12.2 時計職人の娘
廊下に出た。俺はマルを呼ぶ。緑髪に緑目の幼女が、俺だけに見えるように姿を現した。
「なあ、マル。ウルミもニーナと同じように貴族ではない魔法使いだ。領民がいない魔法使いは、自身の魔力を使って魔法を使うんだよな?」
「ああ。規模が小さい魔法なら、自分の魔力だけで使える。
ただ、強力なものは無理だ。メザリア・ダンロスのような錬成系や、グラノーラのような修復系は、膨大な魔力が必要になる」
「物体化で消費する魔力を考えると、そうだろうな」
まあ、精霊を通した物体化なので、人間が直接おこなうより効率はよいはずだ。
俺は今度はグラノーラに顔を向ける。
「あと気になったことがある。魔法の魔力供給源として、領民との縁を結ぶよな。お嬢は、そういうことをしたか?」
「ううん」
「聞いたことは?」
「ないわよ」
俺はマルに視線を送る。
「おそらく、その作業については、当主とわずかな者しか把握していないのだろう。その方が権力を集中できる」
「なるほどな。貴族が考えそうなことだ」
「アステル、あなたも貴族よ」
「まあ、そうなんだが」
俺は自分が貴族の側だとは、どうしても思えなかった。
◆◆◆
宿舎に着き、俺たちはウルミの部屋の前に来た。中に人の気配がする。ノックしたが、こちらを完全に無視しているようだった。
「お嬢。出てこないが、どうする?」
「こういうときは、扉を勝手に開けるのよ」
グラノーラはノブを回す。しかし鍵をかけているようで動かない。
「ぐぬぬぬぬ」
力を込めても動かない。そりゃあ、そうだろうと思う。
「どうした? 勝手に開けるんじゃないのか」
「アステル、あなたに譲ってあげる。任せるわ」
「やれやれ。尻ぬぐいは俺の仕事かよ」
俺は少し考える。この宿舎の扉は、どれも作りは同じだ。それならば、鍵の機構も共通だ。
魔力を扉の向こうで集めて物体化する。位置は分かっているから、一方向に飛ばして解錠した。わずかな物体化でも、かなりの魔力を消費する。
ノブを回して扉を開けた。中で机に向かっていた人間が、椅子に座ったまま驚いてこちらを見た。
背が低く、少年のように細身の体だ。栄養不足のココルよりも背は低い。
魔法学校に入っているのだから、俺やグラノーラと同年代のはずだが、十歳ぐらいに見えなくもない。
目はやたら大きくオレンジ色だ。髪の毛もオレンジ色で、自分で切ったのかと思うほど適当に散らばっている。顔にはそばかすがある。
服装は、実用本位のシャツとズボン。他人からの見た目をまるで気にしていないのが分かる。他人と協調する気もゼロなのだろう。ノックに反応しなかったことから容易に想像できた。
これは、パロスが、無理やりにでも誰かと交流させた方がよいと思うのも分かる。放っておいたら、卒業するまで誰とも関わらずに三年間を送りかねない。
「あんたがウルミ・カカラムだな」
「誰?」
「俺はアステル・ランドールだ。こっちはグラノーラ・フルールだ。あんたと友達になりに来た」
ウルミは椅子から飛び降りる。そして俺たちとの距離を縮めないように、横歩きで左右に動いて俺たちを観察した。
「不思議ね。どうやって扉を開けたの?」
「自然に開いた」
「そんなわけないじゃない。この謎を解くまで眠れないわ」
ウルミは、ぶつぶつとつぶやきだす。面倒なやつだ。だんだん俺はいらついてきた。
「ウルミさん」
グラノーラがすたすたと歩いてウルミとの距離を詰める。俺は、ウルミが逃げ出せないように扉の前に陣取る。
「ぎええええ! 近づいてくる!!」
ウルミは奇声を上げておろおろする。昏倒させた方が早いかと一瞬思い、自重する。
グラノーラは、ウルミを部屋の隅に追い詰めた。ウルミは隙を突いて逃げようとするが完璧にブロックされる。
そりゃあそうだ。
ウルミは時計職人の子だから、屋内での作業を中心に育ってきたのだろう。グラノーラは、見た目はお嬢様だが、中身は野山を駆け回っていた山猿だ。敵うわけがない。
グラノーラは、ウルミの襟首をつかんだ。そのまま持ち上げて吊し上げる。ウルミは涙目で足をバタバタする。
まあ、グラノーラなら、ウルミぐらいの体重なら片手で軽々と持ち上げられる。
