9 話
この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。
15歳未満の方はすぐに移動してください。
今回、排泄に関する部分があります。食事中の方等、お気を付け下さい。
執筆日程や近況は活動報告にあります。
リツキです。
目が覚めたら知らない人間が目の前に居て、ちょっとビビリました。
意識失った後、あれから約二日も眠ってて、今も朝じゃなく昼過ぎなんだそうで。
まだ拍動が弱いという理由で、本日もスイから絶対安静を言いつけられました。
で。
フウとスイから、俺が眠っていた間の状況の説明を受けた後、離宮で生活する間、俺専属になるという人間の使用人との顔合わせと挨拶をされた。
男性二人と女性が三人。
直接俺と係るのはこの五人だけど、離宮内には他にも十名ばかり使用人がいるらしい。
でも、いきなり使用人って言われても、何かピンと来ないんだよね。
あと「リツキ様」とか呼ばれてこそばゆい。
王や長含めて精霊たちからそう呼ばれるのは、色々な事情もあってようやく慣れたけど、人間からそう呼ばれると違和感ばりばり。
なのに、こっちからは呼び捨てじゃないとダメだっていうし。
この五人、全員爵位持ってる名家の人達なんでしょ?
「俺、一般人なのに、様づけ、されていいもんなの?」
「あるじ様の立ち位置は、その身の御印がわたくし達四精霊長のものだという国王の言葉によって、伯爵と侯爵の間辺り……ほぼ侯爵よりの扱いを受ける事になるかと。様付けは妥当というより当然でしょう」
口頭での説明の後、フウから苦笑じみた心話が飛んでくる。
< 元の世界でのあるじ様の血筋は公爵位であったと、御上様よりしっかりとお聞きしていますが? >
< 天界に居る時、ティ.リアから一条本家の血筋だって事は俺も一応説明受けたけど。爵位なんて、あの時代にはもうそんな権力とかないものだったし、実感なんてないよ。おまけに今は世界も違うし、身体も違うじゃん…… >
血と魂。
この世界の天界で、何か色々とその辺りの説明されたけど、イマイチよく判らない。
これまで何度も生まれ変わって色々な生を受けて、その生涯の記憶が魂には残ってる、っていうけど。
知らないものは理解しようがない。
それでも。
した事すらないのに、先日みたいな高位の挨拶が出来るのは、その所為なのだと。
血や魂に刻まれたものは消え無いから、って。
新しい肉体を造る時に魂の記憶と繋がり易くしたから、って。
そう云われると、そうなのかもな、ってのは思う。
けれど、その程度の理解しかない。
自分の意思で行使しているものの筈なのに、そうでないものが混じるのは妙な感覚だけどね。
疑問なんて、山ほどある。
何で、俺がこの世界に来させられたのか、とか。
何で、俺だけが特別扱いなのか、とか。
不安ではないけど、やっぱり不思議。
だって、天界に居る人間の魂って、俺ひとりだけだったんだもん。
天界はカミサマ達の世界だから、普通の魂は入れないとか説明された。
普通の魂は、天界のひとつ下に作られている空界と呼ばれる空間に居るんだって。
カミサマ達が新しい魂を作るのも空界。
地上世界の生き物の魂が死んだ後、戻って来るのも空界なんだそう。
だったら、俺も空界在住でないといけないんじゃないかな? カミサマじゃないんだし。
その事を聞いたら「ムリ」「ダメ。リツキは空界立ち入り禁止」って言われた。
なにそれ、イジメ? って拗ねたてたら「リツキは他の世界の魂だから出入りが無理なの」「普通の魂は元々空界が故郷。でも創世神様の愛ぐし子は天界が故郷になる、だから駄目なの」って。
挙句の果てには「別の世界の、特殊な魂だから、尚更なのよねー」とか……
もしかして俺の魂って変なの? って聞いたら笑われた。
「変じゃなくって素敵なんですよ」「この世界でリツキと同じ能力を持っている者はいませんし」と、説明された。
このまま、ずっと天界で暮らしていてもいいとは言われたけれど、地上の世界も捨てきれなかった。
肉体持って人間として生きたい、って望んだ時も、「好きな風に生きていいよ」「応援するよ」って、そうカミサマ達から言われた。
