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フェリシアが部屋から出ていくのを見送り、ニコラス・エアハートはひそかに安堵のため息を吐いた。
同じ侯爵家であるヘイマー家からサイラスを婿養子に出したいという打診が来た時、ニコラスは目に見えている条件だけを元に判断してしまった。
そのことを、ここ最近ずっと後悔していた。
もっとよく調べるべきだったと。
当時のエアハート家が探していたのはフェリシアの嫁ぎ先ではなく、家を継いでくれる「婿」だった。嫁がせるつもりならば、バーニー・アシュフィールドがいたのだから。
フェリシアにふさわしい婿が見つからなければ、フェリシアはバーニーに嫁がせて、ローズマリーに婿を取ることも考えていた。
そんな時に話を持ってきたのがヘイマー家だった。
最初からサイラスを婿養子に出すことを条件に婚約を希望してきた。
サイラスは王立騎士団に所属していて、年もフェリシアの四つ上だという。王立騎士団に入るためには整った容姿と剣の腕と常識的な人間性が必要だから、騎士団員であることはそれらが確かであることを証明していた。
実際、会ってみると、ごくふつうの好青年だった。ケチをつけるようなところは一つもなく、ニコラスはやっと自分の目に適う婿が現れてくれたと嬉しさとともに安堵したのだった。
ヘイマー家に多額の借金があると知ったのは、フェリシアとサイラスの婚約が調った後だ。
そのことも問題だったが、それに対するサイラスの姿勢にもニコラスはひそかに不満を持っていた。
ヘイマー家は、一見とても羽振りがよさそうに見えた。
家族そろって贅沢好きで見栄っ張りだったせいだ。
借金は、収入以上の暮らしを続けた結果、作ったものらしかった。
屋敷や収入の多い領地はすでに抵当に入り、それを失わないために新たな借金をしては返済に充てているようだった。
いくら下に二人の男子があるとはいえ、長男であるサイラスを婿に出すと言ってきたのは、最初からヘイマー家がエアハート家の援助を当てにしていたからだ。少しは疑うべきだったと後悔したが遅かった。
婚約が調うと、すぐにヘイマー家はサイラスを通じて借金を打診してきた。
返ってくるはずのない金を貸すことに、ニコラスは疑問を感じた。援助や投資は、受け取る側に回復や成長の見込みがあるからするのだ。そうでない場合は、むしろするべきではない。
ヘイマー家には努力をする気があるのだろうかと問いたかった。
代理に立たされたサイラスばかりを問いただすのは気の毒な気がしたが、サイラスは自分の跡を継いでエアハート家の舵取りをする男だ。間に立って、双方が納得できる答えを持ってくることを期待した。
期待は期待のままで終わった。
サイラスは、まるで他人事のように、金がないから貸してほしいと父が言っていると繰り返すだけだった。
頭を下げることに屈辱を感じていることが、手に取るようにわかった。
そうではないのだ、とニコラスは言いたかった。
どのようにヘイマー家を立て直すつもりなのか、戦略を練り、具体的な道筋を示してくれれば、できることはすると言っているのに、それが伝わらないもどかしさに歯噛みした。
サイラス一人の責任ではないことはわかっている。
ヘイマー侯爵夫妻にこそ言いたいことがあった。
はっきり言って、ニコラスはヘイマー家全体に失望していた。
それでも、フェリシアとの結婚を進めてきたのは、フェリシア自身がサイラスを気に入っていると思っていたからだ。
サイラスもフェリシアのことは大切にしているように見えた。
まわりからも祝福されて、幸せそうだった。
貴族同士の結婚には家の事情が絡むことが多い。
ニコラスも、フェリシアの結婚には多くの条件を設けていた。
だが、一方で、本人が不幸になるような結婚をさせるつもりはなかった。
金のために、嫌々婿養子に入る男に、大事な娘を預けるつもりはない。
まして、あのやたらと人に寄りかかってくる女の娘であるメイジーのほうがいいと言うなら、好きにすればいいではないか。
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