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黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない  作者: 小宮めだか
そのラスボス。現実を変えさせて頂きます。
23/41

分析

「逸平。今日レイカの力はどのくらい行使された? 生徒会室で1回。ふむふむ、その後教室であったことを踏まえると同等くらいの力か? 体重の減少は250グラム。現実的に考えて、今日食べたものなどを換算すると若干増えていてもおかしくないはずなんだが。トレーニングはレイカが現れてからやっていないな?」


 その日の夜。俺の部屋で圭人に相変わらず詰められる。

 レイカは昨日のRPGにハマってしまったようで、1からキャラを作り直して初めからストーリーを追っている。「どうしてこの勇者とか言う奴はこんなに弱いのだ。初めからもっと強くすればいいではないか」と、前提条件を覆すようなことを呟いているが、とりあえず放っておく。


「それほど体は辛い感じを受けなかったから不思議だったんだ。でも体重は減っていたんだな……結構いつも通りに食事をしていたから減っているのはやっぱりおかしいな」


 やはりノーリスクでレイカの能力は行使されないのか。俺の考え込むような表情に圭人は自分のスマホを取り出し何やら送信。俺のLINEから着信音が流れる。


【レイカ分析論】

 レイカの能力使用に関する重要なルール

 1.代償の不可避性: コスト最小限に留めたが、ゼロにはできない。

 2.副作用の不確定性: 世界からの反発(歪み)は、どこに出るか制御不能。

 3.記憶との連動: レイカは能力を使うことで、自身の記憶を取り戻していく。


 なんだこれ。こんなの圭人はまとめているのか。

 見るとスマホにはもっと細かい『レイカ論』と書かれたファイルが沢山あるじゃないか! 


「分析は得意中の得意なんだ。任せろ」


 圭人の頼もしい言葉とタイミングの良いウィンクに、俺は強く頷き返す。「そのせいで最近寝る時間が削られているんだけどな。全く本末転倒な話になっているよ」と目頭を何度も強く押さえている。


「そこまでやらなくても……すごく有難いんだけど、圭人の体調が心配だよ。県大会だって近いんだから、体調崩したら元も子もない」


「そうなったらレイカに体調を整えてくれって頼むことにするよ」


 人の悪そうな笑顔を向ける圭人。

 おいおい。それって使い方合ってるのか。更にその代償が俺の筋肉なんだぞ。

 俺のツンケンした態度に小さく笑う圭人。


「冗談だよ。お前の命が掛かっているのに、そんな馬鹿な願いをいう訳ないだろ」


 振り向くと獲物を見つけた時の猫のような、興味津々の眼差しをこちらに向けているレイカ。俺と圭人は自分たちのしている会話の危険性を改めて感じる。ええい! お前はゲームでもやってろ!


「いつでも願いは言ってくれて構わないからね」


 そう言ってまたゲーム画面に奴は視線を戻す。


(問題は今回の嗔木の件だ。願いの叶い方は一見コミカルで程度が浅いが、与えた願いを簡単に戻すこともできるという事が疑問点として残る。それは代償を伴ったものか、それとも元に戻った時点でゼロになったのか分からない)


 スマホに彩音からのLINEが来ていたので、確認していた俺。どうやら週末のことで話がしたいらしい。返信に忙しくて、深く考え込む圭人に全く気付けなかった。


「逸平。彩音と仲良いのもいいんだけどさ。レイカの件が最優先だからな」


 圭人は鞄から以前貸した『黒歴史ノート』を取り出すと、俺に投げ返してきた。厨二病満載のノートを受け取ると、自分のカバンの奥底にしまい込む。


「レイカがお前の想いに連動しているのは間違いない。もう一度お前も自分の書いたノートを見返してみろ。俺では気づけない何かに気付くかもしれないからな」



 ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


 次の日の金曜日。レイカが桜岸高校に転入してきて4日目だ。

 流石に周囲もレイカという存在に慣れてきた様子で、一時のアイドル張りの扱いからは落ち着きを取り戻している。

 俺としても静かな高校生活に戻りつつあり、ホッとしていた。

 1時間目は英語の時間だ。

 この時間の英語教師はまだ20代の田中先生なんだが、俺は彼があまり得意ではない……いや、はっきりと苦手だった。


「では始める。教科書の32ページを開いてくれ」


 その抑揚の無い淡々とした声を聞いていると、睡魔に簡単に襲われてしまうんだ。決して悪い先生ではないし、おそらく授業のプロットもしっかりと練ってくるんだろう。だが、まさに台本通りに読まされている感満載の進め方は、子守唄同然。窓から吹き込む秋風が心地良い眠りを誘う。


「ほう。この世界にも『睡眠(ミエガス)』の魔法をつかうものが存在するのだな」


 レイカ……それは言い過ぎだ。言い得て妙だけどな。

 俺は笑いを堪えるのに必死だ。考えてみれば『睡眠』の魔法が本当にあるんだとしたらかなり強い力。小説内でも魔王軍の主力がこの魔法を使ってきた時は苦戦を強いられたんだ。


(ちょっと現実でも見てみたいよな。田中先生が寝てしまえば授業もサボれるし)


 俺はそんなことをぼんやりと考えただけ……のはずだった。

 その時、レイカの瞳が悪戯っぽい輝きを宿した事に気付かなかった。


「なるほど。逸平は『睡眠』の魔法を現実世界でも再現してほしいと、そう願っているんだな。ボクに任せたまえ」


「……えっ、ちょっと待て! こんな授業中にお前の力を使うんじゃな……い」


 俺がそう言った時には既に遅かった。

 レイカは小さな声で呪文を唱え、楽しそうに扇子を広げたのを目の端に捉えた。

 フワッと窓からゆるやかな、母親の胸に抱かれるような安心感とでもいうべきか、心地良い風が教室内に吹き込んでくる。


 初めにがっくりとうなだれたのは、もちろん田中先生だ。チョークを握りしめていた手が小刻みに振るえたと思ったら、そのまま膝を折る様にしてその場に倒れる。

 びっくりして駆け寄る何人かの生徒が、田中先生に近づくと途端にバタバタと目を閉じて倒れ込んでいく。そのまま大きないびきが教室全体に響き渡った。


「……ママ……もう少し寝かせてよ……学校に行く時間じゃないよ。ママ……」


 はっきりとそう田中先生が呟いたのが俺の耳にも聞こえた。俺はレイカに振り向くが、アイツの目も見開かれ、ちょっと驚いている様子。


「いや、逸平。今のはボクにも予想外だった」


 その後すぐに田中先生とその魔法のとばっちりを受けた生徒たちは眼を覚ましたが、それからというもの田中先生のあだ名がしばらくの間『マザコン田中』になってしまったのは言うまでもない。


(圭人が願いの叶い方を変えろって言ってくれたのはいいが……これはこれで問題だろ!)


 しかしこのレイカの、まさに悪戯のようなどこか方向性の歪んだコミカルといえば聞こえがいい小事件が次も起こる事になる。


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