ただ、地上世界で人間として生きるなら、どうしても理は外せない。
そう言われて、カミサマ達からの幾つかの約束と、お願い事を承諾したのは俺自身。
約束の方はともかく、お願いの方は…………少しだけ戸惑った。
「それを行った後の事は、全く気にしなくていいから」
「リツキは、やりっぱなしで構わないから気楽にやってね」
「後は全部、自分達が面倒見るから心配しないで」って、そう言われた。
俺にお願いされる理由も聞いたし、理解もしている。
理解してる……けど。
何か、そのお願い事と約束事とを合わせて考えると、少しだけ厄介で。
下手すると特殊な立場であり能力のある俺を確保して、擁立しようとする輩が出てきそう。
それが、何より嫌。
俺自身が偉い立場に立つなんて、決して望んではいない。
人間同士のしがらみとか係りたくないし、何より、めんどくさい。
まさか王族とかと係る事になるんて、こういう状況は考えてなかったんだよなぁ……
「そろそろ、わたし達精霊だけでなく、人間を使役する事にも、お慣れ下さい」
俺の意見無視された上、さっくりと口頭で言い渡されてしまった。
ただの一般人として平和にのんびり暮らしたいんだけど、やっぱ難しいのかなぁ……
ともかくも、使用人に対しては慣れるしかない。
そう割り切って、まずは自分の身体の状態を自己判断する。
腕は何とか上げ下げできるが、持ち上げたままが出来ない。すぐ疲れる。
足はゆっくりだと曲げること位は出来るけど、まだ膝を立てる事すらできない。
筋力が減っている所為か、身体中あちこちの触感が鈍い。
血の流れも関係してるんだろうな……手足が冷たいし、全体的に寒い。
元々ゆっくりとした呼吸なんだけど、鼓動がいつもと違ってかなり早い。
急な動きだけじゃなく、会話さえ気を付けないと心臓が悲鳴を上げて苦しい。
身体全体の疲労が激しいのか、眠気もかなり強い。
俺やっぱり、今は結構厳しい容態なんだね。
造血剤とか強壮剤とか作りたいけど、せめて上半身がまともに動かせるようになるまで、もう少し我慢かな……
まずは血と肉を少しでも増やさないと。
スイが直接俺の体内に糖質補給してくれてたみたいだけど、空腹感もそこそこあるし、そろそろ経口食始めないと胃が小さくなるからなぁ。
「今日から、経口で食事したい。できる?」
「はい」
この離宮での俺の世話頭となる女性、ナイルにそう伝える。
「そういえば……俺の食事って、誰の担当なの?」
「王室厨房がその任を命じられていたかと存じます」
「……今日、明日は、水物しか無理……きちんと、伝えてくれる?」
「畏まりました」
ナイルはにっこりと笑みを浮かべた。
「ですので、まずはこちらの薬湯をお召し上がり下さい」
「中身、は?」
「主にクルルとティガナ。苦味を和らげる為にヌラを加えてあります」
クルルもティガナも、消化器官の活性剤だ。
ヌラは少し甘みと粘りのある植物で食材としても使われている。
医師見習いでもあるナイルは御殿医長の推薦だって。
ナイル・リラ・アーディン。
アーディン伯爵家の二女で二十二歳。
手入れの行き届いている肩より少し長い金髪は、きっちり首の辺りで一つに結わえられている。
新緑のような緑の瞳には、きらきらと自分に対する自信があふれているように見える。
落ち着いた物腰と対話で嫌味がなく気楽に喋れるのは有り難い。
上半身を起こして背もたれを作ってもらう。
まだ自分の手では震えて上手く持てないので、ナイルが差し出してくる器に口を付ける形になる。
「ほぼ五日も経口から何も入れられてないとの事ですので、ゆっくりと、舐めるように少しずつお飲みください。飲めるだけで結構ですから」
ナイルの言葉を聞きながら、ゆっくりと薬湯を嚥下してゆく。
水以外の、暫くぶりの刺激に胃が暴れる。
「……っ……」
器から口を外し、何度か呼吸を落ち着け、もう一度器に口を付ける。
数度嚥下して、ようやく胃が暴れなくなった。
絶食の後はこれが一番苦しい。胃の中身、殆ど何もないのにえずくとか苦行だよ。
吐かなくて助かった。
