14.5 魔法泥棒
――三月上旬。
その事件のことは、教室で話題になっていたので耳に入ってきた。一人の一年生が、学校を休学したらしい。
俺は、教室ではだいたい孤立している。だから自分では話さず、周囲の話に聞き耳を立てていることが多い。たいていの話は聞き流すが、たまに注意して聞くことがある。この話は、そうしたたぐいの話だった。
休日に生徒が貧民街を歩いていると、いきなり暴漢に襲われて気を失った。
誰に襲われたか、どのように倒されたかの記憶はない。周囲の人々に助けられて、命からがら魔法学校の宿舎に戻ってきたそうだ。
そして、魔法が使えなくなったことに気づいた。魔力がないわけでもない。魔法の使い方を忘れたわけでもない。
魔法を奪われた生徒は取り乱した。先祖伝来の魔法を失ったのだ。その後悔と自責の念は大きく、嗚咽し絶叫した。
生徒の絶叫を聞いて、教師たちが集まってきた。教師たちはその生徒を詳細に調べたという。その結果分かったのは魔法がなくなっていることだった。奪われたのか消されたのかは分からない。事実として、その生徒は魔法を所有していなかった。
教師たちは何とか生徒を落ち着かせてベッドに寝かせた。生徒は、数日部屋から出てこなかったそうだ。
ようやく部屋から出てきた生徒は職員室に行き、退学したいと申し出た。教師たちは生徒を慰留して、とりあえず休学ということにして実家に帰すことにした。
その生徒の名前は、ムジカ・フロアといった。筋肉に覆われた一年生。メザリア・ダンロスの配下の男だ。記念館のダンロス家の部屋に、俺を連れていった二人のうちの一人だった。
放課後の教室。窓からは午後の日差しが漏れ込んでいる。ムジカの話を聞いた俺は、椅子に座って机に向かいながら考える。
休日に貧民街を歩いていて襲われたと言っていた。フロア家は子爵だったはず。その身分の人間が貧民街を歩く理由はない。
俺をつけていたのではないか。警戒して歩いているとはいえ、周囲の全てに気を配ることはできない。魔法を使えるレベルの人間が追跡しているのならば、気づかないことも十分ありうるだろう。
もしそうなら厄介なことになる。下手をすれば俺が犯人だと疑われる可能性もある。身の潔白を証明するにはどうすればよいのか、あらかじめ考えておいた方がよいだろう。
「アステル」
名前が呼ばれた。大人の壮年の声だ。教室の入り口を見る。波打った長い黒髪に黒いローブ。学年主任のパロスが立ってこちらを見ていた。
「少し話をしたい」
さっそくか。俺は荷物をまとめて席を立つ。周囲がざわめき、視線が集まった。俺は彼らを無視して廊下に出た。
「歩きながら話そう」
「はい」
「ムジカ・フロアのことは聞いているか?」
「さっき、教室の噂話を聞いて知りました」
「彼の当日の行動は、教師たちの聞き取り調査により分かっている。彼はガゼー地区の貧民街で襲われた。
なぜそこに行ったのかも話している。目的はアステル・ランドールの尾行だ。
何らかの秘密を嗅ぎ付けたムジカ・フロアを、きみが亡き者にしたのではないかという教師もいた」
「そんなことはしませんよ。そもそも尾行されていたことに気づいていませんでしたし」
まったく気づかなかったのは、本当に悔しい限りだ。そういえば、グラノーラに尾行されていたのも指摘されるまで分からなかった。俺は案外間抜けなのではないかという気になる。
「きみに動機がないことは他の先生たちに話した。ガゼー地区での活動は、私に申請済みであり、襲ってまで隠すことではないと説明した」
「ありがとうございます」
やたら親切だなと思った。
何か目的があるのだろうか。最初の面談のときからパロスの意図が読めない。
学年主任としての仕事をこなしているだけなのかもしれないが、それとは別の理由があるようにも思えた。
パロスの研究室の前に着いた。一緒に中に入る。本を借りたり返却したりするために何度か訪れている。席に座るように促されて腰かけた。
「他に、本題があるのでは。そうした顔をしているな」
「はい。何かあるのでしょうか?」
こちらの考えていることは、長年の教師生活の経験で見抜くことができるのだろう。
「ムジカ・フロアが狙われたのは、わざわざ人目のつかないところに身を潜めながら移動していたからだろう。
ムジカは体を鍛えていたが、実戦を経験しているわけではなかった。決闘代行をしているきみのように、一人で敵を撃退できる能力はなかったのだろう。
犯人は、あるいは過去に何か因縁があって、きみを観察していたのかもしれない。そして、きみをつけているムジカ・フロアを発見して標的にした可能性もある」
俺は王都に来てからのことを考える。可能性はいくつもある。決闘代行で俺に負けた者という線もある。しかし、魔法がらみとなると、例のやつの可能性が浮上してくる。
ただ、単眼鬼が犯人ならば、わざわざ俺を追跡したりはしないだろう。やつには何か目的がある。俺のために無駄な時間は使わない。純粋に、人目のつかないところを歩き続けたムジカを狙ったのだろう。
「犯人の目的は何だと思うかね?」
犯人が単眼鬼なら、魔法を奪うことが目的とは思えない。魔力を集めて何かをしたいというのなら、他人の魔法を奪うのは自然な流れではない。いったい何をしようとしていたのだ?
「私たち教師はその現場を訪れた。そこには魔法の残骸はなかった。どこかに持ち去ったのだろう。持ち去ったあと何をしたのだと思うかね」
残骸という言葉が引っかかった。魔法は破壊できて、その後に残骸ができるのだ。
俺はこれまで学んできたことを思い出す。全自動魔法は、人工精霊と魔法再現器によって作られた人工物だ。全自動魔法は、部品を作り、その部品を組み立てて作っていく。
部品には、その形状を維持するための魔力湧出口を設置する。魔力湧出口は、圧縮して無個性化した霊魂だ。
俺はじわりと汗をかく。例のやつが何をしているのか推測できた。部品取りだ。魔法を破壊して、部品を他の魔法に流用しようとしている。
しかし、そのことを口にするということは、俺が魔法のカラクリを知っているとパロスに伝えることになる。
パロスが信用できる人間かは分からない。本当の意図が何なのかまだ読めないでいる。パロスは俺に答えを言わせようとしている。
俺は柔和な笑みを作った。ここは道化を演じるべきだろう。
「分かりません。いったい何をしたかったんでしょうね」
パロスの表情は変わらない。
「そうか。何か気づくことがあればと思ったのだが」
話はこれだけのようだ。俺は宿舎に帰ることを伝えてパロスの研究室を出た。
部屋の外ではグラノーラが待っていた。
「どうしたの?」
「呼び出された。ムジカ・フロアという一年生が休学した話、お嬢は聞いているか?」
「おおよそは」
「パロス先生に思考を誘導された」
「どんな風に?」
「お嬢の部屋に戻ってから話すよ」
「何か、面倒なことにならなければいいわね」
「本当に」
俺はグラノーラと並んで廊下を歩き、玄関へと向かった。




