9.4 挿話:ムジカ・フロア
ムジカが生まれたフロア家は、子爵の爵位を持っている。魔法王国ザラエルの貴族の中では、下の方の身分になる。
自身の領地を管理しながら、庇護してくれる上位の貴族におもねらなければならない地位。
ムジカは、幼少の頃から何度も言われた。自身の有能さを誇示しろ。そして、高い身分の貴族に取り入れと。
肉体を鍛えたのも、自身の有能さを示すためだ。貴族は本来なら魔法で有能さを示さなければならない。しかし、そうしたことができるのは、伯爵以上の地位にある貴族だ。
下位の貴族が持っている魔法は、ハズレ魔法であることが多い。そして、まだ家督を継いでいない子供に、当たり魔法が割り当てられることは、ほとんどなかった。
ムジカが親から与えられた魔法は、人から気づかれにくくなる魔法だった。『気づかれなくなる』魔法ではなく、『気づかれにくくなる』魔法だ。あってもなくても、それほど変わらないハズレ魔法だ。
彼はその魔法だけを持たされ、魔法学校で上位貴族に取り入るように親から言われた。
魔法学校に入学したムジカは、メザリア・ダンロスに目をつけた。彼女は公爵令嬢だ。それだけでなく、派閥を作る意欲があり、その能力もある。
ムジカは、すぐにメザリアの派閥に入り、命令を聞く立場になった。
ムジカの目利きは正しかった。メザリアは瞬く間に学校最大の派閥を作った。ムジカは自身の慧眼に満足した。しかし、心の中でざわつきを覚えることもあった。
メザリアに従わない生徒が一部いた。そして、メザリアは、その生徒たちに強い関心を抱いていた。
グラノーラ・フルールと、アステル・ランドール。特に、アステルは、ムジカの心を波立たせた。
自分よりも低い爵位。しかし、彼はメザリアに一切なびこうとしない。アステルは自信にあふれており、独自の価値観で魔法学校というものを見ていた。
ムジカにとってアステルを認めるということは、自身の価値を否定することに他ならなかった。
ある日、ムジカはメザリアに呼ばれた。サンチェス・テレスとともに、アステル・ランドールを連れてくるようにと言われた。
ムジカはアステルに嫉妬した。ムジカはただの兵隊で、アステルは使いを出して呼ばれる客だった。
ムジカはサンチェスとともにアステルの前に立った。暗い顔をした男爵の子息は、ムジカのことを屁とも思っていない様子だった。
腹立たしい。
ムジカはサンチェスとともに、アステルを記念館まで連れていった。そこでアステルはメザリアの誘いを断り、急いで帰ろうとした。
許せなかった。自分とはまったく異なる選択をした男が、メザリアに認められていることが。
ムジカは、メザリアの指示を無視するアステルを、取り押さえようとした。魔法勝負はできないが、筋肉勝負なら勝てると思った。
気づくと床に倒れていた。そして体から魔力がなくなっていた。
あの悪魔は、俺に何をしたんだ。許せない。
ムジカ・フロアは、アステル・ランドールをいずれ葬ってやろうと心に誓った。




