25.8 本物の魔法使い
単眼鬼を瓶に捕らえた俺は尻もちをついた。荒く息をはき続ける。しばらくは動けそうもなかった。
グラノーラが、倒れているメザリアのもとに行き、『癒やしの手』の魔法をかける。
メザリアの鎧や盾や鉄槌は消えている。気を失っていたメザリアが目覚め、何が起きたのか分からないという様子で周囲を見渡した。
「いったい、何があったのですか?」
メザリアはおびえているようだ。乗っ取られているあいだ意識がなかったのだ。そして目覚めたら貧民街の廃屋だらけの空き地にいたわけだ。困惑するのも無理がないと思った。
ダンロス公爵家の兵士たちが立ち上がる。先ほどまで戦っていたのだ。これはまずいと俺は思う。グラノーラが彼らの方を向いて立ち、威厳のある様子で声を出した。
「みなさん、いったん剣を収めてください。私はグラノーラ・フルール。フルール伯爵家の長女です」
兵士たちが動きを止める。他の貴族の家と争うのならば、主君の命が必要だ。彼らはメザリアの様子を窺う。
「メザリア・ダンロス公爵令嬢は、悪い魔法使いに心を奪われていました。その悪い魔法使いの魔法を、我が配下、ランドール男爵子息のアステル・ランドールが瓶に捕らえました」
俺は、単眼鬼を捕らえたガラス瓶を高々と上げる。
「このあとの処理は、フルール伯爵家とダンロス公爵家の話し合いによっておこなわれます。剣を収め、まずはメザリア公爵令嬢を屋敷へと送り届けましょう」
グラノーラの言葉に、ダンロス公爵家の兵士たちは従った。この場所で戦うように指示を出したメザリアは、何も覚えていない様子だ。兵士たちにとっても、メザリアの命令は不可解なものだったのだろう。
「メザリア様は、私たちが運びます」
年長の兵士がグラノーラに声をかける。
「あなた方に聞きたいことがあります。ココルという少女が囚われていると聞きました。ご存じですか?」
兵士たちは顔を見合わせる。ダンロス公爵家の馬車に、一人の少女がおり、寝かされているという。
「今回の件に巻き込まれた市井の少女です。フルール伯爵家で保護します。ここに連れてきてください」
兵士の一人が抱えてくる。ココルは眠らされているようだった。
「アステル、任せたわよ。私は事情の説明のために、メザリアに同行するわ」
俺がうなずいたあと、グラノーラは兵士たちと歩きだした。
貴族同士の話はグラノーラに任せよう。俺は息を整えて立ち上がり、ココルの様子を窺った。
軽い寝息を立てている。顔色はよいようだ。軽く揺すった。目を覚まして不思議そうな顔をしている。
「あれ、アステル様。ここは?」
「無事でよかった」
俺は笑みを浮かべる。ココルは自分が拉致されたことを思い出して懸命に詫び始めた。俺はココルの頭をなでてやり、落ち着かせた。
空き地に、フルール伯爵家の兵士たちが出てくる。シャントン家から派遣された冒険者たちも出てきた。
暗殺組織ジンの者たちは遠巻きに見ているのだろう。フィーだけが空き地にやって来た。
「パロス先生は捕まえられたか?」
俺はフィーに確認する。
「うまく逃げられた。何せ魔法使いだからな。それもかなりの高位だ。魔法をいくつも持っていたよ」
それはそうか。『心を読む』の魔法だけしか使えないということはないはずだ。そんな魔法使いが本気で逃げたのなら、捕まえることは難しいだろう。
「ほらよ」
フィーは小さな箱を投げてきた。俺は受け取る。金色の箱だ。重さからして、表面に金箔を貼っているようだ。
「パロスが隠れていた場所に置いてあった。おそらく、おまえ宛のプレゼントだろう」
俺は箱の中を霊魂の目で見ようとする。中をのぞくことはできない。箱全体に霊体を充填してある。
蓋を開けた。魔法が入っていた。鍵だ。俺は視界の隅を見る。固まったままのマルがいる。おそらく、『霊魂義体』の凍結を解くための鍵だ。
「何だそれ。魔法みてえだが、信用して使っていいのか?」
フィーが、疑い深い声で言う。
「危険なものではないだろう。やつの目的は、魔法使い同士を競わせて魔法の発展を促すことだからな」
俺は、霊体の鍵に魔力を注ぎ込む。魔法が発動した。『霊魂義体』の凍結が解けた。マルが再び動きだす。
「……私はどうやら、魔法をかけられて動けなくなっていたようだな。いったいどうなった?」
マルが周囲を見渡して聞く。
俺は、汗と土で汚れた顔で笑みを浮かべる。
「俺たちの魔法で、単眼鬼をメザリアから引き離した。そして、このガラス瓶に閉じ込めた」
瓶を掲げて笑みを浮かべる。
「おまえがやったのか?」
マルが驚いた顔で言う。
「俺じゃない。俺たちだ。
マルが言っただろう。二回目の偉業は一人では成し得なかったと。それぞれ異なる興味を持った仲間たちがいたからこそ実現できたと。俺も同じだよ」
この一週間のことを話した。誰が何をしたかを伝えた。全員の力が合わさり、それぞれが工夫して、目的の魔法を作ったことを説明した。
「アステル、おまえは本物の魔法使いだ」
マルが笑顔を見せた。心から称賛している顔だ。
「本物の魔法使いか」
俺は照れくさそうに鼻の下をこする。
「早く、本物の大魔法使いになりたいな」
屈託のない顔で、俺は本物の大魔法使いに夢を語った。




