20.8 挿話:少女剣士ココル その3
暗殺組織ジンの当主フィーに会って、修行をつけてもらうように。
それが、大師匠が自分に告げた命令だった。
アステルたちが去り、一人残された事務所でココルは考える。まずはジンに接触しなければならない。
方法は知っている。貧民街の路上で占いをしている者を探して、ジンへの取り次ぎを頼む。
全ての占い師がジンと提携しているわけではないので、ハズレもある。しかし、何人かの占い師の顔を、ココルはすでに覚えていた。
軽装の防具を着け、剣を帯びる。薄手のローブを羽織り、事務所を出た。覚えている裏道に行くが、占い師はいない。今日は別の場所かと思い、いくつかの場所を回った。
路上でガラクタを売っている者が並んでいる場所に、目指す占い師がいた。その前に立ち、声をかけた。
「ジンに取り次いでください」
「あんた、最近身なりがよくなったね」
路上生活をしていた頃に、何度か顔を合わせている。
この辺りではアステルの決闘代行事務所は、それなりに名が通るようになっている。ココルが、そこで働いていることを知っている者も少なくない。占い師も、そうした話を聞き知っているのだろう。
「アステル様の弟子のココルが会いたがっていると伝えてください」
ココルは銀貨を渡す。昔なら銅貨を渡すのが精一杯だった。自分も出世したものだとココルは思った。
「じゃあ、確かに伝えるよ」
占い師は店じまいをして立ち去った。ココルは事務所へと引き返した。
夕方になり、修行をしていると扉が勝手に開けられた。
「よー、ココル。何のようだ?」
前に見たときと違う顔のフィーが事務所に入ってきた。
「折り入ってお願いがあります。これから一ヶ月、暗殺組織ジンで修行をつけてください」
フィーは目を細めてココルを見る。しばらくそうしたあと口を開いた。
「おまえ自身の考えじゃねえな。誰の指示だ?」
「大師匠の……、アステル様の指示です」
アステルは、マルのことをフィーには話していない。そのことを思い出して、慌てて言い直した。
フィーは、蛇のような笑みを見せた。
マルのことを言いかけたのはまずかったかと思った。あるいは誘導するために、誰の指示だと尋ねたのかもしれない。アステル以外の師匠筋がいる前提で。
「うちは暗殺組織だぜ。おいそれと外部の者を招き入れるわけにはいかねえな」
それは、そうだろう。マルは、協力させるところからが修行だと言っていた。
「フィーさんと私は兄弟弟子ですから協力してください」
「うーん、どうするかな。こちらにもメリットがないとな。対価があるなら考えなくもないが」
「すみません。私は、お金はあまり持っていません」
銀貨による支払いはできるようになったが、ふだん貴族や富商を相手にしているフィーに支払えるお金は持っていない。
ココルは泣きそうな顔になりながらフィーを見上げた。
「対価は、金ばかりじゃねえぞ。世の中には、金よりも価値のあるものがいろいろとある」
マルは交渉も修行と言ったが、自分とフィーでは格が違いすぎる。これでは、いいようにあつかわれるだけだとココルは身震いする。
「あの、具体的には、どういうものですか?」
フィーはココルを見ながら舌なめずりをした。明らかに食い物にしようとしているのが、表情から透けて見えた。
「情報だ。アステルが、霊体化や物体化の魔法を学んだ経緯を話せ」
フィーは、アステルの背後に別の魔法使いがいることに気づいている。その情報を引き出すことが、フィーの勝利条件なのだろう。
対してココルの勝利条件は、ジンで修行をつけてもらうことだ。
「私とフィーさんは兄弟弟子です。私の修行には、魔法について学ぶことも含まれていました。お互いに修行をつけ合うというのはどうでしょうか?」
ココルは心の中で考える。大師匠はアステル様に「教えることも修行だ」と言っていたそうだ。
それならば、暗殺組織ジンに鍛えてもらう代わりに、こちらの知識を伝達するのも修行の一環になるだろう。
フィーは他の人に魔法のことは話せない。フィーだけに教えるのならば問題ないはずだ。
「目隠しをして連れていくぞ」
「どこにですか?」
「ジンの村だ。逃げられない場所で修行をつけてやる。おまえも私に魔法の修行をつけろ」
どうやら交渉は成功のようだ。やる気になってくれたようだ。
「分かりました」
ココルは戸締まりをしたあと、机を探して布きれを出す。目を隠して、フィーに手を引かれて事務所を出て行った。
しばらく歩き、建物の中に入り、そこでかなり待ち、馬車に乗せられた。
馬車での移動は、かなり長かった。車輪の音から、街を離れて遠くまで行っているのが分かった。
「もういいぜ。目隠しを外せ」
フィーに言われて、目隠しを外す。そこには、見たことのない村の景色が広がっていた。




