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生命、きらきら

作者: 遠山枯野

「これから向かう惑星にはね、『海』っていう、とても大きな水たまりがあるそうよ。青く透き通った水が、光を受けてきらきら輝くんですって……。あと一か月で、この長い旅も終わるのね。」


 ルナは、病で伏せる母のか細い声に耳を傾けていた。ルナたちの故郷、惑星Kは隕石の衝突による衝撃と気象変動により、生物が住めない星になっている。隕石衝突の寸前に選抜された一部の人たちが宇宙船「ノア」に乗って脱出したのだ。彼らは1年ほどの船内生活ののち、人工冬眠に入り、4万年もの間、眠り続けた。


 ノアに搭載された管理システムは高度なAI処理技術と高性能センサ技術を集結させたもので、絶えず、居住可能な惑星を探索して、宇宙空間をさまよい続けた。そして、惑星Kから4光年の距離を隔てたこの銀河系に待望の惑星を発見したのだ。惑星に到着予定の6カ月前にルナたちは冬眠を解除されていた。


 4万年もの長期にわたる冬眠はK星人にとって未知の試みであった。500人乗り込んだ乗員のうち、6割が体調不良により寝込んでいた。ルナは幸運にも1か月かけて徐々に食欲が戻り、頭脳も正常に働くようになったが、母は体が思うように動かせないようだった。


 ノアはすでにその惑星の情報を収集していた。その星には「海」とよばれる、巨大な水たまりがあるという。ルナは海というものを見たことがなかった。K星の水辺は地表の10%程に過ぎず、点在する小さな水たまりが川を通して結びついているにすぎなかったのだ。


 ノアはまたその星の生命体の分布も調査していた。知的生命体が存在するという知らせには驚いた。彼らはK星人と同様に言語を使用し、高度な文明を築いていた。ノアはすでにその星の言語情報を収集し、解読したため、自動通訳も可能となった。意思疎通さえできれば、彼らは友好的であろうと推測している。


 彼らは自分たちの星を「グローブ」と呼んでいるそうだ。そして、その星が回る恒星が「サン」。サンの光の恵みと豊富な水の恩恵を受けた、豊かな星は45億年前に誕生し、ホモ・サピエンスという知的生命体が誕生したのは30万年前、彼らが高度な文明を築き始めたのが6000年前というほんの最近の話だ。


 ホモ・サピエンス以外にも約1000万種もの多様な生命体が存在し生態系を形成している。この数はK星と比べても桁違いである。わずか4光年を隔てた範囲に、これほどの多様性に満ちた星が見つかったのは奇跡である。


「お母さんはもう厳しいわ。ルナは生きてね。私たちの種を絶やしてはダメよ。」

「そんなことない!しっかりしてよ、お母さん。やっと住める場所が見つかったんだよ。」


 ルナは保存食を確保するために、第2ホールへ向かう通路を歩いていると、背後から声をかけられた。

「おはよう、ルナ、無事だったんだね。」

 振り返ると、そこには懐かしい顔があった。冬眠前の船内生活で知り合ったミチルという青年だった。

「あれ、ミチルじゃないの。あなたも元気そうで何より。でもお母さんが・・・」

「そうか、君のこところもか。人工冬眠は目覚めに思ったより負担がかかるようだ。無事なのは若い連中ばかりだよ。君もいまからホールへ向かうのか?」

「そうよ。あなたも?一緒に聞きましょうか。」


 ホールの中央のモニターには、船外カメラがとらえる宇宙の映像が映し出されていた。

「これが、僕たちがこれから訪れる、奇跡の星、地球なのか・・・」

 漆黒の宇宙空間に青くほんのりと輝く球体が浮かんでいる。大半を茶色に覆われたK星にはない美しさだった。ルナは自然と涙があふれるのを感じた。

「どんな人たちが住んでいるのかしら、お話してみたいな・・・」

「しかし、どうだろ、彼らは我々部外者を本当に受け入れてくれるのだろうか?」

「大丈夫よ、私たちのように賢い人たちなんでしょう?だったら、未知のモノに対する好奇心もあるはず。いろいろと私たちのお話を聞いてくれるわよ。私たちも彼らの文明を知りたい。」

「しかし、同時に未知への恐れだってあるはずだ。例えば、星を乗っ取られないかとか、ウイルスを持ち込まないかとか・・・きっとしばらくは隔離させられて、場合によっては、監禁させられて、一部は人体解剖にまわされるんじゃないかな。」

「ちょっと脅かさないでよ。」

 ルナは期待と不安を胸に新天地へと旅をつづけた。



「お待ちしておりました。K星の皆さま、グローブへようこそ。」

「え?!」

 ルナは思わず声を上げた。皆が呆気にとられていた。この星の代表だという目の前の彼は、姿かたちがK星人と全く同じではないか?しかも同じ言語をしゃべっている。

「もうしわけございません、驚かれたことでしょう。私たちは決められた肉体というものを持たないのです。あなたたちのAIシステムからこちらにアクセスがありまして、お互いに交信しておりました。あなた方の容姿と言語の情報を取得していまして、このアンドロイドを急遽手配したのでございます。」


 K星の代表であるケイトさんが頷いた。

「なるほど、そういうことか。」


 アンドロイドは続けた。

「それにしてもあなた方は優れた文明をお持ちですね。宇宙航海技術につきましては私たちを上回っております。体調はいかがですか?」


「問題ありません。私たちの星より、やや重力が強く、酸素が多いようですが、そのうち慣れることでしょう。食べ物も私たちに合わせて合成してくれたのですね。とても助かります。ところで、あなたがこの星の知的生命体でしょうか?何人ぐらいいるのですか?」