器にある分量の半分ほど飲むと、胃の方から「イラナイ」って訴えてくる。
それを無視してもう一口だけ飲み下した。
……うん。大丈夫、吐く気配無い。
でもそれで限界っぽいんで、器から口を離した。
「お下げして宜しいですか?」
少ししてナイルが声をかけてくる。
俺が頷くと口元を布で拭われた。
「ありがと」
「いえ……後ほど、御殿医長様が診察に来られる予定となっております。厨房への料理の指示は診察後になるかと思いますが……空腹感はどの程度でしょうか?」
「んー。我慢できるか、って事なら、あと数時間は、平気。空腹感はあるけど、どのみち多くは、入らない…………量は、少しで」
「畏まりました」
器を片付けるナイル。
俺は傍に居るフウに言う。
「あの子らに、言伝。額で頼む……」
「はい」
フウの額が俺の額に付けられる。
家へ戻るのは数か月はかかるだろうという事や、俺は大丈夫だから、あまり心配しない様に、って事。
あと、我儘言わずに、フィーとツッチーの言う事をよく聞く事。
そういった思念をフウへと伝え、額を離す。
「では、行って参ります」
「ん。宜しく」
消え去るフウ。
それと時を同じくして、御殿医長が助手を二人ほど伴って寝室へ入ってきた。
寝台の傍らに立ち、笑みを浮かべる御殿医長。
「私の事は、覚えておられますかな?」
「ええ。御殿医長でしたよね?」
「はい。王室御殿医長を務めております、ニール・ロウ・パルカウムと申します」
「リツキ、です。お世話になります」
「診察いたします、そのまま楽にされていて下され」
手順通りに触診や聴診が行われ、御殿医長はナイルを振り返り訊く。
「薬湯はどの程度飲まれた?」
「約半量ほどです。吐き戻しもございませんでした。後、リツキ様からのご要望で食事は水物と伺いました。厨房へ指示を出しても宜しいでしょうか?」
「うむ。油分を極力減らして、塩も少なめにする様にな」
「承知いたしました」
軽く礼を取るナイル。
御殿医長が再び俺の方を向く。
「御自身でもお判りの様ですが、まだ容体は決して良いとはいえません。くれぐれも無理をなさらぬ様になさって下さい。あと、何か御所望のものなどはありますかな?」
「……車椅子があれば、借りたい」
「まだ、数日は安静です。車椅子を許可できない理由はふたつ。ひとつは背を背もたれに預けているだけで、まだ御自身の力で真っ直ぐに座り続ける事が出来ない状態である事。もうひとつは移動時に生じる車椅子の振動に耐えられるだけの体力がまだない、という事です。経口からの食事が安定した後、身体状態の改善が見受けられれば、車椅子をお出ししましょう。ですが、何用ですか?」
「この、寝室以外の場所を、見てみたいんだけど」
「ふむ……では、この者達を使うといいでしょう。ギルディオ殿、レオーノ殿、こちらへ」
少し前に紹介を受けた俺専属の使用人が二人、寝台の傍らで俺に向かい跪座する。
簡易防具服と剣が、その動きに軽く金属音が鳴る。
二人とも王国騎士団の騎士っていってた。
一人はギルディオ・サン・ローエヌ。
ローエヌ子爵家の長男で二十五歳。
騎士でもあるけど次期ローエヌ家当主という事と、何か国に功績があったからとかで準子爵位をもってるんだって。
背が高く、俺より頭二つ分はありそうな長身で、腰まである白髪が印象的。
顔立ちは少し厳ついが、その橙の眼は穏やかだ。
もっとも、戦いになると変わるのだろうが。
もう一人はレオーノ・シリカ・サンスリック。
サンスリック子爵家の長女で二十歳。
ローエヌ子爵家もサンスリック子爵家も武門の名家なんだそうで、男女関係なく鍛えられてるらしい。
彼女も俺より頭一つ分は背が高そう。
頭に巻くように編みこまれて纏めてある栗色の髪が活発さを印象付ける。
俺の瞳は空の青色だけど、彼女のは緑がかった青色。
きりっとしてるから、ギルディオと二人並んでも迫力負けしてないとか、凄いね。
御殿医長が俺に言う。
「移動は、彼等に抱えられてのみ許可します」
「仕方ないね」
「少しでも辛くなった場合は、すぐに寝台へ戻る。という事が条件です。あと、移動中止の判断は彼等ふたりに優先許可を与えます」
