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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
4章 そのラスボス。作者と対峙する。
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レイカのいなくなった世界

「それは、確かな事なのか」


 そんな予言めいたアイツの言葉を確かめるように聞き返す。


『確かなこと? そんなものあると思うのかい、逸平。これからキミが死ぬほど努力してようやく辿り着く未来だと思ってくれ。甘く見ちゃいけない。『死ぬほど』ってどういうことか、キミはまだ知らない』


 果てしない努力の果てにしか手に入らない。

 レイカの言葉は安易な上辺だけの予言なんかでは無かった。

 忘れているはずの情熱。いつかはあったはずの自分の中での確固たる意志。

 気合と根性ってやつ。


「俺はレイカに誓う――必ず、必ずだ!」


 言葉に重みが乗る。且つてはその重みにすら耐えきれずに逃げ出していた。

 今は違う。

 そうか。この為だけにレイカが、ここに居るんだ。


「俺は作家になってみせる。キミの物語を完成させてみせるよ」


 小説の最期の場面。

 レイカは……最後に物語の中で自分の兄に会いたかったんだ。

 その目的の為に、全てを投げ打ってでも俺に物語の先を書かせたかった。


「キミの物語を書き切る理由ができた。それだけで俺は書き続けられる」


 その言葉には確かな熱が乗っていた。

 レイカはゆっくりと目を閉じるようにして、風のように笑った。



 目を覚ました。

 涼しい秋の風が吹き抜ける。

 辺りは月明かりが照らされ、どこかから鈴虫の鳴く声が聞こえた。

 目の前には彩音の優し気な顔。大粒の涙が瞳に溢れている。


「逸平君……良かった。死んじゃったのかと思ったよ」


 俺は手を伸ばし、彩音の頬を伝う涙を拭う。

 何度も、何度も。彩音は俺の存在を確かめるようにして頭を撫でる。


「逸平、立てるか」


 圭人が声を掛けてくれる。

 俺は肩を借り、全身の筋肉に力を入れて立ち上がる。

 全力で筋トレをしたかのような痛みが、体中を駆けめぐる。

 周囲を見渡すとあれほどあった奇怪な鎖や禍々しい光はどこにも見当たらない。

 何もない屋上。

 俺達3人から少し離れた屋上の鉄柵の前には、宵闇を見つめるレイカ。

 遠く離れた場所のビル群の灯りがぼやけるようにして写っている。

 奴は振り向くと左手を前に真っ直ぐ突き出す。


『もうこれもボクには必要ない。キミの元に返そうか』


 アイツの手の中に現れるノート。それは俺の『黒歴史』そのものだ。

 いや。黒歴史なんかじゃない。

 過去があるから今があるんだ。黒歴史すら自分の中での輝かしい記録だ。


『最後は綺麗に消えたいかな』


 そう言ったレイカの身体が徐々に透き通っていく。

 圭人も俺も何も言えない。

 彩音が俺の手を強く握る。


『楽しかったよ逸平。それに彩音、圭人』


 アイツの左手に現れた淡い輝きの包丁が扇子に置き換わる。


『キミたちの覚悟は確かに受け取った』


 その時、一瞬強い風が屋上を吹き抜けた。

 レイカの身体が更に透きとおり、夜の闇に消え入るように溶けていく。

 俺も圭人も、そして彩音も瞬きすら恐れるようにして立ち尽くす。 

 最後に静かに笑ったレイカが見えた気がした。


 何かが閉じる様な音がする。

 それは俺達だけに聞こえた音だったのか、今となってはわからない。



 ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


 いつもの学校。

 もちろん蜷局も静香も普通に何事もなかったかのように存在している。

 李里奈も倒れていない。


 ……でも、みんなレイカの事だけ忘れている。


「あたしたち3人だけ覚えているのって変よね。本当にあった事なのかな」


 彩音が不思議そうに呟く。


「俺たちが覚えているだけでもいいんじゃないか」


 俺は隣に立つ圭人の肩を強めに叩く。

 肩を押さえて痛そうに顔をしかめる圭人。


「そうだな。俺たちの心の中にアイツはいる。それだけでいいんだよ」


 そう言いながら、口を抑えて恥ずかしそうに横を向く。

 笑い声が響き渡る。


「せ、青春のほろ苦い思い出なんて言うなよ! なんだかカッコ悪いからな!」


 圭人が茶化すように言う。


 でも、確かにアイツはいたんだ。

 俺は自分の手に握られた黒歴史ノートを見返す。

 そこには改変された跡は残っていない。


 ……ふと、その事に気づく。

 表紙の俺の書いた拙いドラゴンの横。


 そこにアイツはいた。

 紫の髪の美少年の姿で。

 ……俺の中学時代の絵柄を忠実に真似しなくてもいいだろ、アイツめ。


『僕の力は絶対模倣だからね』


 レイカの顔が浮かび、扇子で口元を隠しながらそう言って笑ったように感じた。


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