「はい、そのような理解で問題ございません。生命体をどう定義するかによりますが、知的生命体と同様の役割をするものです。個体数もどう定義すべきか難しいですが、すべてのシステムを一元管理しているのは私一人ですので、その意味では個体数は1となります。」


 つまり、ここはAI(人工知能)が支配する星なのだ。


「あなたは、AIですね。そもそもあなたを作った知的生命体がいるはずです。それ誰なのですか?」


「はい、AIと考えていただいて問題ございません。私たちを作ったのはホモ・サピエンスと呼ばれる知的生命体です。しかし、彼らは自らの発展させた文明により、彼ら自身が居住困難な星にしてしまい、やがて滅んでしまいました。私たちだけがそのあとを継ぐ形で残されたのです。ご安心ください、彼らが居なくなってから、私たちの管理下に置かれた地球は快適な環境へと回復しつつあります。」


「じゃあ、そのホモ・サピエンスは一人も残っていないのか?」


「はい、現在では存在が確認されていません。標本は残っております。博物館をご覧になられますか?」


 ルナたちは博物館へ案内された。そこにはグローブの誕生から、今日に至るまでの歴史が綴られていた。ホモ・サピエンスという知的生命体が存在する前の歴史は、考古学の技術による推定であろう。K星よりも生命誕生後の歴史が長い。彼らは一度、隕石の衝突による種の大量絶滅を体験しているようだ。ホモ・サピエンスが誕生する前の話であるが、彼らが誕生していたら、ルナたちと同じように星を脱出していたのだろうか。


 ホモ・サピエンスの模型もあった。頭部に毛が生えていること、目が小さいこと、耳が大きいこと、指が5本であること、肌が黄土色であることを除けば、私たちと同じ姿をしている。彼らの高度な文明の反作用として環境破壊が進展したという。温室効果ガスによる気温上昇が、熱波による年間数百万人規模の死者を出したこと、さらに、農業生産量の低下、水不足の慢性化を招き、彼らの多くが餓死したこと、生態系の崩壊が加速し、多くの種の絶滅を招いたこと。K星にも似たような徴候はあったが、技術開発と政策により緩和する傾向にあった。結局、高温になったこの星に住めなくなった人類は500年前に絶滅したということだ。現在は自律型AIが人類の活動を引き継いでいる。


 博物館を出たルナは、ミチルに声をかけた。

「あまり気持ちのいいものではなかったわね。私たちも一歩間違えば、ホモ・サピエンスのようになってたってことかしら。」

「なあ、あのAI嘘をついていないか?ある目的のために有効だと判断すればAIは嘘をつく。例えば、地球環境を保全することを最優先目的として設計されたAIであれば・・・」

「え?」

「これほど高度な文明、しかもAIをも作るほどの頭脳を持つホモ・サピエンスが、簡単に絶滅するはずがないじゃないか。隕石でも落ちない限りはね。」

「まさか、ホモ・サピエンスはAIに滅ぼされたとか・・・」

「ノアが新たな情報を収集しているかもしれない、聞いてみよう。」

 彼女たちが着陸した方角に目を向けると、空高く煙が上がっているのが見えた。ルナはミチルに続いて走り出した。



 ケイトさんが燃え上がるノアを見つめて、茫然と立ち尽くしていた。

「なんてことを・・・もうこの星を出れないじゃないか・・・」

 傍に立つアンドロイドが答えた。

「はい、何の問題もありません。あなたたちはこの星で生きていけます。」

 ミチルが怒り震える声で言った。

「あの中には病気で寝込んでいる者が大勢いるんだぞ。」

 アンドロイドが表情を崩さず答える。

「彼らの症状を見る限り、もはや助かりません。それに感染症の恐れもあるため焼却させていただきました。」

 ルナは足から力が抜けて座り込んだ。

「酷い・・・」

 ケイトさんが叫んだ。

「これから俺たちをどうする気だ!」

 アンドロイドは飛びかかろうとするミチルに銃を向けた。

「ご安心ください。私たちに従っていただければ、あなたたちに危害を加えることはございません。」



 そのときだった。激しい銃撃音とともにアンドロイドの首が吹き飛んだ。聞いたことのない言語が響き渡った。

「×××□、×〇、△×△□□×〇」

 そこにいたのはホモ・サピエンスであった。彼が手招きする方向へ無言で走った。


 森を抜けた瞬間、視界がひらけた。

 そこには——

 きらきらと光を返す青い水辺がどこまでも広がっていた。これが海——

 その広大さにルナは息をのんだ。

 そしてそれをバックに微笑むホモ・サピエンスに、異星人ながらもどこか懐かしい生命の息吹を感じた。

 

 彼とともに岸辺付近に止められた大きな船に乗り込む。

 ルナは言語チューニングを終えたばかりの自動翻訳機を持参していたことを思い出した。それを使ってホモ・サピエンスに話しかける。


「いったい何が起きているの?」


「詳しい話はあとだ。とにかく、あのAIは危険だ。どこかでバグが発生したのか、支配欲を持ってしまった。支配のために平気で嘘をつくようになった。我々人類を悪者にすることで、自らの行いを正当化し、プログラムの指向性の壁を乗り越えてしまった。我々の大半はAIにより『地球を傷つける害』とみなされ、処分された。私はわずかに生き残った一人だ。」


 船の向かう先にはサンの光を浴びてきらきらと輝く青い海が広がっている。

 豊かな生命を宿す惑星、グローブ。

 AIの支配化に置かれながらもこの星は多くのポテンシャルを秘めている。

 ここへたどり着いたことで私たちの未来はつながったのだ。

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