13.2 精霊博物館
動物園に着いた。屋根があるわけではなく、屋外に点々と檻がある。入り口に看板があった。小さな動物から始まって、奥に行くほど大きな動物がいると書いてある。
マルに、精霊がいるか確認してもらう。狼の檻の前に来たときにマルが俺を呼んだ。
「この檻の中には、昔の狼が精霊化した、狼の精霊がいるぞ」
「そういえば、人間や動物は精霊になるのか?」
「ああ。霊魂だけになって、他の複数の霊魂から魔力の供給を受けるようになったら精霊になる。繋がっている霊魂が少ない精霊は、小さいから見つけやすいぞ。
対して、風の精霊とか雨の精霊とかのように、自然発生する精霊もいる。そうした精霊は大きすぎて気づくのが大変だな」
グラノーラたちは、精霊を見ようとしていろいろと試みている。俺はもう精霊探知を習得している。俺は少しだけ優越感を味わう。
俺は髪の毛状の架け橋を無数に出して狼の檻の中を探る。何本かの架け橋が触れて、狼の精霊の姿を認識できた。
空気のように薄い体の狼だ。狼の精霊は、檻に入っている狼たちから魔力の供給を得ているようだ。
狼の精霊がこちらを観察してきたので、霊餅を作って与えてやる。狼の精霊は、俺への警戒を解いてくれた。
何かしてもらおうと思って、マルに習った精霊語の記憶を探す。狼の精霊の言葉なんてあったか? 全ての種類の言葉を覚えることは不可能だ。近そうな言葉で話してみよう。
――木を、裂いて、欲しい。
檻の中にある木を爪で傷つけて欲しいと、たどたどしい言葉で頼む。
激しい音がして、木の幹に傷がついた。俺が物体化を使っても、これほど鋭く裂くことはできない。精霊魔法は、少ない霊力で大きな成果を引き出せることが分かる。
「アステルは、その調子で、いろいろな精霊と交流しろ。そこから共通点や相違点を探っていけ。また、形状や動きを覚えろ。人工精霊を作るには、うまく真似ないといけないからな」
「分かった」
俺は返事をしたあと、少し考える。俺の魔法は『張りぼての物真似』と呼ばれる。この場所にいる精霊を真似ると、どうなるのだろうか。
まだ、領民から魔力を供給してもらえる状態にはなっていないが、自分の魔力でもある程度使える。魔力量が多くなったから、うまく使えるかもしれない。
俺は自分の魔法を呼び出して、狼の精霊を真似ようとする。俺の目の前に狼の精霊が現れたあと、俺の魔法は消える。檻の中の狼の精霊が驚いている。自分そっくりなやつが現れたからだ。
ちらりとマルを見ると、こちらをじっと観察している。何か言ってくると思ったが、特に話しかけてこない。
俺は霊餅を出して、真似た精霊に与える。食べて懐いてきた。どうにかなるものだなと思う。
吠え声を出してもらい、周囲を驚かせてみた。魔力が足りないのだろう。いろいろとやる前に消えてしまった。
「ああ、そういうことね!」
グラノーラの声が聞こえた。
狼の精霊が見えたようだ。さすがに基礎的な力が高く、持っている魔力量が多いから成長が早い。
グラノーラは、霊餅を作り、狼の精霊に食べさせる。そして、狼たちを集めてお座りをさせた。こういう使い方もあるのかと感心した。
ココルとニーナは苦戦しているようだ。ウルミは姿が見えているようだが、純粋魔法を使えないので霊餅を与えることができない。
「アステルとグラノーラは、完全に精霊魔法の段階に入ったようだな。二人はこの動物園で、なるべく多くの精霊を探して霊餅を与えること。閉館まで続けろ」
「おい、マル。お嬢はともかく、俺は魔力が尽きるぞ」
「休み休みでいい。使い切ることも、魔力量の増加に繋がるんだから文句はないだろう」
「まあ、そうだが」
マルは、今度はココルとニーナに向き直る。
「二人は、霊魂と霊魂を繋ぐ糸を作ることに集中しろ。その糸を一万本作って周囲に放つ。それができるまで、狼の精霊の前で練習しろ」
「一万本……」
ココルとニーナが、絶望の表情を浮かべる。
「そんなに多い数ではないぞ。人の髪の毛は十万本程度と言われている。その一割だ。縦横に百本ずつ並べれば一万本になる。
いいか、この一万本というのはヒントだ。一本の糸を一万回作るのではない。一万本の糸を一回作るんだ。そうした発想で考えてみろ」
なるほど、そういう考え方もあるのか。俺は、自分が成功させた方法を、そこまで言語化できていなかった。
「ウルミは……、魔力の霊体化からだな」
「ぷぎーっ」
知識だけ先に聞いて、実技を追い付かないといけない。この状態は、なかなか辛そうだなと思った。ウルミはあとから加わったのだから、これは仕方がない。
俺たちはそれぞれ、動物園の中で修行を続けた。
◆◆◆
夕方になった。俺たちは動物園を出て、博物館の敷地の公園に移動した。
夕陽に体を染めながら、ベンチに座って一息つく。なかなか過酷な修行だった。
「それでは、最後の修行だ」
「げっ、まだあるのか?」
俺はマルを見て、勘弁してくれよというジェスチャーをする。
「これはアステルだけの修行だ。精霊博物館を作れ」
「何だそれは?」
「記憶を元に、今日見た全ての精霊の姿を霊体で再現するんだ」
俺は息を呑む。どこまで観察しているのか、記憶しているのか、再現できるのかを見るということか。これは相当高い難易度だ。
「魔力量が足りるか分からないな」
「それぞれの精霊の体は、希薄でいい。私が確認できればそれで合格だ」
仕方がない。何とかやってみよう。マルが出す課題は、クリアできないものではない。少しだけ高い壁を越えればいい。そうした課題をマルは出す。
俺は精神を統一する。作らなければならない霊体の数が多いから、一体ずつ作っていたら途中で魔力が尽きてしまう。微量な魔力を使って作るといった繊細な調整は、今の俺には難しい。
霊体の糸を一万本作るのと同じ方式でやるしかない。
全ての精霊を頭に思い浮かべて、雑でもいいから一気に作る。これまでの霊体化や物体化とは、明確に異なる頭の使い方をする。無数の架け橋を作るときに無意識にやっていたことを意識的にやる。
狼、獅子、鷲、隼、亀、蛇、無数の動物の姿の霊体がぼんやりと空中に現れる。魔力を限界まで注ぎ込んで、マル以外の仲間たちにも何とか見えるように濃くしていく。
「まるで博物館だ!」
最も修行が遅れているウルミが大声を出す。ウルミが見えたのなら、他の者たちにも見えているはずだ。
「アステル、私たちにも見えるわよ!」
グラノーラが嬉しそうに声を出す。
「見えます、アステルさん!」
ニーナも嬉しそうだ。
「アステル様、すごいです!」
ココルは感激しているようだ。うっとりとした顔で虚空をながめている。
「合格だ」
マルが告げる。俺は安堵して精神の統一を解く。空中に浮かんでいた霊体が薄れて徐々に消えていく。
「アステル、ここまでよく頑張った。おまえはいよいよ人工精霊の開発に入るぞ」
マルは笑顔を見せる。俺は拳を握り、笑みを浮かべた。




