4.2 指導の修行
ガゼー地区の事務所に、俺はココルと二人でいる。
「よし、ココルを弟子として認めよう。さあ、立て。それでは初めの一歩だ。魔力を霊体化して使い切るところから始めよう」
俺が修行方法を伝えると、ココルは不思議そうな顔をした。
「魔力って何ですか? 霊体って何ですか?」
「あっ……」
俺は完全に失念していた。俺は崖っぷちの状態ではあるが、いちおう貴族だ。魔法や魔力について幼少の頃から知っていて学んでいる。
しかしココルは、おそらく貧民街の生まれだ。魔法については貴族が使うものという知識はあるかもしれないが、魔力や霊体については何も知らないはずだ。まあ俺自身も、霊体については、最近教えてもらったばかりなのだが。
俺はマルに顔を向ける。マルは厳しい顔をして突き放してくる。
「自分で考えるんだ。他人に、自分がおこなっていることを説明するのも修行の一つだ」
なるほど。俺はマルに使い方を習ったが、それは俺の理解に合わせての内容だった。
別の人間の理解に合わせて、噛み砕いて説明する。その言語化が、技術の精緻化を実現するというわけか。これは、修行の一つなのだと理解して、ココルにどう伝えるか考える。
「気配というのは分かるか?」
「何となく感じる『誰かがいるな』という感覚ですか?」
「そうだ。その何となく感じるものが魔力だ。気力や霊力とも呼ぶ。
人間は、目には見えない微かな力をまとっている。それは靄のようなものだ。そして魔力は、体に影響を与えるものや、心に影響を与えるものに、形を変えることができる。体の方は物体化、心の方は霊体化という。
ちょっと待て。図にしよう」
机の引き出しから、卓上サイズの黒板を出して、チョークで図を描く。魔力は人間の周りにある。魔力は物体と霊体に変換できる。そうした図を描いた。
「見えない力ですか」
ココルは両手を上げてしげしげと見る。
「魔力を霊体化して刃の形に整える。その霊体で、敵の心にあたる霊魂を傷つければ、相手は切られたと錯覚する。それが、俺がココルと戦ったときに使った技だ」
ココルは尊敬の眼差しで俺を見上げる。
「それは、どのようにすれば身に付けられますか?」
俺は部屋をぐるぐると周りながら考える。まったくの素人に、純粋魔法をどのようにして身に付けるか説明するには、どうすればよいか。
「まず、魔力を認識できなければ始まらないよな」
しかし、その方法が分からない。
魔力自体は、マルに魔法を習い始める前から、何となく認識できた。
自分はどうやって魔力を認識したのだろうか?
初めから素養があった? そんなわけがない。
俺の家は、祖父の代で初めて魔法使いとして認められた。それ以前には魔法使いはいない。それでも魔力の存在を知ることができた。
人間は、きっかけがあれば魔力を認識できる。多くの貴族が魔法を使えるということは、他人にきっかけを与えることもできるはずだ。
太古の人類が魔法を身に付けたということは、自然現象からきっかけを得たはずだ。
しかし、ほとんどの人が魔力を認識していないということは、魔力を知るきっかけはあまりないのだろう。
俺はマルを見た。
「思考するのも魔法の修行だ」
すぐには答えを教えてくれないようだ。
人間の歴史をさかのぼってみよう。
かつての人間は、狩猟と採集で暮らしていた。周囲には多様な自然があった。自然の中には、魔力量が多い生物もいたはずだ。そうした生物との戦いで、魔力を認識できたのではないか。
その後、人間は村を作り、都市を作り、自然と触れ合う機会が激減した。
「マル。他人の魔力との相互作用が、魔力の存在に気づくきっかけだと思う。相互作用を人間同士でおこなうためには、どうすればいい?」
質問の仕方を変えた。魔法の歴史を想像して、より具体的な内容にしてみた。
「私が言うことを復唱して、ココルに伝えろ」
俺はうなずき、ココルに向けて話す。
「両手の指を広げて前に突き出すんだ。目を閉じて指先に意識を集中しろ。
今から俺の指を、ココルの指に近づける。どの指に近づいているのかを当てるんだ」
「分かりました」
ココルは言われたとおりにする。
俺は、人差し指の先に魔力を集中して近づける。最初はほとんど正解しなかったが、何度も繰り返しているうちに少しずつ正解の回数が増えていった。
俺とココルの指当ての様子を見ながら、マルが語りかけてくる。
「いいか、アステル。指は意識を集中しやすい場所だ。指での正解率が九割を超えたら、体の各所で同じことをやれ。そうすれば自分の周囲を覆う魔力を認識できるようになる。その後は、魔力の集中と操作へと進む。
こうした基本的な修練方法も現代では失われている。それはおまえの反応を見てもよく分かる。
あるいは大貴族たちは、こうした方法を知っていて、秘伝として保持している可能性もあるがな」
ココルが息を切らして尻もちをついた。分かる。俺も、魔法の訓練ではすぐに体力が尽きる。
「パンでも食べるか?」
「はい」
かごいっぱいのパンに手を伸ばして、二人で千切って食べ始めた。




