17.1 異端思想
――三月下旬。
魔法学校の授業が終わり、放課後になった。俺は教室の生徒たちを見渡した。生徒たちは、それぞれのグループで集まり、雑談をしている。俺は彼らと会話せず、荷物をまとめて廊下に出た。
俺だって仲間はいる。おそらく学校でも最小の部類の集団だ。教室や廊下で、きゃっきゃと言って騒ぐような間柄ではない。部屋に閉じこもって修行をしたり、お茶会をしたり、外部で敵と戦ったり、謎の活動をする集団だ。
「しかし、誰も俺に挨拶をしないな」
廊下を歩きながら俺はこぼす。
「そりゃあ、当然だろう。おまえも挨拶をしないからな」
マルが俺だけに姿を現してツッコミを入れる。
「おまえのせいでもあるだろう。おまえと会話しているせいで、ぶつぶつと独り言を言っているヤバいやつだと思われているからな」
「おいおい、挨拶をしない言い訳にはならないぞ」
「挨拶はしていたんだよ、入学直後は。ただまあ、何となく避けられるようになったんだよ。まあ、そこで、知るかと思って挨拶をしなくなった俺も悪いんだけどな」
「それで、今日はあそこに行くのか?」
廊下に誰もいなくなったところを見計らってマルが尋ねてきた。
「ああ、借りていた本を読み終えたからな」
「パロスか……」
「謎の先生だよな。この国では大っぴらに流通していない五百年以上前の情報が書かれた本を多数所有している」
「書かれたのは五百年前ではないぞ。あの頃、大魔法使いの塔にいた連中は、私も含めて、自分のための記録は取っていたが、後進のために本を書いたりはしていなかったからな」
「そこが謎なんだよな。俺も何冊か借りて読んだんだが、魔法王国ザラエルが成立して以降に書かれた本なんだよ。年代表記を見ても。
王国にとっては異端思想だよな。新しい魔法の開発は、王国の身分制度の根幹を揺るがしかねない行為だ。だから、魔法の基礎や歴史についての著述は、危険思想として弾圧対象になりかねない。
なぜ、そんな本が書かれたのか。なぜ、パロス先生が持っているのか。なぜ、俺に自由に持ち出しさせて読ませているのかさっぱり分からない」
「私の塔と同じかもしれないな」
「どういうことだ?」
「私が二回、画期的な発明をしたことは言ったな」
「人工精霊と、魔法再現器だろう」
「一つ目は独力で開発した。二つ目は、大魔法使いの塔を作り、才能あふれる弟子たちと切磋琢磨しなければたどり着くことはできなかった」
「ふむ」
俺も魔法の世界に足を踏み込んだから分かる。人工精霊は、魔法の霊体化と魔力湧出口を組み合わせただけの単純なものだ。アイデアも天然精霊の模倣という素直なものだ。
研鑽を始めて短い時間しか経っていない俺でも、マルの指導があったとはいえ、たどり着くことができた。
魔法再現器は違う。複数のまったく異なる技術を組み合わせた不格好なものだ。おそらく、弟子たちが開発した技術を組み合わせて作ったのだろう。
異なる才能が集まり、臨界点を超えたときに飛躍が発生する。マルが言っていることは、そういうことだと思う。
「パロス先生は、自分のアカデミーを作ろうとしている?」
「私にはそう感じる」
「どうして俺なんだ?」
「最初に声をかけたのはアステルではなくウルミだ。彼女が魔法の姿を認識しているということで、模型の作成を依頼した。逆に言うと、パロスも魔法の姿が見えている」
「そうなるな。生徒全員の魔法が見えているなら、魔法の効果も分かったりするのか?」
「単純な魔法なら分かるだろうが、自然界にない人工精霊だと、見ただけでは効果は分からないだろうな。ウルミの模型を見て効果が分かったか?」
「全然」
「あるいは目撃されたのかもしれないな」
「何を?」
「『霊魂義体』」
俺は、あっ、と声を上げそうになる。入学時には持っていなかった魔法を、新たに獲得した生徒がいれば、それは注目する。
それも、他人には何も言わず、生きている人間と相対しているように会話していれば、何かあると思うのは当然だろう。
「この国の歴史は調べた。貴族が所有している魔法は、全て転生神殿に目録があり記録されている。そこにない魔法を入学後に獲得した生徒がいればどうする?」
「王家に報告する。あるいは秘密にする。とりあえずマルは、パロス先生の前では隠れていた方がよさそうだな」
「ああ、そうするよ」
パロスの研究室が見えてきた。マルは姿を消して、俺一人で部屋へと向かった。




