15.4 交換条件
夜になった。俺とココルはボブの酒場に行き、テーブル席に座った。二人ともまだ若いから酒は注文していない。料理だけを注文して時間を潰す。
店にフード付きマントの女性が入ってきた。昼とは違うマントだ。そこらにいる労働帰りの人にしか見えない。女性の顔には傷がなかった。化粧で隠しているのだろうと推測する。
女性が俺たちのテーブルに着いた。酒を飲むかと尋ねて、必要ないと返事があった。
毒でも警戒しているのか習慣なのか分からない。彼女は、皿の料理にも手をつけようとはしなかった。
俺は約束どおり、最近、王都であった事件の話をした。そこで俺たちが果たした役割、そのときの経験から、単眼鬼と、ムジカ・フロアを襲った犯人が同一の可能性が高いことを伝えた。
「その話を、そのまま伝えて、ムジカの父親が納得するはずがないだろう」
フィーがにべもなく言う。俺は口元を歪める。まあ、そうだろう。
「証拠があればいいのか?」
「子供が襲われて、家の名誉である魔法が奪われた。その相手に正統な復讐をした。そうした体面上の事実が欲しいだけだ。貴族とはそういうものだ。暗殺者と違ってな」
フィーはせせら笑う。俺が詐欺師なのかと言ったことへの当てつけだ。
「じゃあどうしろと言うんだ?」
「適当な人間の首を持っていって、こいつが真犯人でしたという何らかの証拠を渡せばいい。誰も文句を言わなければ、この件はこれで終わりだ。暗殺者は、そうした工作も請け負う」
俺はフィーをにらむ。それじゃあ、なぜフィーは、俺を殺すのではなく、俺の話を聞くことに方針を変えたんだ。辻褄が合わないと思った。
「俺から何を得たいんだ?」
金などないぞと思う。
「変わった技を使っていたな。あれを習得したい。全ての工作と引き換えに」
フィーは蛇のように笑う。俺は背筋が冷たくなる。目の前の席に座るのはただの女性ではない。暗殺組織の当主だ。その人間が、俺の古い魔法を見て、依頼主との契約を守るより価値があると判断した。
「変わった技? それは何のことだ」
何も知らない振りをして俺は尋ねる。
「海を隔てた東の国に、気というものを使う武術家たちがいるという。触れずに相手を倒したり、何もない空中を蹴って高所に移動したりするそうだ。おまえが使った技は、それに似ている」
魔力の霊体化と物体化だ。純粋魔法を伝える集団が今もいるのだろう。暗殺組織に、そんな技術を教えてもよいのか。さすがに駄目だろう。
だが、俺のような表社会の人間が、そう考えることは相手も百も承知だろう。その上で、交渉の報酬として求めてきている。
視界の隅にマルが出てきた。俺だけに見える姿だ。何かアドバイスでもしてくれるのか。
「弟子になるなら教えてやると答えろ。そして、弟子は師匠の言うことを聞くのが絶対条件だと伝えろ」
俺は驚く。相手は暗殺組織の当主だぞ。どこの馬の骨とも分からないガキの弟子にはならないだろう。俺はあきれ顔でマルを見る。
「いいから言ってみろ。おそらく、それで受け入れる」
半信半疑のまま俺はフィーに視線を移す。化粧のせいなのか、ふつうの女性に見える。暗殺組織の当主にはまったく見えない。
「俺の弟子になるなら教える。弟子は師匠の言うことを聞くのが絶対条件だ」
「アステル様!」
ココルが怒った表情で立ち上がる。こんなやつを弟子に取る必要などないと顔が言っている。
フィーがにたりと笑う。
「それでいい。いつ修行をつけてくれる」
俺はマルに視線を送る。言われたとおりに伝えるようにとマルに指示された。
仕方がない。この技術が暗殺者のあいだに広がったらどうするんだと思いながら言葉を繰り返す。
「フロア家を説得したことが分かったら、その週の土日を使って教える。あんたは魔力の操作がすでにできる。気配を消したり、魔法を使ったり、そうしたことがおこなえる。おそらく二日あれば習得可能だ」
「分かった。よろしくな師匠」
「ああ」
差し出された手を握る。ゴツゴツとした武人の手だ。ふつうの女性の化粧の下に、暗殺組織の当主がいるのだと実感した。
フィーは去っていった。俺はため息をつきながら、皿の上の料理をつつく。
「いいんですか、アステル様!」
ココルが非難の声を出す。
「俺の考えじゃねえよ。マルの指示だよ」
「大師匠の?」
ココルは驚いた顔をする。
マルが声だけを出して返事をする。
「そうだ、私の指示だ。当日、彼女に教える前に、少しだけアステルの体を借りるぞ」
「何をする気なんだ?」
「フィーの魔法を書き換える。裏切ったら、フィー自身に『氷の刃』を突き立てるようにする。また、魔法を捨てられなくする」
俺はぞっとした。ココルも、わずかにおびえたようだ。
「そんなことができるのか?」
酒場のざわめきの中、額に汗をかきながら尋ねる。
「現代の魔法は、人工精霊と、それに自動で指示を出す魔法再現器でできている。そこを書き換えられても、自分で直すことができる者は皆無だろう。
私は作れるし、書き換えられるし、直せる。今の魔法使いは、魔法の使い方は知っていても、その仕組みを知らないただの作業者だ。嘆かわしいことだ」
マルはため息をつき、悲しそうに遠くをながめた。




