16.2 飢えた猟犬
翌日の放課後になった。俺たち仲良し同盟の面々は、ぞろぞろと学校を出て、ガゼー地区の事務所に向かった。事務所には、俺とココルとグラノーラ、ニーナとウルミが入り、活気にあふれた状態になる。
「なあ、お嬢。ここで待っていてくれ」
「私もついて行くわよ。近くにいた方が、治療しやすいじゃない」
グラノーラは同行を主張した。
俺たちが事務所に来て少し経つと、扉がノックされた。
「どうぞ」
フィーが入ってくる。
「顔に傷がないな。あと、前に会ったときと顔が違うな」
「化粧だよ。素顔で出歩いたりしねえよ」
大きな傷は消えていて、顔の雰囲気も大きく変わっている。
背後には背の低い老人がいた。彼の姿も変装なのだろう。おそらく彼が『飢えた猟犬』の魔法を所持している人物だ。
「アステルです。よろしくお願いします」
「ジンのゾーイです。フィー様の命で今日は来ました」
「おいおい、アステル。私にはため口で、ゾーイには敬語かよ」
フィーが面白そうに突っ込んだ。
「老人は敬うんでね。それに、あんたは俺の弟子だ」
フィーは鼻で笑う。全然関係ないが、マルも「私を敬え」と騒いでいる。
「これが、単眼鬼の霊魂の足だ」
俺は、部屋の隅から箱を取り出して、机の上に置く。外側は何の変哲もない木箱だが、中には霊体の壁があり、霊魂を持ち運べるようになっている。
俺が作ったのではない。マルが作ったものだ。蓋を開けても何も見えない。ふつうの人間の目では、ただの空箱だ。
「これはこれは」
ゾーイは箱の中をのぞき込んで目を丸くする。見えているのだろう。かなりの手練れだと推測する。
「行けそうか?」
フィーが尋ねる。
「大丈夫です。お嬢様、追跡できます」
二人は小声で確認し合う。
ゾーイの魔力が微かに膨らんだ。魔法を使ったのだ。
何も変化がない。外部に影響をおよぼすタイプの魔法ではないのだろう。おそらく霊体の特徴を記憶したのだ。
俺は、単眼鬼の足を入れた箱を、部屋の隅に戻す。捜索に持っていくには邪魔だからだ。
フィーが俺に顔を向けてきた。
「そちらからは、アステルとこの部屋にいるメンバーか?」
「俺とココル……」
「私も行くわよ!」
グラノーラが主張したあと、ニーナとウルミも手を挙げた。グラノーラは意見を曲げる気配がない。仕方がない。全員連れていくしかなさそうだ。
「こちらからは、私とゾーイ、あと四人ほど陰から付いてくる。それじゃあ行くぞ」
フィーは、ゾーイを促す。ゾーイはうなずき、部屋を出た。俺たちは、ゾーイのあとを追って、単眼鬼の捜索に出発した。
屋外に出た俺たちは、ゾーイの後ろについて歩いていく。
俺はフィーに顔を向けて質問する。
「『飢えた猟犬』という魔法は、遠方にいても相手を見つけられるのか?」
「いや、最近通った場所などのそばに行けば認識して追跡できる。そこまで万能ではないよ」
思ったよりも制約が大きそうだ。
「それって、ずっと密室にこもっていたら分からないってことだよな?」
「『飢えた猟犬』は、霊的なにおいをたどる。接触した人間にもにおいが残る。食べ物を差し入れたり、荷物を運んだり、そうした相手がいれば、そこから近づける。
一年分の食料を貯め込んで、地下牢にこもっていたらお手上げだがな。その状態だと、暗殺しなくても死んでいるようなものだが」
一年は経っていない。そこは大丈夫だろう。
「で、どこを捜すんだ?」
「基本は井戸や食料品店だ。もっと絞り込めるなら時短できる。何か特徴はあるか?」
「そいつは死体を乗っ取り、中に入る。死体は生き返るわけではなく、死体のままだ。そうしたわけだから、あまり他人とは交わろうとしない。
とはいえ、お針子に紛れていたこともあるからなあ。死臭はしなかったから腐敗は防いでいるのだと思う」
「もしかして、水も飲まないし、食事もとらないというオチじゃねえだろうな? それだと、ふだんの探し方だと見つからねえぞ」
「あっ、確かに」
敵の生態までは把握していなかった。もしそうなら捜索は著しく困難になる。
「あの、地図を作ってきました」
ニーナが懐から折り畳んだ紙を出す。俺は受け取って広げる。王都の地図の各所に、色が塗られている。
「これは?」
「単眼鬼は、最初は子供の死体に取り憑き、次はお針子の中年女性の死体に取り憑きました。
子供から魔力を奪うときは子供、糸を使って魔力を集めるときは糸を使う職人、そうした関連性があります。
もし単眼鬼が、私たちと同じような段階を経て、魔法の時間を進めているのなら、次は部品の組み立てですよね。それなら、関連した体を選ぶ可能性があるのではないかと考えました。
家具職人、楽器職人、鍛冶師、甲冑師、細工師、時計職人、こうした職業の人間の可能性が高いと思います」
ニーナは、ちらりとウルミを見る。ウルミは、私は死体ではないよ、乗り移られていないよと、首をぶんぶんと振った。
「この地図の色を塗った場所は、そうした職人たちが多く居住している地区です。特に赤色の場所は、細かな部品を大量に組み合わせて物を作る場所です。
ウルミさんのご実家の工房も、この地域にあります」
突然注目されてウルミは挙動不審になる。
「うちの近くに来るんですか?」
「案内してくれ」
「仕方がないですねー。案内しますよ。工房見学をしますか? 店舗巡りをしますか? 気合いを入れて紹介しますよ!」
「そういうのはいい、職人が飯を食う場所や、食料を調達する場所を案内してくれ」
ウルミは、せっかくなら時計を見ていって欲しいのにと、ぶつぶつと言った。




