世界の創世神か…」
『間違いないだろうなー。…と、いうことは俺の世界じゃないかー…良かったような残念なような…』
「ふむ…」
「え、いや、待っ…待って待って…待ってください!」
「なにか?」
なにか、っじゃっ、ないわ‼︎
「それ、え? 誰⁉︎」
「同僚です。異世界に飛ばされたことを報告しないと…」
「は、話せるの⁉︎ それ、私たちの世界と繋がってるの⁉︎」
「はい」
はいーーーー⁉︎
あっさり「はい」ーー⁉︎
「じゃあ帰れるのね⁉︎ 本当にここは異世界で、地球が滅んだわけじゃないのね⁉︎ 私、アダムとイブ的な事にならなくても…!」
「…それは召喚した者に聞くべきです。少なくとも、どういう形で召喚されたのか俺たちでも分かりません」
『初めまして。俺は鈴太郎の同僚でこのすごーい端末警察手帳を作った天才魔法科学者で砂上帝さんといいまーす。気軽にさがみんって呼んでもいいよー』
「初めまして! …あの、早く助けてください! こんなところにこんな男と二人きりなんて耐えられない! この人の同僚ってことは貴方も警察なんでしょう⁉︎」
『わあ、鈴太郎の好感度底辺マジウケるー。…お前が女に嫌われるなんて珍しいね』
「…少なくとも我が部署内では一番モテない自信があるぞ」
クッ…砂上さんとやらが絡むと話がずれる!
これがお役所仕事か⁉︎
うちの施行者も公務員だから大体マイペースで色々面倒ごと押し付けてくるくせに、重い荷物持ってても見て見ぬ振りするし!
これだから公務員は‼︎
『でもざーんねん。俺は警察官じゃなくて協力者的な立場なんでーす。そもそもこの世界の戸籍ないしー』
「……え?」
「砂上」
『あ、そうそう、由と凪は別件で他県に出かけてるんだー。正宗から連絡はいってるけど、鈴太郎の端末から測定した空間安定値から見てこちらから門を開くのはムリげだなー。自然魔力の数値も最悪だし…由ならこちらから支援物資を送るくらいはできると思うけど、何か欲しいものあるー?』
「…では、当面の水と食料を頼む。この施設内を探索した後、また連絡する」
『オケオケりょー。こっちももう少し調べてやんよー』
んじゃ。
…と、去り際に言い残してテレビ電話のような画面は消えた。
こちらの、いや、私の話など全く聞いていない。
何言ってるか半分も分からなかったけど…ただ………帰れないんだ、というのは…分かった。
膝から崩れ落ちて、座り込む。
支援物資…水と食料は、もらえるみたいだけど…。
帰れない…って、そんな…こんな事って…。
「…やはり召喚主に聞いた方がいいようだな。…幸坂さん」
「…なんでこんな目に遭わなきゃいけないの…? 私、悪い事なんてしてないのに…っ」
「…………」
そりゃ、胸張って真っ当な人生送ってきたか、って聞かれれば悪い事もしたわよ。
薬局のサンプルのハンドクリーム毎日手に塗って潤い保ったり、赤信号無視して横断歩道渡ったり、自転車でイヤホン付けたまま走行したり、横断歩道のないところ渡ったり、夜道を無灯火で走る自転車の人に心の底から「そのまま電柱に気付かずぶつかって死ね!」って呟いたり、左側通行右側で走ったり、夜中にビール飲んだりお菓子食べたりラーメン食べたり、電車やバスの優先席に座ったり、お年寄りに席を譲らなかったり…それなりに酷い事もしてきたわ…。
でも、ここまでの目に遭うような、こと?
私より悪いことしてる人なんて世の中にたくさんいるはずなのに、なんで私なのよ…。
こんなの、酷すぎる…!
