23.2 浴場と交流
旅塵を落としてからの方がよいだろうと言われて、浴場で風呂を浴びることを提案された。着替えはシャントン家で用意するらしい。
正直に言って助かると思った。旅から帰ったばかりのよれよれの格好で、富商と食事はどうなのかと考えていた。商会の離れには浴場もあり、俺は男向け、残りは女向けの入り口から中に入っていった。
「タタカ洞窟の宿屋では、水を浴びるぐらいしかできなかったしな。こういう施設があるのは、都会の富裕な家ぐらいだよな」
ふだんは魔法学校の宿舎の風呂を利用している。実家では風呂桶にお湯を入れて浴びるぐらいだ。
入り口で手ぬぐいを渡された。浴場では石鹸が利用できるが、持ち出しは禁止だと、入り口にいる者から言われた。
俺は服を脱いで浴場に入る。
浴場は広々としており、湯船も数人が同時に入れる大きさがあった。この浴場は、商会に出入りする多くの人が利用しているのだろう。
維持には金がかかりそうだ。しかし、こうした施設を利用できることは、この商会に属している人間には大きなメリットのはずだ。
俺は体を洗い始める。戸が開いて人が入ってきた。商会の人間なら邪魔をしたら悪いなと思い、端の方に避けた。
「横に失礼するよ」
「どうぞ」
「魔法学校ではお世話になっております。ニーナの父です」
「えっ!」
俺は驚いて隣に座った男性を見た。先ほどまでグラノーラ相手に話していたニーナの父親だった。
「えー、あー、アステル・ランドールです」
自己紹介をした。
「ガラト・シャントンです。以後お見知りおきを」
ニーナの父親は、慇懃に頭を下げた。
「えー、何で風呂で?」
「いや、アステル殿には、ざっくばらんな方がよいだろうと思いましてな」
ガラトは豪快に笑う。まあ、ニーナの教育方針を聞く限り、地位など関係なく懐に入っていくタイプなのだろうなとは思う。
「先ほどの挨拶のタイミングとか、食事のタイミングとかでもよかったのではないですか?」
いきなり裸の付き合いをされても困るなあ、と思いつつ尋ねる。
「娘がいないところでお礼を言いたいと思いまして。
娘に聞きました。学校で孤立して迫害を受けていたと。そのときに救ってくださったのが、アステル殿とグラノーラ様だと」
「俺は、お嬢に――グラノーラ様に言われて動いただけです。礼ならグラノーラ様に言ってください」
「グループの実質的なリーダーはアステル殿だと娘に聞いています。そして、娘は教えてくれませんが、アステル殿は何か大きなことをしようとしているようですな。
何か必要なことがありましたら、シャントン商会にお声がけください」
断るのも失礼だと思い、素直に頭を下げた。
「頼った際には、ぜひよろしくお願いします」
「ははは、こういうのは、みんながいる場所でグラノーラ様を飛び越えて話すわけにはいきませんからな」
まあ、確かにそうだ。
「そういえば……」
世間話のつもりで尋ねてみることにした。
「帰りの馬車旅の途中で、護衛の方に天使教殺人事件という話を聞いたのですが。
王都であった事件で、内容は茸についての夫婦の争いだったと聞いたのですが」
「情報が早いですな」
ガラトは体を洗いながら答える。
「どうもその茸とやらが、天使教の御神体だそうで。悪い気を取り除くとか、そういう売り文句だそうです」
ああ、だから茸殺人事件ではなく天使教殺人事件なのか。ようやく謎が解けたと思い、すっきりした。
「天使教って、けっこう流行っているんですか?」
聞いたことがなかったので尋ねる。
「それが、私もこの事件のときに初めて聞いたんですよ。世情には疎い方ではないと思うのですが」
ガラトは不思議そうな顔をする。情報に敏感な商人が知らなかったというわけか。それは謎だなと俺も思った。
風呂ですっきりしたあとは、商会の建物の会議室で夕食をとることになった。食事とはいえ形式張ったものではない。テーブルに並んだ大皿料理を自由に取るというものだった。
「娘からいろいろと聞いて、グラノーラ様たちには、こういった形式の方がよいと思いまして」
「素晴らしいわ! 全部自由に食べられるじゃない!」
グラノーラは大喜びだ。これなら、ココルやウルミも作法など気にせずに食べることができる。ガラトの配慮に俺は心の中で感謝した。
食事はなごやかに進んだ。俺たちは腹一杯食べて満足した。最後はお土産のお菓子までもらって、馬車で送られることになった。
「それじゃあ、ニーナ。また学校で」
「はい、グラノーラさん、アステルさん、ウルミさん、また学校で。ココルさんは事務所でまた」
俺たちは見送られて馬車で出発した。シャントン家の御者の運転で、まずは事務所でココルを下ろした。
「ココル、事務所は任せたぞ」
「はい、アステル様!」
ココルは元気よく言う。
「俺たちは、魔法学校まで」
「はい、かしこまりました」
御者はにこやかに返事をする。
馬車は魔法学校の門の前に着いた。すでに日は落ちていて、門の守衛部屋や学校の宿舎には明かりがついていた。
俺たちは御者にお礼を言って、魔法学校の敷地に入った。この場所をしばらく離れていたが、妙に静かな気がした。
「まだ帰省している人が多いんだろうな」
「夏休みが終わったわけではないものね」
「何だか寂しくて幽霊でも出そうですね~」
ウルミの言葉を聞いて、俺とグラノーラは噴き出した。
「どうしたのですか、お二方?」
ウルミが不思議そうな顔で尋ねる。
「俺たち、さんざん霊体を操っているだろう」
「今さら幽霊と言われてもね」
そう言ったあと、俺とグラノーラは表情を引き締めた。いや、幽霊ならいたではないか。肉体を持たず、人の体に入っていた単眼鬼が。
また遭遇するかもしれないな。腰にぶら下げた瓶に触れ、次こそは捕まえてやると思った。




