エピローグ
25歳になった僕は、あの頃を思い出してこの小説を書き上げている。
この物語はただの……
そう普通の高校生3人の日常から始まった物語。
でもそれは……日常とは少し、いや全く違うものだった。
【黒歴史ノート】
僕たちがかつてそう呼んだもの。
そこからあろう事か……最強のラスボスが現実世界に召喚されたそんな話。
「逸平さん。小説書き上がったの?」
「ああ。こんな高校時代の突飛な話を題材にして良かったのかなって思ったんだけど……やっぱり書きたくなったんだよ」
部屋に入ってきたのは彩音。
高校時代の面影はもちろんそのまま。背はさすがにあれから伸びなかったと言っていた。髪を短めに切りそろえ、薄い化粧がよく映える凛とした表情は、更に彼女を大人の女性に見せていた。
彼女の左手の薬指には指輪がはまり、柔らかい光を放っている。
「圭人どうだって? 友人代表のスピーチ頼んだんだろ?」
圭人は大学を卒業後に自分でWeb投稿サイトを立ち上げ、会社を起こした。なかなか大変だったようだが、今は軌道に乗り始めているとのこと。
「快く受けさせてもらいますって言っていたわよ。というか、なんであたしが頼むのよ。逸平さんから頼めば良かったじゃない」
あはは、と僕はごまかすように笑う。
彩音は頬を膨らませるようにして不満げな顔を向ける。そんな表情がまた高校時代の彩音を思い起こすようで、くすぐったくなる。
「ほら覚えてる? 大学時代にも色々あったよね」
僕は訝しげに彩音を見る。
大学時代?
そんな事あったかな?
「もう忘れているの? それも書けばいいじゃない」
笑いながら部屋から出ていく彩音。
部屋には繊細なタッチで書かれたレイカの写実画が飾られている。
シャボン玉を目で楽しそうに追いかけている表情。
絵の隅には小さくRirinaという文字。
高校時代の彩音の自宅での一幕を鮮明に思い出す。
それは誰も覚えてはいない。僕達3人だけの……秘密。
「さて、レイカ。いよいよ、お前との約束を果たす時が来たぞ」
僕はカチャカチャと速い速度でキーボードを打ち込む。
タイトルはもう自然と決まっていた。
【黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない】
厨二ワードたっぷりの自分勝手なものとは違うそのタイトル。
僕はあの頃書いていた『黒歴史ノート』を思い出して恥ずかしそうに頭をかいた。
ふと窓の外を眺めると、あの時の過ぎ去りし夏の思い出が蘇るようだ。
その時、窓の外からの冷たい秋風が一瞬部屋の中に吹き込んでくる。
壁に貼られた写実画がゆっくりと揺れる。
自分の後ろに何者かが立った気配がした。
よく……よく知っているその気配。
間違えるはずもない。
『久しぶりだね。逸平』
そんな声が聞こえた気がした。
完




