8.8 挿話:少女剣士ココル その2
決闘代行の仕事で初めて負けてから、私の人生は一変した。私を倒した剣士様は、私の命を取ることもなく、屋根のある部屋に住まわせてくれた。毎日パンが届く素敵な部屋だ。
この部屋は、剣士様が借りた場所だそうだ。決闘代行の事務所として使っているらしい。私はその事務所の住み込みの従業員になった。体の汚れを洗い落として、きれいな服も着させてもらった。
私に何ができるだろうか。一生懸命お掃除をするぐらいしかできることはない。お掃除の仕方が分からなかったので、近所の人たちに教えてもらいながら覚えていった。
剣士様の正体が分かったとき、私は驚いた。アステル・ランドールという男爵家の跡取り息子。そして、アステル様の主筋のグラノーラ様にも会った。彼女は伯爵令嬢だった。
アステル様には話していないが、実はもう一つ驚いたことがある。それはアステル様のランドールという家名だ。
私に剣を教えてくれた元俳優の老人が言っていた。彼の当たり役は『剣士ランドール』だったと。その血を引いた方なら、私よりも強いのは当然だと思った。アステル様の祖先は、王都でも有名な英雄だったのだから。
ただし、ランドールという家名を知っていることは、アステル様には秘密にしておいた。それはきっと野暮ということにあたると思ったからだ。
元俳優の老人は言っていた。相手の素性を知っていると言ったり、そのことで態度を変えたりすることは、野暮にあたると。
アステル様と、そのご友人たちを見ていると、その意味も少し分かる。この方たちは、相手の身分によって態度を変えない。誰にでも丁寧に接して、友達のように振る舞う。
私のように卑しい出自の人間を蔑むようなこともない。そして、身分によって自分が持ち上げられることを好まない。
私はアステル様たちに何ができるだろうか。
「おーい、ココル。週末にみんなで森に行くぞ」
事務所にやって来たアステル様は気軽な様子で言った。
「森……ですか?」
「ああ。ニーナの家の馬車で行く予定だ」
「あの、森ってどこにあるんですか?」
「王都の外だ」
「私、王都の外って、行ったことがありません」
アステル様は、首を傾げたあと、納得した顔をした。
「そうか。確かに、そうかもしれないな。知っている前提で話した俺が悪かった。ココルにも分かるように森を説明しなければならないな」
アステル様は私のために、懇切丁寧に森とはどんなものなのか教えてくれた。
私は真剣にアステル様の話を聞く。だいたい分かったところで、アステル様は満足そうに笑みを浮かべた。
「俺が言おうとしていることは分かったか?」
「はい!」
私は理解したことを復唱してアステル様に伝える。そして、意気込みを口にした。
「野外での武者修行ですね!」
「ああ。女性陣が泊まる馬車はニーナが手配してくれる。俺とココルで、食料の準備をして事務所に置いておこう」
話が終わったあと、私はアステル様と一緒に市場に向かった。市場では、保存の利く食料や水袋を買った。鍋や塩や薪も買った。
人生で初めて王都の外に出る。それも、アステル様たちと一緒に。
アステル様たちの力になれるように一生懸命頑張ろうと私は思った。