「……わかった」
現在の自分の身体状況では仕方ないとはいえ、きつめの行動制限に苦笑しか浮かばない。
御殿医長は跪座したままのギルディオとレオーノに言う。
「ギルディオ殿、レオーノ殿に、リツキ様の行動における制止権限を御殿医長の判断として認めるものとする」
「「承りました」」
「では、跪座を解いて所定の場にお戻りください。用法については後ほど詳しく説明いたします」
「「はい」」
見事なくらいハモる。
息が合うというより、やっぱ軍人さんだから日頃の訓練なのかな。
二人は寝室の扉近くでの立哨に戻った。
俺の護衛も任務の一つなんだって。
御殿医長が騎士二人に色々と説明を終え寝室を去った後、イヤな感覚がきた。
「スイ……」
「駄目ですよ。ちゃんと、人間に言われて下さい」
「ううう」
スイにそっけなく断られ、仕方なく相手の名を呼ぶ。
「サイナム、クーノ。どっちか手、空いてる?」
「「はい。何でございますか?」」
この二人も、何でかハモるな……
いやいや、そういう場合じゃなかった。
「ごめん、両方出てるみたい…………処理、お願い」
「! 気づきませんでした。申し訳ございません」
「すぐに浄化いたします。少しだけ御辛抱下さいね」
サイナムが俺に掛けられている掛布をまくり取り、近くの籠へと置く。
クーノが肌着だけの俺の腹部を中心に術式を展開した。
「汚物限定、分解」
排泄物が分解され気体へと変わり、下半身に感じていた不快感が次第に消えてゆく。
「風の精霊に願う。室内の汚れを掃い、清らかなものへと変じさせたまえ」
サイナムの言葉に風が動く。
排泄物や臭気を含んでいた室内の空気が窓から外界へと流れ出て、かわりに新鮮な空気が室内を満たしていった。
すっきりはしたが、こればかりはもう……早く動けるようにならないと手を煩わすのが本当に申し訳ない。
「もう少し御辛抱下さいね。……失礼します」
クーノが俺の肌着と敷布に手を当て術式を展開した。
「汚物限定、吸収及び転移」
空中に淀んだような黒っぽい塊が現れ、先程の籠の中の掛布へと移動した。
「汚物は籠の中。外へ出る事あたわず」
籠の傍へ移動していたサイナムが、臭気等が漏れ出無い様、籠に術で蓋をし、新しい掛布を持って俺の方へと戻ってくる。
その間にクーノが肌着のずれを直してくれた。
「ありがと、すっきりした」
「いいえ。いつでも遠慮なく御呼びください」
クーノが笑顔で言う。
新しい掛布がサイナムの手によって再び身体に掛けられた。
「夜中でもどちらかが、御傍に常におります。ただ、もし、お寝みの最中無意識に排泄なされた場合は私どもが勝手に処置をさせて頂く事になりますので、その事に関してはお許しを下さいませ」
「わかった。手間かけるけど、宜しく」
「不衛生な状態は病を悪化させます。どうか、お気になされませぬ様」
一礼をするサイナム。
サイナム・ティティル・シュケイル。
シュケイル家の次男で、二十一歳。
シュケイル家は代々神官を輩出している家系で、サイナムの兄も父も神官位を持っている。
父と兄は中級神官位。サイナムは精霊の加護があるので上級神官位。
短く刈られている髪は赤っぽい金髪で、灰色の瞳は光の加減で銀色にも見える。
殆ど同い年なのに背丈、俺より頭一つ分上とか……何か凹む。
クーノは汚れた掛布の入る籠を持ち寝室から出て行った。
腰よりも長い銀髪がきらきらと揺れ、扉の向こうへと消える。
クーノ・タリ・ハンカレット。
ハンカレット男爵家の三女で、十九歳。
幼い頃から精霊の加護があったそうで、現在では上級巫女位を持っている。
十九歳にしては幼く見え、大きな瞳は濃い紫。
少しだけ垂れ目なのが可愛い。
排泄後。
世話人だと言われた者達の動きをのんびりと見ていて、気づいたら転寝してた。
食事の用意が出来たと言われるまで意識なかったっての、自分でもびっくり。
目の前に汁物。
おいしそうな香り。
お腹がクレクレ騒ぐけど、ゆっくりゆっくり、ね。
いただきます。
食事も排泄も健康の上でとても大事。
あと、車椅子って五百年以上前からあるんだって……凄いよねー