帰りたい…、帰りたいよ…。
「………分かっています」
「っ」
「あなたが何も悪くないのは、分かっています。ただ、これは明確に貴女に何かを求めての召喚だ。事故ではない。そして俺はその理由を貴女に教えてあげる事も、元の世界に帰る術も持ち合わせていない。その方法を知る術を持つのは、呼び出された貴女だけだ」
「……で、も…なんで、私…なの…」
「それも貴女が聞けば答えてくれるはずです。あれは…砂上の見立てで間違いなくこの世界の神だそうですから」
「…………」
座り込んだ私に目線を合わせてしゃがみ込んだ水守さん。
…私、結構酷いこと言ったのに…。
そして、彼が見たモノを私も目で追う。
台座に鎮座する巨大な卵。
…神様の卵…って…それも信じられないんだけど…。
というか、そもそもあれは卵、なんでしょう?
「…話なんて出来るの…? 卵、なのに…」
「俺が以前会った神竜の神子という娘は卵の中身とも対話していました。神竜に認められた者ならば可能なのではないでしょうか」
「………、…け、結構非常識な経験をしてらっしゃるのね……」
「そうですね。…そういえばそうですね…」
改めてしみじみと…今更実感されたようだ。
なんかが麻痺してんだろうなぁ…。
「………わかりました、やってみます」
「お願いします」
…どのみちなにかアクションを起こさないと、何も解決しないものね。
嫌なことはさっさと終わらせる!
それに、早く帰りたい。
こんなテレビもスマホもビールもお菓子もない世界、絶対無理。
四十歳になってより一層先行き不安になったのに、こんな滅亡済みの異世界で終わるなんて絶対嫌…‼︎
つーかよくよく考えると今日私の誕生日じゃないー!
年金や保険料だって切り詰めながら払ってるのよ?
結婚もしたいし、親に孫の顔見せてあげたいし、もう一度くらい恋したいし…。
…私、恋愛出来るのかな…。
結婚出来るのかな…っ。
恋愛結婚が理想だけど、この歳で恋愛結婚なんて出来るの…?
四十のおばさんになっちゃったのに…こんな私と恋して結婚してくれる男なんているのかしら…。
競艇好きっていうと大体の人は逃げるし…同じ趣味で話が合う男なんて百パーギャンブル好きのロクでもない男だし…!
うっうっ…私のこの涙はなんの涙〜?
最早将来への不安しか感じな〜いっ!
「た、卵さん、卵さん…初めまして…私、幸坂菫と申します…。あのう、あなたが私を召喚したんですか? 早く帰して頂きたいのですが…」
手を組んで、巨大な卵に話しかける。
なにこれシュール。
卵に話しかけるなんて、私の人生…何かが終わった…!
「…………」
「…………」
10秒ほど待ってみた。
なにも起こらない。
「なにも起きないんだけどぉ!」
「…手で触れてみながら話しかけてみるとか」
「さ、触るなって言ったのあんたでしょ⁉︎」
「え? いえ、先程はまだ“なにか”不明だったので。今はそれが神竜の卵であると鑑定されましたので」
「うっ…。…大丈夫なんでしょうね…?」
「神竜は神格化したドラゴンの事です。そして、貴女はその神竜に選ばれた存在だ。貴女を選んだものが貴女に危害を加える可能性は極めて低いと考えます」
「…………」
それでも、どうしても疑いの眼差しで見てしまう。
だってこいつほんとマジでなに言ってんの?
神様のドラゴンとか、私がそれに選ばれたとか…警察官だからなに言っても信じると思ったら大間違いだからな…⁉︎
ゲームとかあんまりしないけど、一昔前のRPGみたいなこと言ってるのはなんとなく分かる。
ボールでモンスターを捕まえながら旅をしろ、とか言い出すんじゃないでしょうね…。
「それでも貴女になにか攻撃があると判断した場合、俺が守ります」
「…っ……」
かつ、と私の真横まで歩いてきたお巡りが私を見下ろしながら真顔で告げる。
不覚にも、どきりとした。
いや、するでしょ。
ガテン系よりEXILE系の長身イケメン(ただし私の好みではない)に真顔でこんなこと言われたら!
…というか、守る、とか……私の人生で初めて言われたかもしれない…。
親にも元彼にも言われたことない。
うう、場違いにも…久しぶりのときめき…!
「っ!」
ちが、違うわ! 私!
落ち着くのよ、コレはアレよ!
