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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
4章 そのラスボス。作者と対峙する。
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因果の巡り

 幕が上がる。

 もちろんゲネプロ……公開前日リハなので客入りはまばらだ。

 その最前列で、杖を抱えるようにして座っている李里奈が見える。

 中学の制服をしっかりと着込み、それでもまだどこか幼さの残る李里奈。そんな彼女が瞳を輝かせながら、自分の姉が出る劇を楽しみに待ち望んでいた事は想像に難くない。


(李里奈にとって彩音は、自慢の姉なんだろうな。変なオカルト趣味はあるけどな)


 今回の『改変~白雪姫』は実はかなり凝った内容で、作家志望の俺もなかなかうまい構成だなと唸ってしまった。

 渚さんが脚本も担当したらしい。今度教えを請いたいくらいだ。

 白雪姫役はもちろん渚さんだ。この『そこそこ』可愛い白雪姫。この『そこそこ』ってあたりが絶妙。登場してくると実は性格最悪の性悪小娘で、どうしても王子様と結婚したいと夢見ている設定がまた面白い。


「可愛いは盛れば作れるのよ! どんどん盛って行くわよ!」


 素晴らしいセリフ。俺には流石に書けないなぁ…

 そんな白雪姫が鏡に訴えると、王子には実は好きな人が居てというベタな展開。王宮にいる意中の遠縁の姫を映し出す訳だ。この可愛い姫役が彩音となる。


「あの白雪姫様を差し置いて、私にですか? じゃあ、とりあえず好感度とパラメーターを教えていただけますか?」


 レイカが出てくると一気に場面が引き締まる。舞台照明に照らされて、さながらアイドル感丸出しのアイツは悔しいが映えまくっている。


「異論は認めない。この僕が君を選んだ。それが全てだ」


 すったもんだあって、最後には人間は外面ではなくて、自分の一番身近にいて、ずっと支えてくれた存在を大切にした方がよいというテーマを描き出すのが見事。白雪姫は自分の我が儘を押し通させてくれた、木こりの男性を最後には伴侶に選びますという結末。

 俺はといえば、基本的には幕が開いてしまえば大道具係の出番は圧倒的に少ない。最後まで幕が完全に閉まるという事はないからだ。それでも観客から見えないところでやる事は沢山ある。

 その時ギシッと、空気が重たくなるような、どこかで何かが軋むような音が聞こえた気がする。


(気のせいか)


 俺はこの時になってもまだ気付かない。

 因果の糸が絡まり合い、徐々に現実を侵食している事に。

 舞台袖に置かれた俺の『黒歴史ノート』が夕日に照らされて段々と、しかし着実に赤く歪んだような光を強くしているさまに。


 俺のどことない不安を他所に、劇自体は何事も無かったかのように幕を閉じる。

 その後もう一度幕が上がり、カーテンコールの時間となる。

 役者全員が出てきて観客席からの拍手を受ける。始まった時間よりはだいぶ見学者も増えてきていて、ゲネプロとはいえ大成功だ。


「おねぇちゃん! 可愛かったよ!」


 無邪気にはしゃいでいる李里奈が精いっぱい彩音に手を振る姿。圭人も少し離れた場所で立ち上がり、「ブラボー!」と声を上げていた。

 舞台の上で、大きくお辞儀をする役者たち。


「次は舞台を賑わせてくれた裏方の人たちも呼んじゃおー!」


 渚さんの特徴的なよく通る声。

 音響、照明。次は大道具だ。

 舞台の袖から出てくる俺。


 その時だった。


『ガシン!!』


 大きな音が天井付近で大きく鳴り響く。

 ちょうど舞台中央に出てきた俺の目の前に展開された光景。

 それは天井に取り付けられた照明が音を立てて外れた音だった!

 落ちていく照明の下には……李里奈!


「…………ッ!!」


 俺は頭で考えるよりも早く、その場から飛び込んでいた。

 李里奈の元へ!

 たぶん、袖にいたままでは絶対に間に合わなかった。

 やけに、ゆっくりと落ちていく舞台照明。そんなものが李里奈の上に落ちたら!

 周囲の動きがもっさりと、まるでスローモーションのように感じられる。

 ……かといって、その中で自分だけが早く動けているわけでは無い。


 渚さんの裂くような悲鳴。

 彩音の妹を呼ぶ声がやけに遠くに聞こえる。

 俺は背一杯両手を広げて李里奈の元に飛び込む。


時間停止(ススタブディマス)


 レイカの高らかな呪文の声が体育館に響き渡った!

 それはまさに数秒……落ちてきていた照明を空中に留まらせる。

 飛び込んだ俺に抱えられるようにして、李里奈をその場所より遠ざける。

 それとほぼ同時だった。

 止まった時間が一気に動き出す!

 激しい損傷音を立てて李里奈が座っていた席に照明が落ち、破片が周囲に飛び散ったのだ。


 俺の荒い息遣いとは別に、どこかヒューヒューという苦しそうな呼吸音。

 それが静寂に包まれた体育館内にやけに大きく響き渡る。


「今、一瞬時間が……逸平!」


「李里奈! りりなぁあああああ!」


 彩音が舞台から飛び降りるようにして、自分の妹の元に駆けよる。

 圭人も俺と李里奈の場所に駆けこんでくる。俺の腕の中で李里奈が苦しそうに激しい咳を繰り返す。顔が真っ青だ。


「誰か! あたしのバックを! 李里奈が……李里奈が……」


 泣き裂けんばかりに取り乱す彩音。その時だった。

 舞台の袖の方から大きな膨張するような音がしたかと思うと、一気にそれが破裂するような空気の膨大な圧力を感じた!

 舞台の上には小さな冊子が転がり、そこから無数の禍々しい赤い鎖が何本も周囲を這うように蠢いている。

 俺はその時初めて、そんな顔をしたレイカを見たのかもしれない。

 アイツは舞台に立ち尽くし、この位置から見ても膨大な冷や汗を流している。真っ赤な瞳の中に余裕の二文字は全く見えず、焦燥したような表情。


「因果の巡りが……まさかそんな、早すぎる」


 それだけ言うと、レイカは舞台の上の冊子を抱え、身を翻すようにして体育館の入り口に向かって誰も追いつけないような速度で走り出す。


(なにが起こっているんだ……いや、そんなことより李里奈だ! このままではまずい!)


 俺は李里奈を両手に抱えると、すぐさま体育館から走り出した。


 目的地は桜岸西高校の隣。

 東邦大桜病院だ!

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