25.3 偽物の魔法使い
単眼鬼が肉体の器として狙うのならばメザリア・ダンロスだろうということが分かった。伯爵家の馬車で魔法学校に戻った俺たちは、グラノーラの部屋に仲間を集めた。
俺とグラノーラ、ニーナとウルミでどうするか相談する。
「伝えて警戒してもらった方がよさそうだな」
俺がつぶやくとニーナがうなずいた。
「この件、メザリアさんは、まったく知らないでしょうから」
メザリアだけでなく、彼女の派閥の誰も知らないだろう。
「メザリアさんって、アステルさんたちと対立しているんですよねー。放っておいてもよいのでは?」
ウルミが手を挙げて言う。ウルミは、人間関係については薄情な面が強い。特に仲間でない相手なら、無視すればよいと考えている。
「対立しているかは関係ないわ。狙われている人がいて、そのことを知っているのなら助けるのが当然よ」
グラノーラに言われて、ウルミは体を小さくする。俺は、ウルミが納得するように説明する。
「単眼鬼がメザリアの体を乗っ取ったなら、俺たちと対立していたメザリアの中身が、俺たちを殺そうと考える単眼鬼になる。それが、まずいのは分かるだろう」
「たっしかーに!」
ウルミは納得した。
「アステル。すぐにメザリア・ダンロスに伝えてきて」
「分かった、伝えてくる。お嬢たちは、部屋でお茶会でもしておいてくれ。伝えたら戻ってくる」
俺は席を立ち、グラノーラの部屋をあとにした。
宿舎の廊下を移動して、メザリアの部屋のある場所に行く。場所は知っているが訪れたことはない。ノックしてみたが反応はない。霊魂の目で中を見てみるが無人だった。記念館の方にいるのだろう。
宿舎を出て校内を歩き、記念館に向かう。石造りの建物に入り、ダンロス公爵家の紋章が刻まれている扉をノックした。
自分の名前を告げても取り合ってくれないだろうから勝手に開ける。今日は休日なので、人はほとんどいない。奥の執務机にメザリアがいた。
ざらりとした質感の嫌な空気を感じた。何度かこの部屋に来たことがあるが、そのときとは雰囲気が異なっていた。
部屋にいる生徒たちは、いずれも生気のない顔をしている。奥にいるメザリアは、顔付きが以前と異なっていた。姿形は同じなのに別人が座っているように感じた。
「あんた、誰だ?」
最大限の警戒をしながら奥にいる少女に尋ねる。メザリアは両肘をついて、首をゆっくりと傾けた。操り人形のあつかいに慣れていない子供が、糸を一本ずつ引いて演技をしているようだった。
「中に入っているのか?」
学校内なので帯剣もしていないし精霊瓶も持ち歩いていない。相手が単眼鬼だと危ないなと思いながらも、尋ねずにはいられなかった。
「私はメザリア・ダンロス。おまえはアステル・ランドール」
メザリアの声だが、メザリアの言葉ではなかった。自身の言葉の重さを知り抜いた貴族のものではなく、ただの音声の羅列でしかなかった。
単眼鬼は、メザリア・ダンロスの中にいた十六人の転生者たちを追い出して、彼女の肉体に入ったのだろう。
「一週間後の正午、最初におまえと出会った空き地で、私はおまえと戦おうと考えている。魔法対決をおこなう」
「どういうことだ?」
「私は競うことを望まれている。だからおまえに準備期間を与える」
「今すぐ拘束してやる。そして、おまえを追い出してやる!」
メザリアの中にいるのは単眼鬼で間違いない。どうやって追い出せばよいのかは分からないが、それは拘束してからゆっくりと考えればいい。
部屋の奥にいる少女は片手を上げた。室内にいる生徒たちが彼女の前に立ち、肉の壁になった。
「メザリア・ダンロスには、配下の者が多くいる。私はその一人であるムジカ・フロアに言った。
