118.愚かな妹
さてリアラ皇女によって、避難民たちは帝国へと誘導させられることになった、一方その頃。
王国では。
「どうしよう……どうしよう……」
マリィの妹グリージョが、寝室に引きこもっていた。
彼女はカタカタ震えて、何度も窓のほうを見ている。
「結界が……展開できない……」
グリージョは大聖女として周りからチヤホヤされていた。
彼女には凄い法力(※奇跡の術を使う力)がそなわっている。
彼女がこの王都を守る結界を創っていた。
その結界はどんな魔物も寄せ付けず、王都民たちの平穏を守っていた。
人々はグリージョを賞賛し、彼女はその声を聞いてさらに増長した。
自分は、凄い聖女なのだと。
……しかし姉がいなくなってから、歯車が狂いだした。
前まで普通に使えていた法術(※奇跡の術)が、上手く使えないようになってきたのである。
結界の構築にかなり時間がかかるようになった。
しかも、一度創った結界を、長い時間維持できなくなった。
最初、姉に何か呪い的なものをかけられたのだろうと思った。
しかし婚約者のルグニスに有名な呪術師を呼んで、グリージョの体を調べてもらったが、呪いはかかっていなかったことが判明した。
それどころか、姉マリィがグリージョの力を増幅していた、とわかった。
もちろん、グリージョは呪術師の言葉を信じなかった。
しかし時間が経つにつれて、だんだんとその言葉に真実味が帯びてきた。
……マリィがかけてくれた強化魔法。
それは器用さと魔力量にプラス補正をかけるものだった。
しかしその強化魔法が、つい先日完全に切れた。
わずかにのこっていた強化の力で、なんとか結界を構築・維持していたグリージョだったが……。
「結界が……結界がでない……どうなってるの……?」
そう、先日からついに、結界が作れなくなったのである。
何度もタメしたが、今までのやり方で結界が作れないのである。
さもありなん。
今まで結界が使えていたのは、マリィがグリージョの器用さを、強化していたからだ。
グリージョには魔法の才能なんてこれっぽっちもない。
そんなカノジョが、マリィの補助もなく結界という難易度の高い魔法が、使えるわけがないのだ。
「くそ……くそ! どうしよう……どうすればいいのよ……」
グリージョは、怯えていた。
結界術が使えなくなったと知られてしまうことを。
現在、王都を守る結界は完全に消えている。
こんな状態でモンスターの襲撃に遭ったらひとたまりも無い。
そして……審判の時は来た。
ついさっき、大量のモンスターが王都に押し寄せてきたという情報が入ってきたのである。
だが……。
「グリージョ」
「っ! ルグニス、殿下……」
ルグニス王太子の心配そうな声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
とりあえず、怒ってなくてほっとする。
だが完全に安心できたわけではなかった。
「ど、どうしたのです?」
「いや、ずっと引きこもってると聞いて、心配して様子を見に来たのだ」
「そう……ですか……」
そんな風に大事にされることは、うれしい。
だが同時に恐い。
法術が使えないと彼に知られたら、捨てられてしまう。
そんなのは嫌だ……!
(あたしは、聖女になったの。あのグズ姉から婚約者の地位を奪い手に入れた、国母となるチャンス! みすみす、逃してたまるものですか……!)
……グリージョは、結界が使えなくなることで、王都の、王国の人たちに迷惑かけることなんて、みじんも気にしていなかった。
彼女は自分の地位を失うこと、それのみに固執していた。
……姉もエゴイストなら、妹も同じく自己中心的だった。
似たもの姉妹、というのだろうか。
それはさておき。
(とりあえず外の様子を聞いてみましょう)
「ねえ、殿下。魔物はどうなったの?」
「ああ、我らが王国騎士団が追い払ったよ。君の結界の出番はなかった」
心底、ほっとするグリージョ。
だがこの均衡がいつ壊れるかわからない。
早いところ、この状況を打破する手を撃たないと。
(……認めましょう。あのグズが、あたしを強化してたってことは)
そうしないと自尊心を保てなかった。
……自分が無能であるということを認めることと、ほぼ同義なのだが。
(ようはあのクズ姉は、いにしえの時代に居た魔法使いたちでいうところの、杖。杖が手に入れば、またあたしも前みたいに、上手に法術が使えるようになる……!)
……まあ実際には、触媒というより、マリィそのものが魔法使いなのだが。
「ねえ、殿下。お願いがあるの……」
グリージョはルグニスを招き入れる。
わざと薄着となって、彼を誘惑する。
ルグニスはグリージョの裸体に頬を赤らめ、目をそらしながら尋ねる。
「な、なんだい?」
「姉を探しだしてきてくださらない?」
「マリィを? あの罪人を連れ戻す必要がどこにある?」
「あたし、やっぱりあの姉が呪いをかけたのだと思うの。ずっと体調が悪くて……ごほっごほっごほっ!」
わざと空咳をしてみせると、ルグニスの顔が怒りで真っ赤に染まる。
「やはりそうか! ちくしょう、妹が美しく有能だからって、呪いなんぞかけよって! ゆるせん!」
あまりにあっさりと、ルグニスが思い通りに動いてくれて、内心でにやりと嗤う。
「わかったよ、グリージョ。マリィを探す。そしてここに連れてきて、呪いを解く。しかる後に、処刑してみせよう!」
(まあ処刑されると困る。その前に確保すれば良いか)
「ええ、お願いねえ」




