25.2 編纂室
週末になった。グラノーラと俺は、フルール伯爵家の馬車で転生神殿に向かう。神殿への訪問は、グラノーラが事前に告げている。
「どれぐらい情報が得られるかな」
「分からないわね。転生神殿って、重要な施設のわりには、転生のときぐらいしか訪れることはないのよね。私も人生で一度しか行ったことがないもの」
さりげない会話だが、グラノーラには一人しか転生者がいないことが窺い知れる。
下級神官のエピスのもとに通っていた頃に、転生については細々と聞いた。一度の転生で受け入れるのは一人だけ。二人目以降は、数ヶ月程度の期間を置いておこなうということだった。
誰にどの転生者が入っているのかは非公開情報だ。政争のときの弱点に繋がるからだろう。俺もグラノーラから聞かされていない。
一度尋ねたことがあるが、両親から、どの転生者を受け入れたかは誰にも話さないように言われた、と答えた。
たぶん、他の家でも同じなのだろう。俺が、マルを仲間たちに紹介しているのが異常なのだ。
馬車が転生神殿に着いた。グラノーラに従って俺も馬車を降りる。俺はグラノーラの付き人というあつかいだ。俺はグラノーラが用意した大きめの鞄を持っている。
上級神官が迎えに来た。グラノーラはにこやかに話し、俺を連れて神殿の中に入る。
「……ええ。フルール家の転生の歴史を確かめたいのです。私も現在、魔法学校に通い、この国の貴族として研鑽しております。自分の家の歴史を正しく把握しておくことが大切だと感じています」
各家の当主および直系の子孫には、資料の閲覧の権利がある。各家の上層部の特権というわけだが、これには実務的な意味もあるという。
各家に残されている記録と、転生神殿に残されている記録が食い違うこともある。その場合に、家の記録を修正するために、こうした権利があるそうだ。
「ええ、もちろんですとも。記録を持ってきますので、少々お待ちください」
「保管されている場所も見ておきたいですわ。この国の歴史を学ぶことは、私たちにとって、とても大切なことですから」
「ええ、そうですよね。では、ご案内いたします」
グラノーラの優雅な振る舞いに促されるように上級神官は応じた。俺は無言でグラノーラに付き従う。
俺が一人で来たら、こんなあつかいは絶対に受けない。不審な顔をされたり、嫌な顔をされたりするだろう。身分の差は大きいなと思った。
大きな扉の前に来た。扉の上には編纂室とだけ書いてある。
上級神官が扉を開ける。下級神官たちが何人もいて書類を整理している。新しい転生がおこなわれるごとに、多くの書類が作られるのだろう。
書類は歴史とともに徐々に多くなっている。紛失や消失などに備えて複製を作り、離れた場所にも保管しなければならない。また改ざんを防ぐための仕掛けも用意しているはずだ。
「そちらでお待ちください」
執務机に促されてグラノーラは席に着いた。俺はその横で直立したまま控える。
潜入はできたが、ここから目指す情報にたどり着くのは難しい。部外者には、似たような書類が並んでいるようにしか見えない。
「私の情報って、どのように記録されているんですか? ぜひ教えてください!」
世間知らずの貴族が教えを乞う。そうした体でグラノーラは尋ねる。伯爵家にコネを作りたい上級神官は、嬉々として説明する。
転生年月日で整理されている棚がある。また、家門ごとに整理されている棚もある。家門の棚の中には、個人ごとの冊子がある。
また、転生者ごとに整理されている棚や、被転生者の生年月日で整理されている棚など、複数の方法で情報を引けるようになっていた。
今回の件に関わるのは、被転生者の生年月日で整理された棚だ。背表紙を見たが、各年の書類は意外に薄い。詳しい情報は、個人ごとの冊子に記載されているのだろう。
魔法学校は三学年あり、一年の途中の九月から始まる。四年分の冊子を持ち出せれば全学年の生徒の情報を網羅できる。全て合わせても鞄に入るぐらいのサイズだ。人目がある場所で、どうやって手に入れるのか考える。
「ああ、そうだ!」
グラノーラが思い出したように声を上げる。
「転生神殿に行ってお世話になるから、今日はみなさんに差し上げるお菓子を持ってきたんです。アステル、机の上にお菓子を出してください」
「分かりました、お嬢様」
俺は鞄を机の上に置いて中身を出す。
机の上にお菓子を広げると、グラノーラは神官たちを呼び寄せた。伯爵令嬢からのありがたい差し入れに、部屋中の人たちが集まって感謝の言葉を告げる。
そのあいだに俺は、机から遠ざかり、目指す棚まで行き、棚を背にして立つ。後ろ手で鞄を広げて、物体化の魔法で本を奥から押して、複数の冊子を鞄の中に落とした。
鞄を閉じ、何食わぬ顔で人だかりの近くまで戻る。グラノーラは、にこにこ顔で神官たちがお菓子を食べるのを見ている。
おやつの時間が終わった。神官たちがフルール家の情報を探して持ってくる。グラノーラは感心しながら書類に目を通す。そして、お礼を言ったあと編纂室から出た。
俺たちは上級神官に見送られて転生神殿の入り口まで行く。グラノーラは楽しげに談笑している。
「今日は本当にありがとうございました。勉強になりました」
グラノーラは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いえいえ、いつでも来てください。魔法学校の勉強、頑張ってください」
上級神官もにこやかに応じた。
俺たちは伯爵家の馬車に乗り込む。馬車が出発してしばらくして、グラノーラは思いっきり伸びをした。
「疲れた~!」
伯爵令嬢の仮面を脱ぎ捨て、だるんだるんの表情になる。
「お嬢、本物の伯爵令嬢みたいだったな」
「元から本物よ。アステル、見直したでしょう」
「ああ、偉い偉い。うまいこと必要な書類を手に入れられた」
「もう。私を、もっとちゃんと褒めてちょうだい」
「とても偉いぞ、よくやった」
グラノーラは、ぷくっと頬を膨らませた。
俺は鞄を開き、七冊の冊子を取り出す。
「四冊じゃないの?」
「魔法学校に入っている年齢のものだけ盗ったら素性がばれるからな。少し多めに鞄に入れた」
必要なものだけより分けて膝の上に置く。俺はページをめくり、中身を確認した。
「どんぴしゃだ。この年齢の貴族の子女が、いつ転生神殿を訪れたのかが箇条書きになっている」
「回数が多い人をピックアップすればいいのよね。私にも一冊貸して。確認するわ」
俺は一冊をグラノーラに渡す。馬車で移動するあいだに確認を終えた。俺たちはメモに記した名前と訪問回数を突き合わせる。
突出して多い人間がいた。その人物は、俺とグラノーラが知っている人物だった。同じ学年の生徒だ。
メザリア・ダンロスは、十六人の転生者を自らの体に宿していた。




