8.1 合宿の計画
魔法学校の宿舎にこっそりと戻り、グラノーラの部屋に行った。さらさらの金髪に美しい青い目のグラノーラは、椅子に座ってぷりぷりと怒っていた。
学校を丸一日さぼって、彼女に口裏を合わせてもらったからだ。俺は病気にかかり自室で寝ていることになっていた。
「すまないお嬢、もう終わった」
「それでどうなったの?」
俺は詳細を説明する。最初は腹を立てていたグラノーラだが、犯人が子供だったこと、その中身が逃げ出したことを聞いて、徐々に悲痛な顔に変わっていった。
「操られていただけの可能性があるのね」
「たぶんそうだ。ヤドカリみたいなものだろうな。人間の子供のガワをかぶっていたのだと思う」
「その人間の子供は……」
「霊魂を破壊されて、死体を利用されていたのだろう」
グラノーラはしょぼんとした様子になる。いろいろと想像してしまったのだろう。いたたまれない気持ちになっているのは俺も同じだ。
「ねえ、マル先生。私も魔法を習いたいと言いましたよね。そろそろ具体的に進めて欲しいです」
自分も何かしたい、グラノーラはそう思ったのかもしれない。マルが半透明の姿で現れた。
「いいだろう。魔法の修行を進めよう。ここのところ、殺人事件の捜査で忙しく、修行が止まりがちだったからな。
修行については、メンバーそれぞれの進み具合が違う。ただ、遅れている者に合わせていたら、いつまで経っても先に進めない。
最も前を歩いているアステルに合わせて進行していく。他の者は、基礎の修行をしつつ追い付くようにしてくれ」
グラノーラはうなずいた。
「それでは今週の土日にかけて、王都の外の森に行こう。
アステルは精霊魔法の段階に進む。ココルは霊撃ができるようになっているから物体化を目指す。グラノーラとニーナは純粋魔法の初期段階から始める。
そうした内容の、一泊二日の合宿をする」
「合宿ですか! ねえ、アステル、楽しそうね!」
合宿という言葉を聞き、先ほどの悲しい気持ちは、どこかに飛んでいったようだ。グラノーラは嬉しそうに、何を持っていくか言い出す。
いや、いろいろと問題があるだろう。俺は頭をかきながらマルに顔を向ける。
「泊まりがけって、寝る場所はどうするんだよ。俺以外は全員女性だぞ」
マルは、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「テントを二つ用意すればいいだけだろう。アステル用のと、女性陣用のと。
そうした諸々の手配を、おまえがすればいいだけだ。合宿の計画を立て、資材を用意して、運搬する。全てやれ」
「ぐっ」
全ての準備を俺一人でやるしかないのか。
マルに叱咤されて、仕方なく俺は受け入れた。
◆◆◆
グラノーラの部屋で合宿の話が決まったあと、ニーナの部屋に行って扉をノックした。
「アステルだ」
「今開けます」
ニーナが扉から顔を出す。青色の短い髪で、眼鏡をかけている。
ニーナに合宿の話をすると手伝うと言ってくれた。正直に言って助かった。
「現在稼働していない隊商用の馬車を借りられると思います」
「いいのか、そんなものを出してもらって」
「はい。幌付きの馬車ですから、そのまま荷台で寝泊まりできます」
「おおっ!」
これで女性陣の宿の問題は一気に解決した。俺は外でテントでも張って寝ればいい。
「御者はどうする?」
「私が馬を操れます」
「できるのか?」
「はい。商人の基本は一通り習っていますので」
なかなか有能だ。これで問題のほとんどは解決した。
「あと、防寒用のコートや毛布は、私の方で用意しておきますね。交易商人用のものがありますから。冬に運ぶからこそ高く売れる商品もあります。だから、冬用の装備も商館にはあるんです」
「何から何まで用意してもらって悪いなあ」
「いいえ。アステルさんとグラノーラさんのためなら、私何だってしますよ」
ニーナは明るく言った。
◆◆◆
放課後になり、俺とニーナは校外に出た。ニーナは馬車の手配に実家に戻った。俺は食料の調達だ。
食料は市場でそろえればいいだろう。俺は事務所に行き、赤い髪のココルに合宿の話を伝えた。
「野外での武者修行ですね!」
赤い髪を縛ったココルは、両手を握り気合いを入れる。
「ああ。女性陣が泊まる馬車は、ニーナが手配してくれる。俺とココルで、食料の準備をして事務所に置いておこう」
「アステル様は、どこで寝るんですか?」
「馬車の横にテントを立てて寝るよ。さすがに、女性陣に交じって寝るわけにはいかないだろう」
「私もアステル様と一緒のテントがいいです。その方が修行になると思いますので!」
俺はココルの体を、頭から爪先まで見る。子供のような体型だが女性らしさもある。何か間違いがあったらまずいし、疑われること自体もよくない。
「いや、ココルもグラノーラたちと一緒に馬車で寝ろ」
「ずるいです。私もアステル様と同じ修行がしたいです!」
説得するのに、けっこうな時間がかかってしまった。そのあいだマルは、にやにやするだけで助け船を出してくれなかった。
◆◆◆
ココルと一緒に市場に向かった。田舎の市場は朝しか開いていないが、王都の市場は夕暮れ近くまで開いている。
保存の利く食料や水袋を買った。水は前日に井戸からくめばいいだろう。鍋や塩や薪も買った。一泊二日だから、それほど大量にはいらない。
市場と事務所を何度か往復しているうちに日が暮れた。準備はこんなところだろう。魔法学校に戻る前に、少しココルと修行をする。徒手と霊撃での組み手を数回おこなった。
「ココルもだいぶ霊撃に慣れてきたな」
組み手を終え、汗をぬぐいながら今日の感想を言う。
「でも、物体化はまだ何もつかめていません。事務所の番をしているあいだに、いろいろと試しているんですが。アステル様、何かコツとかあるんですか?」
「コツかあ」
俺は難しい顔をする。
俺が自分の意思でできたのは、グラノーラを守ろうと必死になった瞬間だ。それ以前から使える状態にはなっていたとマルは言っていたが、どの時点で準備が整ったのか、俺はまるで把握できていない。
マルに聞いてもいいのだが、言語化して教えるのも修行の一環だと言われそうだ。
「おそらくだが、魔力の霊体化と、その形状の変化ができるようになった時点で、物体化の準備は整っているのだと思う。
霊体化と物体化は表裏一体だから、やり方は基本的に変わらないのだろう。
俺の場合は、物体化したいという過度の集中で達成できた。意識の矛先を、霊体から物体に無理やり変える必要があるのだと思う」
できてしまえば当たり前のようにおこなえる。ただ、できない場合は、どうやればよいのか分からない。
「魔法の歴史で物体化が発展しなかった理由は、何となく想像できる。霊体化よりも著しく効率が悪いからだ。
俺の場合は、一回で魔力がほとんど空になる。そんなことに使うぐらいなら、剣で切ったり、短剣を投げたりする方が効率がいい」
「それは、まあ、そうですね。でも、できるようにはなっておきたいです」
ココルは集中して修行を始める。俺は事務所を出て、魔法学校へと引き返した。




