7.4 魔法と剣
なぜ子供が、古い魔法の知識を持っているんだ。ゼロから思いついたのか。それとも誰かに教わったのか。
「考えるな、行動しろ。子供を刺し殺せ。建物内に罠はない」
マルが冷たい声で言う。自分の心臓が早鐘のように鳴っている。
建物に到着した。考えている暇はない。一歩踏み込み左を見る。
小さな体が見えた。ぼろぼろの服を着ている。目は虚ろで焦点が合っていない。サイズは、マルが言ったとおりに子供だ。七、八歳ぐらいの体格に見える。俺はこの子供を剣で貫かなければならない。
「アステル、刺せ!」
マルが叫ぶ。俺は固まった体を無理やり動かして剣を突き出す。
剣の切先は空を切った。敵の姿が消えた。どこに行ったんだ。背筋に恐怖が走る。
「上だ!」
マルの声だ。俺は上を向く。俺の身長よりわずかに上の位置にある天井に、小さな体がヤモリのように張り付いていた。
「首に紐をかけられた!」
マルが叫ぶ。俺は、素早く首と紐のあいだに手を入れて絞殺を防ぐ。
俺は滑らかに体を動かす。空いている手で剣を天井に向けて突き刺す。敵が天井から消えた。首の紐が緩んで、するりと抜ける。
「下だ!」
視界の中にいないということは背後だ。一歩前に出つつ、剣を振り下ろしながら背後を向く。
敵はカエルのように足元で構えていた。わずかに動いて俺の剣をかわす。
くそっ。いったい、どんな速度だ。それに人間ではありえない動きをしている。
壊れそうなほどボロい天井に、一瞬で張り付いて音を出さなかった。
今度は埃だらけの床に着地して、埃を一つも舞い上げていない。
よくよく観察してみると、ここには足跡が俺のものしかない。だからこれまで多くの人が探しても潜んでいる場所がばれなかったのか。
いったい、どうやっているんだ? 物体化で、床や壁の上に小さな足場を作っている。何もない虚空に足場を作らないのは、魔力のコストの関係だろう。
隠蔽と足場、餌と足場、敵は最低でも二つの魔法を同時に使える。餌を解除すれば、他の魔法を使ってくる可能性もある。
二種類の行動は、こちらもできるんだよ。
俺は相手に向けて剣を突き出す。同時に死角に向けて霊撃も放った。
「ぎゃっ!」
悲鳴が背後で上がった。すぐに向きを変えて、剣を横向きに旋回させる。
相手の目が見えた。敵の目は微動だにしていなかった。完全に虚ろな目。子供がするものではない。死を間際に控えた老人がするような目だ。
両断するつもりで振った。しかし相手の腕とあばら骨を砕いただけで止まってしまった。魔力の物体化による防壁。敵は派手な音を立てて壁を破壊して屋外に飛び出した。
敵の胴を、俺とは別の剣の切先が貫いた。空き地から駆けてきたココルの一突きだった。
犯人は動きを止めた。ココルの剣に支えられたまま、ぐったりとした。
「逃げたぞ!」
マルが大声で叫んだ。
何のことだか分からなかった。
「あそこだ!」
マルが指差した場所に霊魂の目を向ける。小柄な人間の気配が駆けていく。霊体だけの人間だ。
その霊体の人間は、頭が異様に大きかった。ちらりと振り向いた顔には、大きな目が一つだけ付いていた。単眼鬼。俺はそいつのことを、その名前で認識した。
単眼鬼は、廃墟の隙間へと消えた。俺は走って追ったが見失ってしまった。
俺は空き地に戻ってくる。ココルに呼ばれて犯人の死体を確認した。
「アステル様、死体です」
「ああ、死んだからな」
「違います。剣を刺す前から死体でした。生きている人間の手応えではありませんでした」
俺は驚いて、先ほど戦った子供の体に触れる。
冷たかった。腐敗はしていないが死んでからかなりの時間が経った肉体だった。そして、俺が触れた死体には、魔力の残滓はなかった。
この死体も、被害者だったのだろうかと思った。
◆◆◆
俺とココルは、現場の保全をラパンの配下に任せて、ラパンのアジトに行った。
俺たちはラパンの部屋に行き、犯人の死体の処理を頼み、詳細を説明した。
「死体を操り、肉体を乗り換える霊体の人間。そういうやつが存在するのか?」
ラパンは困惑しているようだった。まるで物語の悪鬼のような存在だ。俺はそいつの姿を見て、単眼鬼と呼ぶことにしたと伝えた。
「単眼鬼は逃げました。だから、完全に解決したとは言えません。
子供を誘い込んで絞殺するという方法は控えるかもしれません。しかし、その場合は他の方法で魔力を集めようとするでしょう。敵は目的を達成していないはずですから」
敵の行動は途中で妨害された。ふつうに考えれば次の策に移行するはずだ。
「警戒は続けないといけないというわけだな」
「そうなりますね」
ラパンはため息をついた。事件はめでたく解決というわけではないからだ。俺もすっきりしない結末だなと思った。
俺はココルと事務所に戻った。机の上にマルが現れてココルにも見える状態になった。
「マル、ココル、すまん。取り逃した」
俺は二人に謝罪した。
「アステル様は悪くないですよ。私も取り逃してしまったわけですし」
ココルは、必死に俺をかばおうとする。
マルは口をつぐんだままだ。どうしたのだろうと思って声をかける。
「うむ。あの体は似ているな」
「何にだ?」
「『霊魂義体』だ」
マルの姿を構成している霊体による義体だ。霊魂だけの体は、言われてみればそっくりだ。
「マルが作ったものなのか?」
「いや、違う。ああいったものは見たことがない。少なくとも頭部はまったく異なっていた。私の『霊魂義体』は人間の顔だろう」
「ああ」
「あいつの頭部はカラクリ装置のようだった。頭部を構成する箱。周囲を見るための目。必要な機能の部品だけで構成した、いびつなものだった。少なくとも、あそこだけは『霊魂義体』とはまったく似ていないものだった」
「確かにそうだな。人間を引き算して再構成したような頭部だった」
「あれはいったい何だ? あるいは五百年のあいだに変化した何かなのかもしれないが」
マルは真剣な顔をしている。単眼鬼は、マルが知らない魔法なのかもしれない。
「なあ、マル。あいつは魔法使いで間違いないよな?」
「ああ。私たちと同じように、五百年以上前の魔法を知っている者に、間違いないだろう」
俺は唾を飲み込んだ。そして、マルの言葉を重く受け止めた。




