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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
4章 そのラスボス。作者と対峙する。
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逸平の生きる道

 俺はとにかく走った。

 自分の筋肉がこんなに邪魔で重たいと感じたことは今まで無かった。

 それでも走った。

 なんで走っていたのかって?

 自分でも分からないような怒りとでも言うのか。そういう、どうしようもない感情に突き動かされていたんだ。

 そうだよ。自分は怒っていたんだ。

 レイカの言葉に? いや違う。それだけじゃない。

 なんにもできなかった今までの自分に対して、なんだか無性に腹が立っていたんだ。

 そう。ずっと小説の続きを執筆できないこと。

 何とかしたいと思ってはいたんだ。『いつか』この続きを書けたらって。


(いつかって、結局それはいつなんだ)


 今? 半年後? 5年後? 25歳になったら? 

 それは死ぬまでに叶うもの?

 書けないんじゃなくて、書かない理由を探していたことに気づいてしまった。


(気付いてしまったらもう、後には引けないじゃないか!)


 がむしゃらに走り回る。

 顧問の先生たちに事情を説明し頭を下げる。もちろん嫌な顔をされて当然だ。部活の時間や配分も、会議で大枠部分は既に決定済み。

 そんな事は分かっている。分かっているから頼み込んでいるんだ。


「大門。先生も土下座されたって困るんだ」


 そう伝えてくる遠藤先生の言葉は予想の範疇。

 無理を通せば道理は引っ込む。ならば道筋を立ててやればいい。

 その為に圭人に会う、渚さんに会う。二人の意見を聞く。

 どのくらい練習量が必要か。

 時間は? 予定は? 日数は? 

 細かくスマホにメモを取り、詳細な予定をExcelに打ち出していく。


「大門君はなんなの? 圭人に言われてバスケ部のいいように調整しようとしてるんでしょ!」


 渚さんは始め圭人の名前を出しただけで感情的な声を上げていた。必死に頭を下げる俺に一瞥をくれるだけで話すら聞いてもらえない。


「それって渚……いや、演劇部にうまい事言われただけじゃないのか」


 そう圭人が俺に対して嫌みを言うのを必死で耐える。

 あいつもバスケのキャプテンという立場上、そう言うのも無理はない。


「そう言ったって体育館は一つしかないんだ。二つにするなんて魔法は存在しないんだよ。だったら、どっちかの部の為じゃなくて、どっちの部活もそれぞれ痛みを共有したっていいんじゃないか。文化祭はどちらのものでもないだろ」


 泥臭いと言われればそれまで。

 そんなにうまく、事は運ばないよ。なんて、そんなことはよく分かっている。

 それでも諦めたくはない。

 俺は走り回りすぎて、全身の筋肉という筋肉が悲鳴を上げていた。毎日の調整表との戦いで目の下のクマができている。

 Excelに情報を全て打ち込み、二つの部活の調整を行う三日間。傍ではレイカが笑いながらゲームをしている。全く俺の行動には興味が無いように。


「くだらない努力だな」


 レイカの言葉は更に俺の心に熱い火を灯した

 とにかく走った。息が切れても走った。頭を下げた。声が枯れても下げ続けた。


「逸平君。やっぱり、ひとりで背負い過ぎだよ」


 彩音が見かねて心配するように声を掛けてくれる。それだけで嬉しい。

 毎日のように演劇部とバスケ部に顔を出し、頭を下げる俺。渚さんはそんな俺にため息を漏らしながらも、段々と本心を話してくれるようになっていた。

 これは実は、彩音が動いてくれていたからこその結果。この時の俺はそんな陰ながらの協力があったなんて分からなかった。


「別にバスケ部を応援する気持ちが無い訳じゃないのよ。圭人が言っているって思うだけで感情的になっちゃっているんだ。大門君、こんなに本気で頭を下げる奴なんて今時居ないよ。すごく格好悪いけど嫌いじゃないかも」


 そう言って笑った笑顔がとても素敵だった。

 俺は額から流れ出る滝のような汗を拭こうともせずに、そのままバスケ部に向かう。


「まったく……走れ逸平って、笑われているぞ」


「太宰治を出しても全然面白くないぞ、圭人」


 渚さんと話し合って出した新しい調整表。それを突きつける。

 無言でそれに目を通す。圭人が頷く。


「これだとバスケ部に都合良すぎじゃないか。それはちょっと格好悪いな。なぁ皆、俺に協力してくれないか。この走り続けた逸平の筋肉に報いてやらないとな。どうだ」


 称える様な笑顔とヒューヒューと囃し立てる声が体育館に響く。

 何度も頭を下げ続けて、下げ過ぎて首が痛くなっている事に今更ながらに気付く。

 そのまま力が抜けたように、床にへたり込むように腰を下ろす。


「逸平。ホントにお前は変わったぜ。小説を永遠と熱く語っていた頃に戻ったみたいだな」


 圭人に手を差し出されてよろよろと立ち上がる。


「さぁ仕上げがあるんだろ。最後は俺も……渚も一緒に頭を下げてやるよ」


 俺達は職員室に足を運ぶ。


「遠藤先生。これがバスケ部と演劇部と掛け合ってできた新しい調整表です。これでもう一度会議で話し合ってもらえませんか」


 俺と圭人、渚さん三人が遠藤先生を前にして頭を下げる。


「大門、お前という奴は……そんなに熱い感じだったか? 私の大門に対する認識も変えないといけないかもな」


 バチンと楽しそうにウィンクを返してくる先生。隣に座っていた田中先生が声を掛けてくれる。


「私も大門君の必死の形相は、見ていて胸が熱くなる想いでした。わたしと遠藤先生で掛け合ってみましょう。良い結果につながるといいな。お前たち」


 そう聞いた俺は明るい表情で顔を上げる。見ると職員室の入り口で心配そうにこっちを見つめていた彩音と目が合った。


(良かったね)


 そう、唇が動いた気がした。

 後ろを振り向くと圭人と渚さんが抱き合って喜び合っていた。お前ら……

 遠藤先生の咳払い。

 その後に続く笑い声で職員室が満たされていった。


 その日の夜。

 俺はレイカに完璧とはいえないまでも、最大限の力を注いで作り上げた調整表を見せつけた。もちろんそれには先生の印が押され、しっかりと正式書類として機能していた。

 それをレイカはしばらくの間、無言で見つめていた。


「逸平。やればできるじゃないか」


 そう、レイカが呟いたんだ。

 初めて俺を認めたとでもいう様な真摯な目線。それはレイカなりの敬意の表れだったのかもしれない。


「よっしゃあああああ!」


 自宅が縦揺れでも起こしているんじゃないかってぐらいに、爆発するような大声を出す。

 この時の俺は、自分がやったことに対して酔いしれていた。

 でもレイカの、どこか先を見越したような冷静な目線。これから起こることを予感しているかのような張りつめた空気。

 それを隠す様に扇子を広げたレイカ。

 彼の赤い瞳が激しく揺れていた。

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