17.2 断面と消失
パロスの研究室の扉をノックして開けた。波打った長い黒髪に黒いローブ。いつもの姿の学年主任が椅子に座っている。
「借りていた本を返します」
「次の本はどれにするかね?」
「少し探させてもらいます」
パロスは机に視線を戻す。書類作業をしているようだ。俺が選ぶのに時間がかかると思っているようだ。
さて、どの本を借りるか。直接的な魔法理論の本は避けた方がよい。こちらの関心がどこにあるのか知らせてしまう。
パロスはまだ信用できるわけではない。無難なところで、また歴史の本を借りるか。
「そういえばパロス先生。大魔法使いの塔って、どうなったんですか?」
マルが言葉を濁して教えてくれなかったことだ。本人の体験とは別に、歴史としてどのように残っているのか知りたかった。
「ある日、忽然と消滅したそうだ」
パロスは書類から目を離してこちらを見る。
「地震で倒れたとかですか?」
「いや、文字通り、忽然と消えたそうだ。複数の文献に、そう記されている。文献の中には、たまたま外出していて、塔に戻ろうとしていた魔法使いの証言も含まれている」
俺はパロスの答えに困惑する。大魔法使いの塔は、それなりに大きな建造物だったはずだ。そのようなものが、地上から忽然と消え失せるということがあるのだろうか。
「パロス先生は、本当に一瞬でなくなったと思うんですか?」
「書いてあるとおりに解釈すればそうなるな」
「瓦礫とかは?」
「なかったそうだ。バターをナイフで切り取ったような断面で、塔の基部だけが残されていたそうだ」
パロスは立ち上がり、本棚に向かう。そして一冊の本を棚から抜いて俺に渡してきた。
「この本に、当時の魔法使いから聞き取った証言が収録されている。興味があるのなら読みたまえ」
「じゃあ、今回はこれを借ります」
俺は、受け取った本を鞄に入れた。このまま帰ってもよかったが、先ほどの消滅の話が気になった。
「物が消える魔法ってあるんですか?」
「転生神殿に記録されている中にはいくつかある。押し潰す魔法や、熱で溶かす魔法などが該当するだろうな」
「それらは忽然と消えるわけではないですよね」
「そうだな。消滅するわけではないからな」
俺は、ぶつぶつと言いながら、どうやれば忽然と消せるのか考える。
「世の中には、いろいろな魔法がある。きみは向学心が旺盛だ。そのうち転生神殿の目録を閲覧させてもらうとよい。どの家が、どの魔法を保有しているのかが記録されている。学校で習う以上に、多様な魔法があると知ることができるだろう」
そういえば、『転生』の魔法を真似してから、転生神殿には一度も行っていない。何となく盗んだような気がして気が引けていたからだ。
「そうですね、そのうち行ってみます」
俺は、本を借りたお礼を言い、パロスの研究室をあとにした。




