19.3 魔法の発動率
――五月中旬。
その日の勉強が終了した。俺は自分の部屋に戻り、椅子に座って作戦を練る。
筆記試験の方は何とか目処が立った。問題は実践形式の試験だ。
俺とグラノーラは何とかなる。体術は二人とも上位層だ。魔法も基礎力を向上させたから大丈夫だろう。俺も魔法の発動率が、ほぼ百パーセントになっている。
問題は、ニーナとウルミの体術と、ウルミの魔法だ。短い日数で基礎力が向上するわけもない。
「ウルミの魔法は、発動率だけなんだよな」
効果は、取り外すという単純なものなので、発動さえすればどうにかなる。
「なあ、マル。魔法の発動率を高めるにはどうすればいいんだ?」
「全自動魔法なんて、魔力を正しく流し込めば発動するだろう」
「いや、そうなんだけどさ。俺の場合は、入学当時は魔力量が低く、どこに流し込めばいいのかも分かっていなかったから失敗ばかりだった。縁もきちんと繋いでいなかったしな。
その後、魔力量が上がり、自分の魔法を見られるようになってからは成功率が飛躍的に向上した」
「そりゃあ、そうだろう」
「それでな、ウルミの魔法の発動率が低いのは何でなんだ? あいつ、自分の魔法は精密に見えているじゃないか。縁も結べている。魔力量も極端に低いわけではない。なのに、何であんなに失敗するんだ?」
「言われてみれば確かにおかしいな」
マルは腕を組んで考え込む。
「あるいは、ウルミがやっていることは全て正しいが、魔法の発動率が低い可能性があるぞ」
「どういうことだ?」
「魔法が壊れている」
俺はその可能性を想定していなかった。
「そういえば、俺の『張りぼての物真似』の魔法も壊れていると言っていたな。魔法って、けっこう壊れやすいものなのか?」
「おまえ、自分でも壊したことがあるだろう」
「えっ?」
「単眼鬼がお針子の中に入ったとき、魔力を集める魔法を壊しただろう。破壊することは可能だよ」
確かにそうだ。言われてみれば、俺自身の手で魔法を壊したことがある。それに、単眼鬼は、ムジカ・フロアの魔法を壊して部品を流用していた。
「勝手に壊れることもあるのか?」
「何もしなくて壊れることは、あまりないだろうがな。以前の持ち主が無茶な使い方をしたり、霊体による攻撃を食らったりして壊れた可能性はあるな」
俺は腕を組む。もしそうなら、ウルミがどんなに練習しても発動率は上がらない。魔法自体に問題があれば、ウルミの努力は無駄になってしまう。
「調べて直すことはできるか?」
「壊すのは簡単だが直すのは難しいぞ。外側はともかくとして、中身を調べるのは大変だからな。詳細な設計図でもあれば別だが」
「そうだよなあ。……あるぞ」
俺は思い出す。パロスの指示で、ウルミは自身の魔法の詳細な模型を作っていた。あれを調べれば、どこが壊れているのか分かるのではないか。
「なるほどな。いけそうな気がする」
「よし、ウルミの部屋に行こう」
俺は立ち上がり、扉へと向かった。
ウルミの部屋の前に来た。扉をノックするが返事がない。声をかけても反応がない。いつものことだと思い、ノブを回した。
鍵はかかっていなかった。机に向かって勉強をしている。ウルミは集中力はあるんだが、たまにその方向が間違っている。今は何をしているのかと思ってのぞき込むと、過去問をうんうん唸りながら解いていた。
「ウルミ」
「うにゅ、うにゅ」
「ウルミ!」
「うにゅ、うにゅ、うにゅ、うにゅ」
「ウルミ!!」
「うにゅ、うにゅ、うにゅ、はっ! アステルさん、また勝手に部屋に入ってきて!」
「ノックもしたし、声もかけたし、さっきから何度も背後で名前を呼んでいるぞ」
「ぐぬぬぬぬ、気づきませんでした」
俺はウルミに、前に作っていた自身の魔法の模型はあるかと尋ねる。試験準備期間中に触らないように、木箱に収めて封印していると教えてくれた。
「ちょっと、箱を開けて中身を見るぞ」
「や、やめてください。いじり回して時間が溶けていきます!」
「マルに見せるんだ。ちょっと気になることがある」
「マル師匠に、分析されたりするんですか? ワクワクですね。私も見ていいですか?」
勉強をするという決意は、一瞬のうちに溶けて消えたようだ。
木箱にかけた縄を解き、ウルミは蓋を開けた。中には木を彫って作った細かな部品が組み上げられた模型が入っている。
「何割ぐらいできているんだ?」
「九割は超えていますよ。夏休みに入った頃には完成すると思います」
「マル、見てくれ。動かしたいところがあれば、ウルミに指示を出してくれ」
「分かった。ウルミ、私の言うことに従え」
「はい、マル師匠!」
組み立てた魔法をばらしながらの解析が始まった。
各部品の意味を説明しながら模型を少しずつばらしていく。
ウルミの魔法の人工精霊は、人間の手の形に似ている。マルの解説によると、使用者の魔力を使って物体化をおこないつつ、物を取り外してくれるという。人間の魔法使いよりも著しく効率化されているために、物体化にかかる魔力は少ないという。
人工精霊の説明は、俺もある程度実践しているから理解できたが、魔法再現器の説明の方は難しかった。
精霊語を発声するための振動子、精霊語を記録するための記録媒体、霊餅を生成するための霊餅生成器、魔力を注ぎ込む入り口になる魔力入力器、魔力量や入力器によって切り換えをおこなう魔法回路、そうしたものが複雑に絡み合って構成されている。
「これ、全部作って、組み合わせを考えないといけないのかよ」
「一人で全てを思いつくのは、まあ無理だな」
マルは笑いながら答える。
「マル師匠、時計の部品を組み立てるような面白さがありますね」
ウルミは目を輝かせている。
部品の分解を指示していたマルが、ウルミの手を止めさせた。
「ここには魔法回路はないのか?」
「うにゅ? 何もなかったですよ」
「霊餅生成器に繋がるはずの魔法回路が途切れている。だから魔力が漏れて、霊餅がなかなか生成されず、魔法の発動率が落ちている」
俺とウルミは顔を見合わせた。
「直せそうか、マル?」
「魔法回路一ヶ所ぐらいなら何とかなる。無駄な回路があるから、そこから部品を取って移植すればいけるだろう。アステル、体を借りるぞ」
「ああ」
意識が遠のく。
意識が戻った。
「終わったのか?」
「ああ、これでうまく発動するようになるはずだ」
「ウルミ、試してみろ」
「はい!」
ウルミは精神を集中して『取り外し』の魔法を使う。模型の部品が、一つ取り外された。魔法は連続で成功して、模型はどんどんばらばらになっていく。
「うっひょー! 成功率百パーセントですよ!」
調子に乗って、全部ばらばらにしそうな勢いだったのでウルミを止めた。
「おまえ、模型を壊したら大変だろうが」
「組み立てるのは苦ではないですから。全ての部品の配置を覚えていますし」
教科書の内容は覚えられないのに、複雑な立体パズルの配置はいくらでも記憶できる。本当に変な頭をしているなと思った。
「これで、ウルミの魔法の問題は解決だな」
「そうだな」
「あとは、ニーナとウルミの体術の問題か」
「こちらは、なかなか大変そうだな。アステル、頑張れ」
俺はマルに励まされた。




