50:キュート。
**悟くんがリアルタイムで見ている配信コメントと通信のセリフが
同じ『』で表しているため、作者自身が時々「セリフだっけ?コメだっけ?」と
なることなら、通信のセリフはこれまで通り、コメに関しては[]で囲むことにしました。
リアルタイムで見ていないコメは――[]です。過去の分はそのままに・・・
――[今北産業]
――[なんだなんだ?]
――[配信始まったばっかりだから全員今北んだよwww]
――[捜索配信じゃない?]
――[oi リスナーに凄いの来てるぞこれ本物?]
――[ちょww やべーwww]
――[え? ま?]
――[アメリカの超人気歌手きてんじゃんww]
――[ハリウッドスターもいるぞ]
――[うせやん……ほんまや]
――[どっちだよwww]
――[やべえええええええええええええええええええええええ]
――[歌手とか俳優だけじゃねーぞ。超がつく企業の社長とかもいる]
――[あ、俺気付いた。リスナーの中にいる著名人ってみんな動物好きでも有名]
――[動物、だと?]
――[ざわざわ]
――[サクラちゃん!?]
――[まさかサクラちゃんが世界進出!?]
――[この会場、コーヒー牛乳社長が記者会見してた部屋だよな]
――[さっきからバッサバッサ聞こえるの何?]
――[まさかサクラちゃんが……サクラちゃんが世界に羽ばたく!?]
――[それだ]
――[俺たちのサクラちゃんがあああぁぁぁ]
――[これは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか]
――[あ、テロップが出た]
――[読めない]
――[英語とフランス語韓国語……]
――[ドイツ……アラビア?]
「ご視聴のみなさま、間もなく報告会を執り行います。本日は世界各国からご招待した方もいらっしゃいますので、まずは言語のご選択からお願いいたします」
――[言語?]
――[あ、リンクが出て来たわ。なるほどさっきのテロップはその案内か]
――[何か国語があるんだよ。12?]
「それではお時間となりましたので、安虎社長からご報告申し上げます」
――[でた]
――[コーヒー牛乳社長]
――[今日は持って来てないのか]
――[待て。カメラの隅っこにコーヒー牛乳のパック映ってるwww]
――[ぶれない男wwww]
――[あっ誰かが画面外に動かしたぞw]
――[社長チラ見しとるwwww]
――[かわいいw]
――[独身らしいぞ]
――[ごくり]
「こんにちはこんばんはおはようございます。安虎です。本日の配信は、みなさまにご報告したいお話がございまして、この場を設けさせていただきました」
安虎社長の秘書が、机の上に置かれたコーヒー牛乳を撤去した。
あの社長、また銭湯に行っていたのか?
後藤さんが配信するぞって言うんで案内されたのは、ATORA本社ビルの一室だった。
「まずはご招待に快くご参加いただいた各国のお客様に感謝申し上げます」
各国って、いったい何人呼んだんだ。
サクラちゃんがスマホを開いて配信の様子を見ているから覗いてみると……。
「し、同時視聴者数五十万人超えてるって……は?」
「でもね悟くん。これ日本限定の数字なのよ」
「日本限定? どういうことなんだい、サクラちゃん」
「えっと、いろんな国の言語ごとにリンクが違うから――」
「合計視聴者数は千万人超えましたね」
あ、この人、社長の秘書の人だ。って、いっせんまん!?
なんでそんなことに……。
世界のあらゆるジャンルの著名人に発表するって言ってたけど……まさか配信で呼びかけるのか。
「あら。日本でも有名な配信者さんが生ライブ配信してるわよ。ふふ。面白いわね。ライブ配信を配信するなんて」
「な、なんかとんでもないことになってるな。ブライト、スノゥ、大丈夫か? 嫌なら今からでも――」
「いや。ここで逃げたとあっては、これから生まれる子供に情けねぇ姿を見せることになる。僕ぁ子供に自慢できる親になりたいんだ」
「えぇ、そうねあなた。世間に私たちの存在が知られたからって怖くないわ。それよりもこの子を研究者に奪われることの方が恐ろしいもの」
でも世間に知られることで、堂々と研究させろなんて言って来る輩が出るかもしれない。
「心配には及びません。これだけ大々的に発表して、それでもなお研究させろ――などという者がいれば、社会的制裁が下るでしょう」
「そ、そんなものですか?」
「そんなものです」
俺たちが話している間に、社長からブライトとスノゥが日本へやって来た経緯が説明された。
ロシア――という国名は伏せられたけど、そもそもシロフクロウの生息地を考えればすぐバレること。
配信コメントでも既にロシアだろうという話題が出ている。
[二十二年前からこれまで、ロシアはひとりもダンジョンベビーいないんだよな]
[あっこで生成されるダンジョンがことごとく大自然の中だから、巻き込まれた人間もゼロだったろ]
[だからダンジョンベビーを意図的に産ませようとして壊滅したんじゃん]
[ダンジョンを作ってる神様の怒りを買ったとかよく言われてるよな]
[まぁ実験した国の人口密度が高い町とか経済の中心部をピンポイントで破壊されてるからなぁ
[あれは意図的だろ。そうじゃなかったら実験した国がことごとく人口半減とかしてねーよ]
かつては軍事力で世界二位だったロシアは、今じゃTOP50にも入らない。
世界強国ランキングでも同じだ。
ロシアだけじゃない。中国もそうだし、北朝鮮、一部の中東……二十二年前と比べると国力はよくて半分、ほとんどが半部以下になっている。
地図上から消えた国も……。
だからダンジョンベビーの研究は、世界規模で中止になったんだ。
「さ、お二方、出番ですよ」
「おぅ」
「はい」
スノゥは卵を暖めなきゃならないので、カゴに入ったままだ。
そのカゴを俺が運んで、カメラに映る机の上に置く。
――[悟くん!]