「アステル。扉を閉めて」
俺は扉を閉めて、近くの棚を動かして開かないようにする。
「ぐふっ、ぐふっ」
ウルミは諦めたのか吊られたウサギのように動きを止めた。
「さて、ウルミさん。席に座って話をしましょう」
グラノーラは、ウルミを椅子の上に下ろす。そして、手首を握ったまま、顔を同じ高さにした。
「あなたの名前は、ウルミ・カカラムで合っている?」
「さようでございます。私の名前はウルミ・カカラムでございます」
おびえているのか、必要以上にへりくだっている。仕方がない。少し安心させてやるか。
「ウルミ。俺たちは、あんたを取って食おうとしているわけじゃない。学年主任のパロス先生に、あんたに会って仲良くするようにと言われたんだ。驚かしたのは謝罪するよ」
「謎の男。扉の鍵を廊下側から開けて、私を不眠症に陥らせる」
ウルミは、おびえた目でこちらを見る。
「魔法だよ。そういう魔法が使えるんだ」
嘘ではない。この国に普及している一般的な魔法ではないが。
「なーんだ、魔法か。安心した。それで、えっ、パロス先生? 早く仕事を仕上げろとか言ってきたんですか?」
「仕事?」
「これです」
ウルミは机の上を指差す。俺は机の上に広げられているものを見た。木製の小さな部品だ。部品の点数はかなり多い。一部はパズルのように組み上がっていた。
「何だこれは?」
「模型です」
「時計ではなく?」
「はい、模型ですよ」
「何の模型なんだ?」
「それ聞きます?」
ウルミは、ぐふぐふと楽しそうに笑う。本当に面倒くさいやつだ。
「教えてくれ」
「そちらの……」
「グラノーラよ」
「グラノーラさんも聞きたいですか?」
「聞きたいわよ」
にこにこして返事をする。
「お嬢は、メザリアみたいな相手にはすぐ切れるくせに、ウルミみたいな相手は、大丈夫なんだな」
「アステルを相手にしているから慣れているわよ」
「はあ!?」
俺は納得がいかずに叫んだ。
「まあ、いい。ウルミ、聞かせてくれ」
「じゃじゃーん。魔法の模型です」
「ああ、魔法のな……」
軽く返事をしたあと、思わず目を見開いて机の上の部品と組み立てられた塊を凝視した。
「誰の魔法だ?」
「わったしのでーす!」
自慢げにウルミは言う。
俺は架け橋の糸を髪のように伸ばして、ウルミの魔法を探る。
いた。おぼろげだが外観を知ることができた。机の上に目を戻して、組み立てた塊と魔法の形を見比べた。
「この模型の部分は、ここら辺か?」
俺は空中を指差す。
「ぎょぎょぎょぎょぎょ! 何で分かるんですか!!!」
ウルミはひっくり返りそうな勢いで驚く。驚くのはこっちだと思い、小声でマルに尋ねる。
「部品の形は合っているのか?」
「合っている。何だこいつ。性格や行動には難があるが、ずば抜けて異常な才能を持っているぞ」
つまり有用な人物ということだ。
「それで、この魔法は何の魔法だ?」
ウルミの魔法が何なのか興味があった。
「えーと、『取り外し』の魔法です」
「……何だ、それは?」
「部品とかを取り外すのに便利ですよ。五回に一回ぐらいしか発動できませんが」
「俺が入学したときよりも発動率が高いな」
「お仲間発見! 魔法学校の落ちこぼれですね!」
かなりうざい。友達ができないのもうなずけた。
「ウルミ。俺たちは、仲良し同盟という魔法の研究会を立ち上げている。おまえも入れ」
「えっ?」
「拒否権はない」
「そ、そんな~~~」
「分かったか?」
「はい、分かりました!」
「あと、パロス先生は、何でおまえにこんな仕事を依頼したんだ?」
「さあ?」
ウルミは首を傾げて不思議そうな顔をする。
「ああ!」
何か思い出したようだ。
「魔法修練の授業中に落書きをしていたら、その落書きを取り上げられて、その日の放課後にこの仕事を依頼されたのですよ」
ウルミは「ウケる!」と言って楽しそうに笑いだした。
俺はグラノーラとマルと視線を交わす。これは偶然ではない。パロスは俺たちについて何か気づいている。
「とりあえず、今は警戒するぐらいしかないな」
「うん、そうね」
グラノーラはうなずき、ウルミを自分の部屋に招待した。




