5.3 お友達
放課後までに、ニーナのことを調べた。やはり、いじめがあったらしい。入学当時の彼女は、長い髪をしていたそうだ。
授業が終わったあと、グラノーラを誘って食堂に行った。二人でおやつを食べながら、ニーナに接触するなら手伝うと話した。
「どうしたのアステル。熱でもあるの?」
「いや、お嬢の提案に乗ると言っただけなのだが」
「キモい。急に心変わりして」
「じゃあ、俺はどうすればよかったんだよ」
俺はクッキーに手を伸ばして不満そうな顔をする。
「まあいいわ。アステルが乗ってくれたならば、気が変わらないうちに動きましょう。さっそく彼女の部屋に行って話をしましょう」
「今からか?」
「善は急げよ。それとも都合がいい日があったりするの?」
「いや、ないが」
「それじゃあ行きましょう」
グラノーラは、素早くクッキーを口に放り込んだあと、残ったクッキーをハンカチで包んだ。ニーナへの手土産にするつもりか。いや、自分用のお菓子なのかもしれないと考え直す。
宿舎に着いたら、グラノーラはポケットから紙を出した。ニーナの調査書だ。部屋番号を確かめてその前まで移動する。
ニーナは貴族ではないので、狭い部屋が割り当てられている。俺とあまり変わらない。扉をノックして反応を待った。
「はい」
警戒した声だ。髪の件を思い出す。下手に扉を開けたくはないだろう。俺はグラノーラに視線を向けて、声をかけるように促した。
「グラノーラ・フルールです。あなたと話がしたくて来ました」
判断に困っているのだろう。そもそもグラノーラの名前を知らないのかもしれない。貴族でなければ、田舎に住んでいる伯爵の名前までは、把握していない可能性がある。
「俺はアステル・ランドールだ。彼女の幼なじみだ。俺たちはどこの派閥にも属していない。何か手助けが必要かもと思ってここに来た」
しばらく返事はなかった。そして扉がそっと開いた。少しおびえた顔が見えた。廊下の左右を見渡したあと、俺たちを中に招いてくれた。
部屋にはベッドと机と椅子と本棚しかない。俺の部屋と同じだ。ニーナは、座るところがないことを詫びたあと、グラノーラに椅子を提供してくれた。
この中で、グラノーラの身分が一番高いことを把握している。それならば、俺たちのことを知っているのだろう。
「あの、どういったご用件でしょうか?」
緊張している。何か手助けと言われてもピンとこないのだろう。そう言った俺自身も、何をすればよいのか分かっていない。俺が気まずそうにしていると、グラノーラが笑顔で話し始めた。
「ニーナさん。この学校に話し相手はいるかしら?」
「いえ」
「人はね、話し相手がいないと心がすさむの。それも、ただの話し相手じゃ駄目。対等な相手や、尊敬できる相手でなければならないの」
「そうなんですか? そうかもしれませんね……」
だいぶ、まいっているな。この学校に来てから、ろくなことがなかったのだろう。
「だからね、私たちが来たの。ニーナさんと、私と、アステル。この三人で、対等なお友達になりましょう」
「えっ?」
ニーナは驚いた顔をする。
「グラノーラ様は、フルール伯爵家のご令嬢で、アステル様は、ランドール男爵家の跡取りですよね」
身分コンプレックスが骨身にまで染み込んでいるようだ。そうした心情になるような仕打ちを受けたのだろう。ここは少し、俺も口をはさんだ方がよさそうだ。
「気にする必要はないぞ。お嬢は友達と決めたら、誰とも友達になる。領地に帰れば友達だらけだ。農夫の子供も、屋敷の召使いも、家来筋の俺も、みんな友達だ。
俺もまあ、貴族ってことになっているが平民に毛が生えたようなものだ。祖父の代に貴族になった新参貴族だ。魔法学校に来た理由は、俺が魔法使いと認められないと平民に逆戻りするからだ。
そもそも身分なんて、ガチャで何を引くのかと一緒だ。そんなんで偉いとか偉くないとか、アホらしいからな。
お嬢は俺より勉強ができない。それで身分が上だから偉いとか言われても、そうですかといった感じだしな」
「勉強は、そのうちアステルを追い抜くわよ!」
「はいはい、頑張ってください」
俺たちがギャーギャーと言い合いをしていると、ニーナがぷっと噴き出した。
「す、すみません」
ニーナが慌てて両手を振る。俺はニーナに笑みを向ける。
「ニーナさん、俺たちの前ではそれでいいぜ。ずっと身を縮めていたら疲れるだろう」
「そうよ、ニーナさん。一緒にアステルをやり込めてあげましょう。私、アステルに、口では敵わないから」
「えっ、お嬢の方がいつも俺をやり込めているだろう。それに、俺は二人の共通の敵なのかよ?」
ニーナはくすくすと笑う。どうやら緊張はほぐれたようだ。
グラノーラは嬉しそうな顔をして右手を出した。
「さあ、ニーナさんも手を出して。アステルも。三人で握手をしましょう。これは同盟よ。私たち三人の仲良し同盟」
俺は手を出してグラノーラの手に重ねる。ニーナも手を差し出して重ねた。
ニーナは俺たち二人を見て涙を浮かべる。
「はい、よろしくお願いします」
「ふふ、それじゃあ、同盟結成のお祝いよ。クッキーを持ってきたの。三人で食べましょう」
グラノーラは膝の上でハンカチを広げる。食堂で包んできたクッキーをさっそく口に運んだ。
「お嬢、一人で全部食べるなよ。ニーナさん、早く食べた方がいいぞ」
「グラノーラ様、アステル様……」
「グラノーラって呼んで。様はいらないから」
「それは、さすがに。それでは、グラノーラさんと呼びます」
「俺はアステルでいい」
「それもちょっと、アステルさんでいいですか? あと、私のことはニーナと呼んでください。さんは、いらないです」
俺とグラノーラは顔を見合わせる。まあ、その方が打ち解けやすいかと判断する。
「分かった、ニーナと呼ぶよ」
「ニーナ、クッキーをどうぞ」
グラノーラは笑顔で一枚渡す。ニーナは笑顔で受け取り、口に運んで頬張った。どうやら、うまくいったようだ。俺はニーナの表情を見て安心した。




