15.7 挿話:暗殺組織ジンのフィー
部下が取ってきた仕事の話を聞いたときは、簡単な仕事だと思った。魔法学校の生徒を一人殺す。なるべく恐怖を与えて。
生徒同士のいざこざで、親が暗殺組織を雇うなんて大人げない。そうは思ったがこれも仕事だ。暗殺組織ジンの当主であるフィーはそう思った。
ジンの本部は王都の外にある。偽装した一つの村がまるまるジンの本部になっている。そして王都には、いくつかの拠点がある。
仕事の依頼は、路上の占い師などの協力者によって、拠点までもたらされる。
仕事が多く入っているときは、拠点に分散して人が詰めている。フィーが拠点にいるのは年の半分ぐらいだ。残りは本部で、後進の育成をしていることが多い。
魔法学校の生徒を殺すという依頼は、拠点で受けた。魔法を使う相手ということは、こちらも魔法持ちが当たった方がよいだろう。
ジンには魔法持ちが何人かいる。ちょうど手が空いていたフィーが参加することになった。
八人の部下を連れて拠点を出た。ただ殺すだけなら自分だけでいい。なるべく恐怖を与えてというのが曲者だった。
拷問ではなく、恐怖におびえさせて逃げ回らせろという指示だった。こういう指示は多い。特に貴族からの依頼ではよくある。
人狩りを見たい。家族同士で殺し合いをさせたい。
ジンに依頼が来たことはないが、素人にいちゃもんをつけて決闘を申し込む貴族もいる。たちの悪いことに、自分で剣を持たずにプロを雇って惨殺する。
生徒を追い回して恐怖を与えて殺せか。悪趣味だなと思ったが、これも仕事だ。裏路地に入ってところで襲い、少しずつ怪我をさせていくと、部下に作戦を伝えた。
標的は黒髪黒目の少年だった。少年は、赤髪の少女を連れていた。
一目見て分かった。二人とも年齢にそぐわない手練れだ。ジンの熟練の暗殺者ぐらいの腕を持っている。気乗りしない依頼だったが考えを改めた。楽しませてくれそうだと思って心が躍った。
結果は惨敗だった。
部下たちは、怪我をさせられたが命は取られていない。フィーは戦闘で負けて、魔法を模倣された。これ以上にない完全な敗北だった。
少年の名前はアステル、少女の名前はココルだった。剣の腕も立っていたが、それよりも不可思議な技が際立っていた。
話に聞いたことのある東方の気という技に似ていた。新しく流行っているのか、彼らだけが使うものなのか分からなかった。何としても欲しいと思った。
アステルは、自分が標的なのは冤罪だと主張していた。その説明をするというので、打ち合わせの場所に行った。
アステルの主張を依頼主に納得させる代わりに、謎の戦闘方法を教わる。これ以上ないほど、フィーにとって有利な取引が成立した。
話し合いが終わったあと拠点に戻ると、何人かの古参が集まっていた。
当主まで臨場した暗殺が失敗した。それも相手は無傷で、こちらは怪我人だらけで終わった。そのことを重視した年配の暗殺者たちが心配してやって来たのだ。
「お嬢様、手を抜いたりしていませんよね」
「するわけ、ねえだろう」
「相手は少年なのに、滅法腕が立ったとか」
「ああ、剣技も相当なものだったが、目に見えない謎の技を使ってきてな。その技を教えてもらう約束をした」
「相手は貴族、家名はランドールという名前だったのですよね」
「そうだが」
古参の暗殺者たちが視線を交わす。
「何だよ、てめえら。何か知っているのか?」
「お嬢様の世代は知らないでしょうが、私たちの世代は、ランドールと聞くと有名な剣士を思い出します」
「何だ、含みのある言い方をしやがって」
フィーは腕を組み、古参の暗殺者たちをにらみつける。
「言え」
古参の一人がうなずき、口を開く。
「四十年ほど前にあった南方戦役の英雄の名前が、ランドールというのですよ。『剣士ランドール』という演劇が大ヒットして、王都のいたるところで小屋が建ちました。
平民の出ですがマガス王国の王を討ち取り、魔法を得て貴族になりました。その末裔であるのならば、いろいろと背景が透けて見えてきます」
「ああん?」
フィーは考える。剣の腕が立つのは、先祖譲りの才能と研鑽か。魔法学校で恨みを買うのは、新参貴族という身分の微妙さが問題か。
「お嬢様、技を教えてもらうという話でしたが、そのあと殺すのですか?」
「今のところは殺す気はねえよ。それよりも生かしておいた方が、利益が大きそうだ」
「気に入っているようですね」
「別にそんなことはない。あいつの背後には何かある。一度の暗殺で貴族からもらえる報酬とは比べものにならないお宝のにおいを感じる」
「そうですか、お嬢様は少年に首ったけですか」
古参の一人が口にした瞬間、フィーににらまれた。
「何だ、てめえ、文句があるのか?」
「いえ、そろそろご結婚して子供を作っていただくと助かるなと、常々思っておりますので。
いや、結婚はしなくてもよいですが、子供だけでも作っていただけると助かります」
「別に、他の兄弟姉妹の子供でもいいだろうが」
「しかしまあ、お嬢様の直系の方が納まりがよろしく」
古参たちは、うんうんとうなずく。
「その話はここまでだ。私を不快にさせる気か?」
古参の者たちは顔を青くして黙り込んでしまった。
「仕方がねえやつらだな」
フィーは古参の者たちを追い払ったあと考える。アステルが自力であの技を編み出したとは思えない。何者かが背後にいる。それが誰でも構わない。
力を持つ者とは繋がっておいた方が得だ。
悪趣味な金満家の貴族よりも、真の力を持つ者と手を握り合う方がはるかに価値がある。
アステルの技と戦い方を見たときに直感的に思った。新しい潮流が来ている。あれを見て何も感じないようなら、そいつの目は節穴だ。
魔法を持っていることが優位である時代は終わるのかもしれない。フィーは、この国の身分制度が崩れる音を聞いた気がした。




