197:ほうれんそう
「あのさ、俺……仕事なんだけど」
翌日。今日から通常勤務だ。
アルジェリア帰りだからと言って、何日も休めるわけじゃない。
捜索依頼は待ってはくれないのだから。
で、オーランドが着いて来ている。
まぁ真田さんはわかるんだ。ヴァイスのトール・ハンマー特訓はまだ終わっていないから。
終わってもいいんじゃないかって、女王蜘蛛戦で思ったけどね。
「大丈夫。ボクの目的地は一階のショップだから」
「あ、そ」
普段は使わない車での出勤。車内は暖かい。
そう、暖かいんだ。
「スノゥ、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。ダンジョン内でスキルをたくさん使ったおかげで、コントロール面が強化されたから」
「おかげで涼しくて快適だぁ」
スノゥのスキルがレベルアップしたようだ。そのおかげか、アイスフィールドの効果範囲をかなり厳密に調整出来るようになっている。
助手席のオーランドがサクラちゃんを抱っこし、後ろの真田さんがヨーコさんを抱っこし、その隣でシロフクロウ一家が固まって座っているのだが、そこだけ、涼しくなっている。
真田さん曰く、まったく冷気を感じないんだそうな。
でもちょっとでもスノゥ側に行くと、とんでもなく寒い――と。
「あぁ、渋滞だ。面倒くさいなぁ」
やっぱり自転車通勤がいいな。寒いけど。
「走りだせば車の方が早いのに、こうして渋滞に捕まってるから自転車と変わらなくなっちゃいのね」
「でも車は暖かいばい」
「そうねぇ。暖かいわねぇ~」
「僕のこと忘れてない? ねぇ。ねぇ?」
いつも暖めてくれて感謝してるよ、ブライト。
普段より少し早めに家を出たが、本部到着は始業時間ギリギリ。
オーランドは一階のカフェで、ショップの営業開始時間まで待っているそうだ。
真田さんと雛、スノゥと別れ、待機ルームへと移動。
「おはようございます」
「おはようございま~す」
「おっはよ~」
「あぁ……暑い……」
一羽だけ窓際に飛んで行って、窓越しにわずかに伝わる冷気を堪能している。
「おつかれー、三石。今日の依頼は今んとこゼロだ。まぁこの時期は捜索依頼も救助要請も少ないからなぁ」
「ですね。春からの新冒険者も慣れてきた頃ですし」
三月から八月辺りは、上層階での救助要請が結構多い。不慣れな冒険者が多いから迷子になりやすく、不慣れだからこそ下層には行けないから比較的浅い所からの要請がほとんどだ。
日帰り救助が多いのは有難いことだけどね。
「ただなぁ。上野の救助要請がやっぱり増えててなぁ」
「あ、やっぱりですか」
「まぁ地図がないしな。迷って戻れなくなる冒険者がちょいちょい出てる」
「マッピングミスですねぇ、それ」
「ミスならまだいいんだが、バカな連中も結構いてなぁ。マッピング自体をやってないのさ」
うわぁ……そんなので無事に戻れると思ってたのか。
なんともはや、無謀な冒険者もいたもんだ。
「そのほとんどが外国人なんだがな」
「……え、なんで?」
「新しいダンジョンだからだろ。ギルドでもここ数週間は、外国人がかなり入って行ってるって言ってたぞ」
ま、まぁアルジェリア人も、これまで自国にダンジョンがなかったから国外に行ってたわけだし。
そうか。新しいダンジョンが生成されると、外国だろうがそっちに旨味を求めて行く人もいるんだな。
そんなわけで、翻訳機を常備するよう指示があった。
「ねぇねぇ、悟くん。外国の人が他所の国のダンジョンに入っていいの?」
「ん? まぁ規制はされてないよ」
「でもさでもさ、ダンジョンの資源って、その国でエネルギー資源として使っているんでしょ?」
「うん、そうだねサクラちゃん。だからダンジョン内で取れた資源は、その国のギルドなり買取機関に売却しなきゃならないんだ」
日本ではギルド。アメリカだと政府の買取機関がある。他の国でも日本式かアメリカ式のどちらかだ。
これに関しては全世界で共通しているお約束ごと。
国外に持ち出してもいいものもあって、それは国際法で一覧があった。装備や装飾品の素材にしかならないようなものだ。モンスターから採取されるもの。
オブジェから採れるものは、基本的にその国で売却しなきゃならない。
昼までぼぉーっと待機室にいたけど、捜索も救助要請もなく。
真田さんたちと合流して社員食堂でご飯を食べようと思ったら、当たり前のような顔してオーランドがやって来た。
「あのな、ここは一応社員エリアなんだけど」
「ボクも捜索隊」
と言って、オーランドが捜索隊登録ハンターの証明書を見せる。
……そうだった。そうだったけど。
いいのか?
まぁいいか。
「オーランド、いつアメリカへ帰るの?」
「明後日」
「そうなのね。きっとトムさん、寂しがってるわよ」
「うん。しょっちゅう電話かけて来てる」
「え? でも全然電話してないじゃない」
「出てないから」
いや出てやれよ。
「アルジェリアに行くって、伝えずに出てきたから」
「「ちゃんと伝えろよ!」なさいよ!」
この後、何故かトム氏の番号を知っていたサクラちゃんが、彼に電話をしていた。