吊り橋効果ってやつよ!
勘違い、勘違い!
ブンブン首を横に振り、気を取り直して卵に改めて向き直る。
「わ、わかりました。やってみます…触れば、いいのね?」
「はい。試してみてください」
まだ若干怖いな、と思うけど…銃を構えた水守さんが横にいるから…とりあえず信じてみることにした。
こ、これっきりなんだからな、この変人お巡りめ…!
「…………た、卵さん、卵さん…私は幸坂菫と申します。…あなたが私を…ここに連れてきたんでしょうか? …早く帰していただけませんか?」
恐る恐る触れて、そしてまた話しかけてみる。
卵が喋るわけないのに。
そう、拗ね気味で思う。
『ヒメ…』
「ひゃあ⁉︎」
「?」
子供の声どぅああああああぁ⁉︎
頭の中に直接聞こえたぁぁ!
思わず手を離してしまう。
扉の前まで後ずさりする。
変な声も出た!
でも、だって、こ、声が!
「大丈夫ですか? 精神汚染系の攻撃ですか?」
「なによそのめちゃくちゃ怖い攻撃…⁉︎」
「汚染に対する処理なら端末で…」
「そ、そうじゃないと思うから! 大丈夫だから!」
怖!
やっぱこいつ冷静すぎて怖い!
サイボーグかなにかかっ!
…と、とりあえず…一度落ち着こう。
呼吸を整えて、覚悟をしっかり決めて…。
もう一度卵まで歩み寄り、触れる。
『…ヒメ…』
「(ひいいい…! 本当に喋ってる〜っ!) …あ、あなた誰?」
『……ゴメンネ、ヒメ…ゴメンネ…』
「……………」
また謝ってる…。
この声、それに、頭に直接響くようなこの感じ…。
気を失う前に聴いたのと同じ感じ。
謝罪ばかりの言葉も。
…どうして謝ってるの?
「…ねえ、あなたは誰なの? 謝るくらいなら教えてくれる?」
『………ボク ハ …、…シロ ト クロ ノ ドラゴン ガ …アワサッタ モノ … ナマエ ハ ナイ …』
絞るように、カタコトで懸命に話している…という感じね。
なんだろう、白と黒のドラゴンが合わさった、モノ?
「なにか話しましたか?」
「え? 聞こえないの?」
「神竜と心通わせる力を持つのは神竜に認められた者だけです」
「……それが私って言いたいの?」
「声が聞こえているなら、そういうことでしょう」
「くっ…」
認めたくねー…。
なによ、神竜に認められた者って…。
『…ダレ カ ホカ ニ ニンゲン…ガ イルノ…?』
「え? う、うん…私と一緒に来た人だけど……分からないの?」
『ヒメ、イガイ ヨンデ …ナイ』
「あ、本当にそうなの…」
私が喚ばれて…あの人は巻き込まれた。
…うわぁ…急に謎の罪悪感…。
巻き込んだのは私の方って事…。
なのに、色々酷いこと言っちゃったよ…!
態度も悪かったし…あとで謝ろう…。
「…えっと、じゃあ…その、どうして喚ばれたの、私。か、帰りたいな〜って、思うんですけど…」
『……コレ ヲ…ミ、テ……』
「?」
なにを、と聞こうとした時…頭の中で映像が流れる。
怒号、悲鳴、呪いの言葉…。
燃える町、村、人、生き物、森…。
う、わ…。
炎が海をも飲み込んで、山は噴火をし続ける。
何百年…何千年分もの………これは、この世界の記憶…?
「っ!」
「幸坂さん⁉︎」
後ろに倒れこんだ私を水守さんが受け止めてくれた。
あ、ったま痛っ…。
今のは…。
「…………だ、大丈夫…」
「本当ですか? 顔色が悪いです」
「あ…、な、なんかもう……、……あなたの言うこと…身を以て実感したっていうか…」
「は? はぁ…?」
神竜の卵。
この世界が、滅んだ異世界だという事。
事故ではなく、故意に私が喚ばれたって、事も。
「…………色々…さいあく…」
あーもう…本当に、最悪よ…。








