40:ほわぁ~。
「え、えぇ~い、チャームッ」
会社に戻って来て、サクラちゃんが新しく手に入れたスキルを試した。
試したと言うか、みんなが「見たい」と言うのでやってるようなものだ。
「「ほあぁ~……サクラさまぁ……ほあぁぁ~」」
「……七……八……九……十」
「は、はいっ!」
「ふむ。十秒ぐらいか。ノーマルなチャームだな」
「そうですか。十秒間、相手の動きを封じられるならかなり有用ですね」
チャームにはいくつかタイプがある。
チャーム=魅了というだけあって、対象を虜にすることが出来るって点は共通。
そのうえで、命令が出来る、出来ない。効果時間が長い、短いなどの違いがった。
サクラちゃんの場合――。
「よし、次の実験だ。サクラ、チャームした後、上田に命令してくれ」
「め、命令ですか? いったい何を言えばいいかしら」
「そうだな。椅子から立ち上がらせるとか、そんなものでいい」
「あの後藤さん。僕限定ですか?」
「わかりました。えぇ~い、チャームッ」
「ほわぁわぁ~ん……サクラさまぁ……」
「上田さん、お座りっ」
だが事務処理担当の上田さんは、ぽぉっとした顔でサクラちゃんを見ているだけ。
魅入らせて行動不能にするだけっぽいな。
その効果時間は十秒。長くはないが短くもない。後方支援スキルとしては優秀なスキルだ。
命令形の場合、それはそれで悪くないんだけどデメリットもある。
なんと……術者を追従するのだ。
つまりついて来る。
捜索や救助のために出動している時だと、邪魔でしかない。
「ただいま。サクラちゃんが新しいスキルを手に入れたんだって?」
「あ、赤城さん白川さん、青山さん。おかえりなさい。運よくスキル書を手に入れたもんで」
「へぇ。で、何のスキルだったんだい?」
パトロールに出ていた赤城さんたちが戻って来て、さっそくサクラちゃんのスキルに興味を持ったようだ。
「チャームだ。お、そうだサクラ。赤城にもスキルを使ってみてくれ」
「えぇっ……」
「へぇ、見てみたいなぁ、サクラちゃんのチャーム」
「翔の場合、スキルを使わなくてもチャームされるだろ」
「翔は動物好きだからな」
「なんだか恥ずかしいわ。ほんと……かわいいって罪なのね」
……サクラちゃん……謙虚なのかそうじゃないのか、ときどきわからなくなる。
サクラちゃんは赤城さんたちに向かってスキルを発動させた。
俺と違って一発で成功出来るなんて、羨ましい。
サクラちゃんのチャームは、魅了したい対象と、その対象を中心にした狭い範囲内の生き物に効果があるようだ。
赤城さんを対象にし、左右に白川さんと青山さんがいる。
……かかったのか?
……どっち?
「あぁあぁ。赤城はいつもニコニコしてるから、かかってるのかどうかもわかりゃしない」
「ははは、そうでしたか」
「どうせかかってなかったんだろう」
「チャームできなかったの?」
「僕はいつでもサクラちゃんに魅了されてるよ」
「きゃーっ。もうっ、やだわ赤城さんったら。もふもふしてもいいわよ」
「やった」
……もふもふ?
「えぇ~。サクラちゃん、新しいスキルを覚えたの? ね、どんなの? どんなの?」
「チャームっていうの、おばさま」
「ちゃーむ! って、何?」
「母さん。チャームっていうのは、魅了っていう意味だ」
「あぁ。さすがお父さんね。魅了、魅了。サクラちゃんはかわいいものねぇ。ね、チャーム見せて。見たいわぁ」
……母さんはスキルがなくても、サクラちゃんのチャームにかかってそうだ。
それより。
「かあさん、ご飯」
「あらぁ、忘れてたわ」
はぁ……。
会社でサクラちゃんのチャームのテストをして、帰宅したのは普段より少し遅い時間。
お腹空いた……。
母さんは楽しそうに鼻歌を口ずさみながら食事の用意を始める。
やっとご飯だ。
「そうだ。明日は休みなんだけど、サクラちゃん、何か必要なものあるかい?」
「買い物? いいわねぇ。あ、悟。ひんやりパットを買って来て。これから暑くなるから、サクラちゃん用にね」
「わかった。じゃ、明日は買い物だ」
「お買い物ね。楽しみだわぁ」
「ん? 着信音が鳴ってるぞ。悟、職場じゃないのか?」
着信? あぁ、なんかメロディーが鳴ってる。
でも俺のスマホじゃない。
「私のだわ」
椅子からピョンと飛び降りたサクラちゃんが、リビングのテーブルに置いてあったスマホを取りに行く。
「まぁ、久保田さんだわ」
「久保田?」
「飼育員の久保田さん。はい、サクラです」
飼育員。ってことは、サクラちゃんがいた動物園のかな?
サクラちゃん……なんで自分はレッサーパンダって思っているんだろう。
その飼育員なら知ってるのかな。
サクラちゃん、いったい何の話をしているのかな。
「えぇ~、久保田さんも配信を見てるの? やぁ恥ずかしいわ」
見てるのか。
暫くサクラちゃんは楽しそうに話しをし、それからスマホを切った。
「サクラちゃんが動物園にいたころの飼育員さん?」
「そうなの、おばさま。懐かしいわぁ。園のみんな、元気かしら」
「会いにいかないの?」
「私がいたのは宮城県なの。気軽に里帰り出来ないわ」
「あらぁ、ちょっと遠いわね」
里帰り、か……。スキルを手に入れてから一度も里帰りしてないのかな?




