選択
「なんだこれは! あれはレイカ……逸平が鎖に縛られて!」
屋上に飛び込んできた圭人と彩音。
二人は目の前に広がる、さながら世紀末の様相に足がすくんで動けない。
「逸平君! レイカさん! これはいったいどういうこと!」
彩音の困惑した叫び声が聞こえる。
俺は懸命に全身の筋肉を振るわせて、自分自身に絡まった鎖を少しでも解こうとする。
しかし動こうとすればするほど、それはまるで生きているかのように震え、揺らぎ、体を更に締め付ける。
「二人とも下がっていてくれ! これは俺とレイカの、いや、俺が作り出したものに対する責任だ。ここで自分が全て刈り取らないといけないんだ」
自分でも何を口走っているのかわからない。
でも心の中で分かっていた。だからそう口に出た。
レイカは最初からずっと試していた。
創造主がどう思い、どう考え、これからどうしていきたいのか。
答えを出せなかったのは自分自身への甘えだ。
だから奴はしびれを切らした。
ノートから伸びる鎖は、俺の心の迷いの象徴だ。
魔王レイカはそんな俺の心の内面の動きなどお見通しなのだろう。そうアイツの真っ赤に燃え盛る瞳が雄弁に語っている。
「ボクは召喚されたんじゃない。自分から選択してこの現実世界に姿を現したのさ。その衝撃で一時的な記憶喪失になってしまったけどね。それはそれ、楽しかったのは間違いない。ありがとうと言えばいいのかな、こういう場合って」
既に記憶を取り戻しているのか!
俺や圭人、彩音がそのレイカの独白に目を大きく広げ絶句する。
25回目の召喚だから成功したなんて、どこか都合が良すぎるとは思っていたんだ。でも奴が自らの意思で現れたというのなら、これまでの全ての言動に合点がいく。
「さぁ、逸平……もう一度問おうじゃないか。お前が望むのは救いたいと考える一人の命か、それとも崩れゆく世界の理を守ろうとすることなのか!」
その場に無情に響き渡るレイカの宣告。
圭人と彩音の足元で、俺とレイカへの道を塞ぐように身動ぎする鎖。
二人は俺達に近づけず、ただ行く末を見守るしか方法が無い。
それでも彩音は叫ぶ。
「逸平君、確かにあたしは李里奈の命を救いたいと願ったけど、それはあたしと引き換えよ。あなたがなんで死ぬのよ。やだよ! 逸平君のいない世界なんて、あたし嫌だよ」
彼女の声は悲壮感に満ちていた。
病院内で自分自身の口から出てしまった言葉に、どうしたらいいのか分からず困惑したまま、ただ心にある本音を大きな声で訴える。
圭人もそうであったのかもしれない。
ただ彩音のそれと違うのは、自分自身を偽り続けてきた後悔の念からかもしれない。
俺とバスケをしながら語った本音。
圭人自身がずっと心に抱き続けた、自分に無いものに対する飽くなき憧れ。
それがそんな言葉を発したのかもしれない。
「レイカ、2人の命を持っていくなんて、俺は許さない。持っていくしかないなら、俺の命を持っていけ! 俺はなんでもできてしまう自分が嫌なんだ。消えちまったっていいってずっと思っていた」
二人の偽らざる本音。心の奥底に眠っていた言葉。
それが魔王になってしまったレイカに届くのか……いや、届くとは到底思えない。
俺はギリギリと歯を食いしばり、自分の無力さを呪った。
(すべては俺の責任だ。だけどこの事態の根本が黒歴史ノートだというなら、その答えもまたノートの中に……)
自分が続きを掛けなくなった場面。
レイカの攻撃によりひとりひとりと仲間が倒れていく。
その時最後に残った勇者は何を想い、どう行動するのか。
俺は必死に頭を巡らせる。
「もう遅い! 賽は投げられた。どのみちこの世界は逸平の書いた小説と融合する。もう少しだ!」
レイカが力を込めると更にノートから鎖が伸び、圭人と彩音を襲う。
俺は耐えきれなかった。
2人が鎖に阻まれて悲鳴を上げる。
その時、小説の中の情景が俺の瞳の裏に鮮やかに映像となって映り込んだ!
突然予期せぬ形で魔王と相対する事となる勇者パーティー。もちろんそれは早すぎる決戦。どうにもならぬレベルの差。『絶対模倣』の力に成す術はなく、一人ひとり勇者を庇い倒れていく。
最後にレイカは告げるのだ。
お前は何のためにここまで来たのかと。
「ボクの力は見ての通り。今のキミには敵うべくもない存在だ。どうする? キミが願うなら、キミの命だけを救いこの場から逃がし、最後まで命だけは保証する事を誓おう」
勇者はレイカを見上げる。
全くの曇りなき、嘘偽りない眼で。
「俺ひとりの命? そんなものは惜しくはない。俺の願いはただ一つ。命に代えてもこれまでの戦いを支えてくれた誇りを貫くことだ、レイカ。お前の言葉には応じられない」
無我夢中で叫んでいた。
「ふたりの命を持って行くなんて俺が許さない! 死ぬなら俺だけだ。だがそれでいいのかレイカ! お前は……俺の書いた物語そのものなんだろう!!」
なにを喋っているんだろう。
心の中に浮かんだ気持ちが、全て言葉となって高く飛散していく。
死を覚悟した瞬間だというのに。
目の前にいるアイツを想い、自分の創作への想いがどこまでも高まっていく。
レイカの手の中で鎖が光り輝く。
俺の意識が遠くなっていく




