96:忍者。
「後藤さん!? うわっ、なんだこれ」
階段を駆け下り、駐車場へと出たつもりだった。だがそこに駐車場はなく、赤い絨毯が敷かれた廊下が続くだけ。
なんか……なんか見覚えのある光景だけど……どこで見たっけ。
廊下の途中の曲がり角から、次々に人が駆けてくる。
先頭の人が俺を見て一瞬立ち止まるが、すぐにまた走り出し大声で叫んだ。
「た、助けてくれ! 奥からモンスターがたくさんっ」
「たくさんっ!? ブライト、飛びにくいのはわかってる。でも上に戻って冒険者を何組か連れて来てくれっ」
「わかった。任せとけっ。ツララを頼むぜっ」
「とっと、がんばえ」
一瞬デレっとしたブライトは、すぐさま翼を広げて飛び立った。
今なら食品フロアまで同行してくれた冒険者も、まだショッピングモール内にいるはずだ。
一階の人たちも残っているかもしれない。
「こっちです! ここから上の階に上がれますっ」
「う、上?」
「ショッピングモールの食品フロアです! 今仲間が上の階に飛んでいって、冒険者を呼びに行ってもらってます。すぐ駆け付けてくれるはずなので、とにかく階段を上ってっ」
「わ、わかりました。まだ通路の奥に生存者と救助の人たちがいますっ」
上の階にモンスターがリポップしているかもしれない。そんな不安もあったけれど、上の方から犬の声が聞こえ、それが近づいていたから大丈夫だろう。
「サクラちゃん、俺の肩に」
「えぇ」
サクラちゃんを肩車し、奥へとはし……走れない!
駆けてくる人がまだまだいて、波に逆らうのもやっとだ。駐車場にこんな大勢いたのか?
そんなバカな。
角のところまで来ると、曲がった先で後藤さんを発見。
「後藤さん、お手伝いにきたわよっ」
「お、おおぉ、サクラと悟か」
「後藤さん、なんですかここ?」
「ここはショッピングモールの隣に併設されていた映画館側だ。まったく、ぐちゃぐちゃに空間をねじりやがって」
映画館……そうだ。母さんと前に行った映画館でも、こんな感じだった。
赤い絨毯が敷かれた通路。
だけど映画館の通路はこんなに長くない。内装構造だけ似せたのか。
厄介なことに、本来広いはずの通路が一部で狭くなっている。ダンジョン本来の構造が侵食しているのだろう。
その狭い部分は人がひとりがやっと通れる程度の幅しかなく、そこで大勢が詰まってしまっているんだ。
「後藤さん、他の人たちは!?」
「奥だっ。スタンピードが発生して、こっちに流れてこないよう赤城たちと冒険者が食い止めているっ」
「スタンピード!?」
「ヴァイスかツララはいるか!?」
「はい、ツララが。でも疲労が」
食品フロアで揉めていた間も、ツララは休息していた。それでもあれからまだ三十分も経っていない。使えたとして一回が限度だろう。
だけど後藤さんと一緒に、秋山さん、橋本さん、そして山岡さんがいるはずだ。
山岡さんなら――。
「山岡! ツララにマジックポイントチャージを頼むっ」
「りょ、了解! すみません、ちょっと通してください。通して――」
「ツララ。山岡さんに魔力を分けてもらうんだ。スキルが使えるようになるから」
山岡さんは自分のMPを他人に譲渡出来る。譲渡すれば当然、彼の魔力が減るが、そこはポーションで補える。
ツララやヴァイスは人間じゃなく動物だ。傷を治すポーションはいいけど、魔力を回復するポーションがどう影響するかまだわからない。雛ってこともあるし。
それで無闇に魔力ポーションは使わないようにって、化学研究チームにも言われている。
「悟。この先、五十メートルほどの所に三番スクリーンがある。そこに重傷者を寝かせてある。Aランクの冒険者が部屋の出入り口を守っているが、このままじゃ運び出せない」
「わかりました。ツララをそこへ連れて行けばいいんですね」
「頼む。ツララ、ちっちゃいお前に無理をさせて悪いな」
「おひげのおじちゃま、チュララだいじょーぶ」
山岡さんが合流し、ツララに魔力を譲渡。途端に元気になったツララは、翼を広げてパタパタと羽ばたいた。もちろん飛べやしない。
問題はあそこの狭くなっている部分だ。
山岡さんが人の流れに沿ってこちらにやってこれたけど、流れに逆らうとなると……。
「みなさん、止まってください。俺がそちらへ行きますからっ」
とお願いしても、止まる気配がない。むしろ聞こえていないんだろう。
みんな悲鳴を上げ、青い顔をして前に進むことしか頭にないんだ。
一刻も早く向こう側に行かなきゃならないのに。
「悟くん、壁を走ればいいじゃない」
「壁? 走れるわけないだ――走れたんだった!」
「悟っ。山岡も連れていけっ。ヴァイスの回復もしてやらなきゃならねぇだろっ」
「はい! 山岡さん、失礼します」
「え、え? み、三石いぃぃぃっ」
山岡さんを抱き上げ、一旦後ろの方へ下がった。少しでも人がバラけている場所で、一気に駆け出し壁に足を着ける。
「三石いいいぃぃぃぃ。おち、落ちるうぅぅぅぅっ」
「大丈夫です。山岡さん。壁は走れますから!」
ただし歩けない。
側面の壁を走ると、あの狭くなっている部分で頭をぶつけるな。
よし、天井だ。天井を走ろう。
落ちないよな?
実際に天井を踏みしめると、落下することなく走れている。
そして問題の狭くなっている部分では、山岡さんを肩に担ぎ直して――。
「サクラちゃん、しがみつけ!」
「ついてるわあぁぁぁっ」
「山岡さん、腹筋の要領で頭を低く!」
「ひいぃぃぃぃっ」
無事、突破した。