『名誉を回復したくはないか。アステル・ランドールの拠点に手勢を送り、その場所にいる人間を拘束せよ。報酬はダンロス公爵家の魔法だ』と。
ムジカ・フロアは、アステル・ランドールの王都での動きや、平民の仲間の存在を知っている」
「てめえ!」
ココルが拘束されているかもしれない。俺の頭は怒りで埋め尽くされ、一歩踏み出した。
肉の壁になった生徒たちは短剣を背後から出した。今の俺なら、戦っても何とか突破できる。そう思った瞬間、彼らは自分の喉元に短剣を構えた。
「彼ら、彼女らは、アステル・ランドールが近づけば自決する。おまえが約束を違えれば、この学校の多くの生徒たちが死を選ぶだろう」
俺は拳を握る。爪が肉に食い込んで痛みが走る。目玉が飛び出しそうなほど目に力を込めた。
「アステル・ランドール。おまえは偽物の魔法使いだ。そして私は偽物の人間だ。
おまえは本物の魔法使いになりたがっている。私は本物の人間になりたがっている。その二人が何度も衝突したのはなぜだろうか。
競い合うためだろう。私とおまえは同じ時代に生まれたライバルなのだ」
喉元に短剣を突き付けた生徒の一部が、俺に向けてゆっくりと歩いてくる。
部屋から出て行けということなのだろう。
俺は歯ぎしりをしながら背後へと下がっていく。廊下に出たところで扉が閉ざされた。
単眼鬼が言ったことは本当なのか。ココルは捕らえられているのか。
俺は記念館から屋外に出る。いったん宿舎に戻り、グラノーラたちに話さなければならない。
宿舎に向けて駆けていると、前方に人の姿が見えた。黒服に身を包んだ学年主任、パロスが歩いていた。
相談するか。いや、話しても意味がない。
俺はパロスの横を駆け抜けようとする。その瞬間、魔力の膨らみを二つ感じた。魔法の発動だ。俺は驚いて足を止める。
視界の中にマルの姿が見えた。驚いた姿勢で固まっていた。まるで彫像のようにマルは動きを止めていた。
「『霊魂義体』には弱点があるのだよ。アステル、きみは知っていたかい?」
俺は全身に汗をかきながらパロスの姿を見る。
「『霊魂義体』はね、わずかな魂しか残っていなくても、中に入ることで霊体の体を人間のように動かすことができる優れた魔法だよ。私はこの魔法をよく研究した」
パロスは俺に体を向ける。そして授業のように語りだす。
「『霊魂義体』を別の魔法で固めると、中にいる魂を拘束できるんだ。
鍵がなければ、きみの実力では解放することはできない。鍵は私が持っている。
きみは、きみ自身の魔法で、ライバルと競い合わなければならない。もし、きみが勝てれば、『霊魂義体』を解放する鍵を渡そう」
口の中が乾いていく。舌が口の中で固まって声を出せなかった。
こいつが全ての黒幕だ。そのことを確信する。
今は武器が何もない。霊撃で仕留めようとして魔力を込める。
霊撃を食らった。絶妙の加減で、体の自由だけを奪われる。俺にはできない繊細な攻撃だ。
「私は『霊魂義体』を改造して人工人間を作った。人間の心を作るのには苦労したよ。頭部の部品を取り除き、自分で作った部品を取り付けた。
マルテシア・マルルマールのような繊細な頭部は作れなかった。機能だけは模倣した。一つの目、一つの耳、そして口。
頭部はどうしても大きくなってしまった。表情も作れなかった。大魔法使いと私の実力差を思い知ったよ。
アステル。きみは大魔法使いの直系の弟子だ。そんなきみと、間接的な弟子の私が作った人工人間とが、魔法の発展を競い合う。これほど嬉しいことはないだろう。
私の目に、新しい時代を、魔法の発展を見せてくれ」
再び霊撃を食らった。今度は意識を刈り取るための霊撃だ。俺は地面に倒れ、視界は暗黒に染まった。