――[フクロウ!?]
――[日本へようこそ!]
――[あの中に卵が……尊い]
「ぼ、僕は……ぼぼ……」
「あなた、深呼吸をして」
「う、うん。すぅー……はぁー」
――[あなた!?]
――[あなたって呼ばれたい!]
――[やだもう泣く]
「ぼ、僕の名はブライト。妻はスノゥ。僕らは遥か北の森で幸せに暮らしていたシロフクロウです」
野生のフクロウ宣言だ。
その証拠として野鳥観測グループの、スノゥ観察データが公開された。
二カ月前にロシアで発生したダンジョン生成に巻き込まれて、ダンジョンに落ちたこともデータですぐわかる。
あとこの時点で『ロシアから逃げて来た』ってこともバレバレだ。
そして地上に現れた時には、ある場所で動きが止まっていることもバレバレ。
ネット民が直ぐにその場所に何があるのか調べ上げ、数分後にはそこが軍事施設だってのも視聴者全員が知ることになった。
視聴者……恐るべし。
ブライトたち研究者の手を逃れ、自由に生きたいのだと訴える。
我が子を安心して育てたいのだと。自分たちの手で。
「僕は不当な研究のために我が子を一羽失った! もう二度と……二度と奪われてたまるかっ」
――[そうだ!]
――[許すまじロシア!]
「みなさんの力で、どうか……どうか私たちをお守りください」
――[もちのろん!]
――[うわっ。エゲつねーことが起こってるぞ]
――[ひぃーっ。リスナーの大富豪たちが一斉にロシア企業の株を売却しはじめたwww]
――[50ルーブル一円だったろ? ロシアもう息してないんじゃね?]
なんか集まった記者たちがざわついてるな。
あと、安虎社長が悪い顔をしている。
いったい何が起きているのか、見るのが怖い。
「あっ」
「ど、どうしたおまえ?」
ん?
「卵が……」
スノゥが体を起こし、タオルの上に乗った卵を覗きこむ。
コツコツという小さな音。もぞもぞと卵が動いているのも見える。
会場に集まった全員が静まり返って、視線は卵に注がれた。
パキッと卵が割れ、隙間から灰色の物体が顔を出した。
灰色?
お、おい。なんで白くないんだ?
まさかダンジョンで産み落とされたから?
それとも……実は父親が違う!?
え? え?
ブ、ブライト……うわぁぁっ。泣いてるじゃないか!?
やっぱり父親がっ。
――[生まれたああああぁぁぁ]
――[孵化したっていうんだよ!]
――[Oh my god.....Oh my god]
――[beautiful スバラシイ]
「悟くん。生まれたわ。生まれたのよ赤ちゃん」
「あ、あぁ……サ、サクラちゃん。シロフクロウの雛って、白……じゃないのか?」
「え? さぁ?」
きょとんとするサクラちゃんの隣で、秘書の人が、
「灰色ですよ」
――と。
よ、よかったぁ……。
雛の孵化はリアルタイムで全世界に発信された。
その一時間後――。
「やぁやぁ三石くん」
「社長?」
「ロシア政府から連絡がきた。親睦のためにシロフクロウの雛を一羽、送ってくれるそうだ」
「え?」
――少し前、捜索隊本社ビル近くのホテルの一室にて。
「oh! オーランド! 卵が割れたぞ。ああぁぁ、なんて美しいんだ。そう思うだろジェシカ。いや、でも君の美しさにはおと――ぶへっ」
配信を見ていたアメリカ人ロバートが、同僚のジェシカに殴られていた。
そんな彼らに背を向け、ひとりテラスでグレープフルーツジュース片手にタブレットを見つめる男がいた。
金髪碧眼。モデルと見まがうほどの美男子オーランドだ。
彼は震えていた。
小さく震えていた。
そして室内にいる二人には決して聞こえないような小さな声でこう言った。
「So cute......」
――と。




