16.4 地下室
俺たちは屋敷の中で、地下へと続く扉を抜ける。
フィーと俺が前衛、ココルとゾーイが中衛、ウルミを最後尾にした。
階段は建物二階分ほど続いている。一番下は踊り場のようになっていて金属の扉が行く手を塞いでいた。
扉の向こうを確認しようとして霊魂の目を使う。扉の向こうが見えなかった。扉の周囲の壁も同じようになっていた。
無生物なのに濃密に霊体が詰まっている。壁や家具などは、ふつうは希薄にしか霊体がないから、微細な霊体がすり抜ける。
扉に霊体を詰めて、透視不能にしているようだ。
「向こうは見えない」
「においは扉の前までは確認できます」
剣を抜き、ノブに触れさせる。罠はなさそうだ。
フィーが分厚い手袋を着けてノブを回す。内側から鍵がかかっている。こちら側に鍵穴は見つからなかった。
「扉は任せてください!」
ウルミが鼻息荒く言う。
声が大きすぎると注意する。ウルミは両手で口を覆う。人選を間違えたか。しかし今さら引き返せとは言えない。
ウルミは再びうんうん言って『取り外し』の魔法を使う。何回目かで成功した。扉が壁から取り外されて、バタンと向こう側に倒れた。
俺とフィーは素早く部屋に入り、中を確認する。ココルとゾーイは警戒しながら踊り場の位置で様子を窺う。
部屋は大量の書物と道具があり、研究室のようだった。石造りの壁には無数のカラクリ時計がある。広さはそこそこあり、グラノーラの部屋ぐらいあった。
霊魂の目で、軽く室内を探る。単眼鬼はいないようだ。
部屋の奥には机があり、その手前に大きな背もたれの椅子があった。誰かがここで作業をしていたのだろう。
机に近づくと、本や書類、筆記用具に交じって小さな額縁が見えた。
卓上サイズの肖像画だ。夫と妻の二人が寄り添っている。男は四十代ぐらいで繊細そうだ。彼がこの家の主だろう。
机の上に手を伸ばすと何かに触れた。物体ではない。霊魂の目でも見えなかった。どうやら人工精霊のようだ。机には、追跡者が来たとき用のトラップが残されていた。
入ってきた扉が消えた。いや、消えたわけではない。壁が生成されたのだ。俺とフィーの二人だけが、密室に取り残された。
俺は壁を剣先でつついて音を確認する。中まで詰まっている。幻影ではなさそうだ。
「魔法のトラップか。生成された壁は取り外せなさそうだな」
生成系は、魔力が多く必要なはずだが、どうやっているのか。物体化の効率のよい人工精霊を使っているのか。あるいは魔力を溜められるようにして一回だけ実行可能にしたのか。その両方か。いずれにしても単眼鬼は、俺よりも魔法についてだいぶ先を行っているようだ。
トラップが発動してすぐに、無数の鐘が鳴り始めた。俺は思考を打ち切って、音の発生源を探る。壁にかかったカラクリ時計たちが、十二時ちょうどの時間を指している。音の源は、この時計たちのようだ。
「今は十二時じゃないよな?」
俺はフィーに聞く。
「壁の生成と連動したトラップだろうな」
フィーの意見に俺はうなずいた。
鐘の音は鳴り続ける。その音を聞いていると、だんだん眠くなってきた。
ベッドに入って早く寝たい。あくびが出た。目をこすり、横になれそうな場所はないかと室内を探した。
きらきらと光を反射している箱があった。夢のような美しさだ。この上ならば、ゆっくりと長く眠れそうな気がする。楽になれる気がする。
「おい寝るな。簡単な罠に引っかかっているんじゃねえよ」
フィーに首根っこをつかまれて、何度か頬をはたかれた。
「えっ、俺は何を?」
ようやく眠気が飛んだ。
目の前にある木箱には、逆さ向きに小刀が何本か埋め込まれていた。俺はその上に倒れこもうとしていたようだ。
フィーはため息をつく。
「こいつはあれだ。都会の人間は時間に合わせて行動しようとするだろう。その習性を利用した魔法だ。
眠らせたり、自殺させたりする魔法の罠はたまにあるんだよ。特別な仕掛けが必要ないから便利だ。暗殺に使われることもある。
証拠が残らなくていいってやつもいるが、自分たちの仕事だという証拠が残らなくて嫌だってやつもいる。
罠はこれで終わりか? 敵はどこから外へ出たんだ?」
フィーは俺の首根っこを放した。
俺は経験の浅さを悔やむ。一人で来ていたら死んでいた。フィーのようなベテランがいたから、難を逃れることができた。
フィーは木箱の蓋を開ける。中に干からびた死体が入っている。女性のものだ。肖像画の妻のものだろうか。夫の死体は見つからない。
単眼鬼は夫の死体に入っているのだろう。この部屋からどうやって立ち去ったのか。
フィーは、明かりをかざしながら部屋の中を探る。この部屋の壁は濃密な霊体で満たされている。だから霊魂の目では透過して確認することができない。
ゾーイがいれば、彼の魔法でにおいをたどれる。単眼鬼がどこから消えたのかが分かる。
『張りぼての物真似』の魔法で真似ることも考えたが、単眼鬼の足は事務所に置いてきた。においを嗅がせていないから追跡することはできない。
「フィー、仲間たちと合流しよう。『飢えた猟犬』が必要だ」
「ちっ、仕方ねえな。埒が明かねえ。確か扉があった場所はここだったよな」
二人で石壁の前に立つ。何か壊せるものはないかと思い部屋を見渡す。頑丈で重そうなものはない。内側から壊すのは、かなり時間がかかりそうだ。
俺は『音声伝達』の魔法で繋がっているニーナを呼び出す。
「ニーナ、地下室に閉じ込められた。石壁を破壊して通り道を作らないといけない。人手と道具を手配して、地下に送り込んでくれ」
「分かりました」
「便利だな」
フィーが感心したように言う。
「ああ、こういうときには便利だ。ただ、制約も多い。さて」
救助の人員がたどり着くまでに一時間ぐらいはかかるだろうか。
「フィー、ここにいたやつが犯人だという証拠を探しておこう」
「書類が多く残されている。何かあるだろう」
俺たちは手分けして部屋を漁り始めた。




