25.4 誘拐
気づくとグラノーラが俺の顔をのぞき込んでいた。
「アステルが目を覚ましたわ!」
横を向いてグラノーラは言う。天井が見えた。俺の部屋のベッドだ。ニーナとウルミが駆けてきた。俺は上半身を起こして、今がいつなのか尋ねた。
「アステルが倒れているとパロス先生が背負って連れてきたの。それから二時間ほど眠っていたわ」
俺は頭の中と感情がぐちゃぐちゃになる。
「マル」
自身の体に宿った転生者の名前を呼ぶ。視界の隅にいた。固められたときと同じ距離と姿勢で、俺の近くに浮いたままだ。
「何があったの?」
グラノーラが心配そうに尋ねる。
「そうだ、ココルだ! 事務所に行かなければ!」
「いったいどうしたの?」
「走りながら話す」
「分かった。ニーナ、ウルミ、私はアステルと一緒に走るから、あとから追ってきて」
「はい」
俺は剣と精霊瓶を手に取り、部屋を飛び出した。
宿舎を出て、入り口で外出届を書き、グラノーラと一緒に王都の歩道を駆けていく。
「それ、本当なの?」
「嘘を言ってどうするんだ!」
事態を把握したグラノーラは顔を青くする。俺が昏倒するまでに起きたことが、嘘であって欲しいと思っているようだった。
事務所に到着した。扉を開ける。中にココルはいなかった。代わりに、パン屋のタラバルの奥さんが青い顔で立っていた。
「パンを届けに来たら、ココルちゃんがいなくて、あの張り紙が」
指差した張り紙を見る。ココルを預かったという内容の張り紙だ。部屋を見渡す。争ったあとがある。破壊の跡がひどい。血も多く飛び散っている。ココルは手練れだ。何人がかりでここを襲撃したのかと思った。
「本当のようね……」
グラノーラが力のない声で言う。
「一週間後の正午に、最初の空き地で魔法対決」
単眼鬼が出した条件と同じ内容が、張り紙にも書いてあった。俺は座り込んで背を丸める。やつは準備期間を与えると言っていた。いったい何をすればいいんだ。
「アステル、立って!」
「お嬢、俺はもう駄目だ」
「立ちなさいアステル。これは命令よ!」
俺はのろのろと立ち上がる。
「魔法対決をするんでしょう!」
「しかしいったい何をすればいいんだ」
「メザリア・ダンロスの体から、単眼鬼を追い出して、ココルちゃんを救う。簡単なことよ」
「だから、いったいどうやって。俺にそんなことをする力はない。マルも封じられている。無理だ。俺は偽物の魔法使いなんだからな」
「じゃあ、本物の魔法使いになりなさい! 敵の魔法の設計図はある。その設計図を解読して、逆の効果を持つ魔法を作ればいいじゃない!」
「俺に魔法の設計図は解読できない。それに、俺一人で一週間でできるとは到底思えない」
「パロス先生は競い合うことを求めていたのよね。そしてあなたの実力を知っていた。
本よ。パロス先生の研究室には、魔法についての本がある。そこに必要な情報があるんじゃない? それにアステル、あなたは一人じゃないわよ。私もいる、ニーナもいる、ウルミもいる、全員で手分けすれば間に合うかもしれないじゃない!」
グラノーラは力を込めて言う。絶望の底に沈んでいた俺の前に、手が差し伸べられたような気がした。
「お嬢、一週間学校をさぼってもいいか?」
「緊急時だもんね。いいわよ、許可してあげる。ついでに私もさぼる。ニーナとウルミもさぼらせる」
「一週間で時間は足りるのか……」
「何よ、悲観的ね。一週間徹夜すれば大丈夫よ。『癒やしの手』で疲労は全部回復してあげる」
グラノーラは笑顔を俺に向けてくる。
「お嬢、ありがとう」
俺は目に涙を浮かべて言う。
「大丈夫よ、いつものことじゃない。私の尻ぬぐいはアステルがして、アステルの尻ぬぐいは私がするの。
それじゃあ、急いで帰って取り組むわよ。あっ、タラバルさん。パンはいただいていきます」
「えっ? あっ、はい、どうぞ」
グラノーラはパンが入ったかごを受け取る。そして俺たちは事務所を出て、再び魔法学校へと駆け出した。




